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愛される日は来ないので  作者: @豆狸
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第二話 イザベル

 そのことを悟ったのは一度目の死を迎えたときでした。


 同じ絹織物が特産品でも、我が伯爵家とラミレス様の侯爵家のものでは雲泥の差がありました。自画自賛になりますが、伯爵家のもののほうが圧倒的に品質が良かったのです。

 とはいえ我が家には大きな商会との伝手はなく、品質の良い絹織物は足元を見られて安く買い叩かれていました。

 侯爵家との縁談は我が伯爵家にも大きな利があったのです。


 伯爵家の絹織物は侯爵家を通じて高値で販売出来、私は憧れていたラミレス様に嫁げて、お義父様は伯爵家と共同で絹織物の事業を進めることで侯爵家の未来に安堵出来て……一世を風靡した美人女優のギリョティナ様を愛人にしていたラミレス様以外は、幸せを得られる縁談だったのです。


 ラミレス様は元々演劇がお好きでした。

 この王国の貴族子女が通う学園在学中は、素人役者として活躍してらっしゃいました。私が彼を慕うようになったのも、彼がギリョティナ様と知り合ったのもそのころでした。

 ロドリゲス商会との縁も彼の演劇趣味がきっかけだったと聞いています。ギリョティナ様の所属していた劇団の元役者が、商会の女性会頭の婿だったのです。


 侯爵家の絹織物の事業が商会との取り引きによって大きく発展して、その儲けでギリョティナ様の所属していた劇団に援助をして、彼女を愛人にして、幸せの絶頂にあったラミレス様に訪れたたったひとつの不幸が私との婚約でした。

 お義父様はギリョティナ様との結婚はもちろん、私との婚約解消も絶対にお許しにはなりませんでした。

 なにも知らぬまま嫁いだ私はラミレス様に憎まれ、ラミレス様贔屓の使用人達に冷遇され、それでも侯爵家のために頑張っていれば認めてもらえるのではないかと夢見て三年ほど頑張っていました。


 だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。


 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。


 私の死については、ラミレス様が直接使用人達に指示なさってのことではなかったと思います。

 むしろ彼はなにも知らなかったでしょう。

 私が体調を崩す少し前にお義父様が亡くなってからというもの、彼が私の待つ館へ帰る日はなかったのですから。


 意識が消えて気が付くと、私はラミレス様と婚約した日に戻っていました。

 今度は不機嫌そうな彼の顔を凛々しいと思って見惚れたりはしませんでした。

 状況に戸惑いながら考えをまとめようと俯くと、ラミレス様の指輪が見えました。私が会ったこともないお義母様の形見の品です。絡み合った金と銀の蛇の目は赤と青だったはずなのに、ひとつが色を失い透明になっていました。


 もしかしたら、その蛇が、死して尚ラミレス様を想うお義母様のお心が時間を戻してくださったのかもしれないと思いました。

 愛される日が来ないと悟っていても、そのころの私はまだラミレス様をお慕いしていたのです。

 彼の幸せのためにも婚約を解消しようとしたのですが、お義父様はどうしても許してくださいませんでした。当時の侯爵家の絹織物事業は絶頂期で、高い爵位と財力の両面から責められては、品質が良くても大した取り引き先を持たない絹織物だけが自慢の伯爵家では太刀打ち出来なかったのです。


 二度目の結婚でもラミレス様は相変わらず私を憎んでいらっしゃいました。

 最愛のギリョティナ様との仲を邪魔しているのだから当然です。

 でもなぜかお義父様には気に入られて、前よりも早く深いところまで事業に関わることを許されました。


 そして許されたことで、私は侯爵家から逃げられなくなりました。

 侯爵家が繁栄していたのは絹織物の事業のおかげだけではなかったのです。お義父様はロドリゲス商会の女性会頭の婿と組んで、商会の稼ぎを横領していたのです。

 知らぬまま書類を処理して署名をしていた私は、気が付くと共犯でした。


 お義父様が私とラミレス様の縁談にこだわっていたのは、いつか商会の婿と手を切って絹織物の事業だけでやって行くために侯爵家の絹織物の品質を上げようとしていたからです。

 けれど罪の手は長く、逃げても逃げても追って来るものです。

 婚約解消を望む我が家に罪を知られて暴露されるより、私を共犯者に仕立て上げたほうが楽だとお義父様はお考えになったのです。


 二度目のお義父様は一度目と同じ日が来てもお元気なままでした。

 考えてみると一度目のときは、商会の婿と手を切ろうとしていたお義父様と事業に関わることで真実のかけらに触れていた私が密かに始末されたのかもしれません。

 二度目の私が死んだのは、ギリョティナ様に子どもが出来たとラミレス様に告げられた後でした。一度目のように体調は崩していませんでしたが、忙しいのは変わっていませんでした。むしろ共犯者になったぶん前よりも多忙で……罪悪感と疲労と虚しさに背中を押されて、私は侯爵邸の女主人の部屋の窓から飛び降りたのです。

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