兄(?)と彼氏
「パンと水だけじゃ満足しないでしょう?あそこに寄りましょっ!」
オリビアの手を引いて,カフェに入った。綺麗な身なりになったオリビアを『悪魔の子』と判断できなかったのか,店の中にいた女性は瞳の中をハートにして彼を見つめていた。
「ねえ,兄さん。なんか食べたいものとかある?」
「うーん……『カレーライス』っていうの,食べてみたい」
リリスは苦笑の表情を浮かべた。オリビアはどうしたのかをリリスに尋ねると,目を逸らしながら話し始めた。
「私,辛いものあんまり得意じゃないんだよね……」
前世の五歳の誕生日の時,注文した寿司の中に間違えてわさびが入ってしまっていたのだ。それを食べてしまい,泣いて吐き出した記憶がある。それ以来,カレーも甘口までしか食べられないし,転生してからも辛いものが一切食べられないようになっているのだ。
昔話を聞いたオリビアは少し申し訳なさそうな表情になってしまった。それを見て,リリスは慌てて訂正をする。
「別に匂いを嗅いで辛くなるほどではないし,食べていいよ!」
「そうだけど……リリスはどうするの?」
「私は,この『パンケーキ』にしようかなー」
そう言って,二人はそれぞれ別のものを注文した。料理を待っている間,話をしていた。
「リリスはさ………いるの」
「なんて言ったの?」
「えっと,好きな人とかいるの!」
「いるよ」
えっ,とショックを受けているようなオリビアの表情には気づかず,惚気を始めた。
「その人,本当に優しくてさー。彼から告白されて,その時はまだそんなに好きじゃなかったんだけど」
「じゃ,じゃあ何で今も付き合っているの?脅されたとか……?」
「違うよー。そう言われてよく見てみたら優しいって感じて……好きになっちゃった」
それを聞いてさらに負の雰囲気を醸し出しているオリビアを見て,リリスは心配になっていた。
「兄さん,大丈夫?すごい青ざめてるけど」
「大丈夫……うん。兄弟だもんね」
⦅何だろう……すごい負のオーラを感じる……⦆
そんなことを話していた時,注文していた料理が運ばれてきた。
「うわぁー!美味しそー」
「僕にもそのぱんけーき……食べさせてっ」
さっきまでしょんぼりとしていたオリビアとは思えないほどに目を輝かせている。食べるのが好きらしい。
「はいどうぞ」
リリスはパンケーキを切ったフォークでそのままオリビアの口元へと運んだ。
「……っ,い,いただきます」
なぜかオリビアの顔は赤くなっている。
⦅うーん……なんでそんなに焦っているんだろう……⦆
オリビアの口に入ったフォークでパンケーキを刺して口に入れた。
「……間接キス……」
「なんだ,そんなことで焦ってたのー?」
「う,うるさい……」
リリスは店を出てからもそれを弄り続けた。しばらくオリビアと街を歩いていると,すっかり光の国らしく綺麗な夕陽が見える時間帯になってしまった。
「あーっ,もう時間だ。ホテルはある?」
「それは大丈夫だよ。近くに友人がいるから……そこに泊まらせてもらうよ」
「本当に大丈夫?」
オリビアは軽く笑う。それを見てリリスは安心した。
「それじゃあ,おやすみなさい」
そう言って二人は別れた。
* * *
「カーティス,久しぶりだね。何してたの」
「えっ,ちょっと街を歩いてた……よ」
明らかにカーティスは挙動不審になっていた。リリスは目を細めてカーティスに質問をした。
「そんなに慌てて,どうしたの」
「なんでもないよ……?」
「ふーん……言いたくないならいいけど」
「あ,明後日には言えるかも」
階段を登り,部屋に入ると真っ赤な夕陽が見えた。カーティスは,リリスの今日の行動が気になったらしく,少し聞いていた。
「リリスは今日何してたの」
「街を回ってたー。兄さんとー」
ふーんと聞き流そうとしたカーティスだったが,『兄さん』という言葉を聞いてリリスに詰め寄ってきた。
「兄さんって……リリス,いないでしょ。親族」
「うっ……」
リリスは国外追放の前に,爵位を剥奪されている。もちろん,両親ともに愛人はいないとこのことなので正式には兄弟と言えないのかもしれない。そう考えたリリスだった。
「遺伝子的な繋がりはないらしいんだけど。どうやら『神の遺伝子』?っていうのが神に近いと,神の子認定されるんだって。それが私と兄さんの繋がり」
「つまり赤の他人じゃん」
「確かにー」
「確かにじゃないでしょ!浮気じゃないの!?」
「違うよ!ちゃんと兄さんだし!」
「怪しい………」
そう言って,カーティスはリリスの首元に何かをつけた。
「なに,これ」
「監視術式。それでちゃんと監視するからね」
「ってことは,明日も別行動?」
カーティスは儚い笑みを浮かべながらリリスと話した。
「あと……あともう少しだから。リリスに伝えたいことがあるんだ」
「どうしたの?」
「それは明後日,ね」
気になったリリスだったが,明後日には分かるとのことだったので,寝ることにした。
* * *
⦅……起きちゃった⦆
いつも通りに早く目覚めたリリスは,夜明けの日差しを直接見るために丘へと向かった。
「りりすーどこいくのー?」
カーティスの寝言を無視して部屋の扉を閉め,階段を降りる。
「ふっふふーん」
ホテルを出て,ダッシュで丘まで走ったリリスはオリビアを見つけた。
「兄さん!とアンネさん?」
「はわわわわぁ……リリスさん,兄さんって?」
「二人とも,知り合いなの?」
アンネ・ヘクシアは一級魔術師だ。前回の会議でも見た。リリスの中でも一番話しかけやすい人物だったという印象がある。故に,気軽に話すことができた。
「もしかして,兄さんの友人さんがアンネさん?」
「はいぃ……私は黒魔術とか使ってるからこの国の人からは嫌われているんですよぅ……」
「どこで知り合ったんですか?」
「昔,小さい頃に魔術書について語り合っていたら仲良くなっていて…あっ,そろそろ太陽が見えてきますよ!」
アンネにそう言われ,リリスとオリビアは丘の先の方へ目を向けた。美しく,儚い太陽が見えてきた。
「やっぱり,綺麗ー」
「リリスの方が綺麗だよ」
そう言ったのは,オリビアでもアンネでもない。カーティスだ。
「カーティっ……なんでいるの!?」
「言ったでしょ。監視術式をリリスにつけたって。見たところ,そちらの方が『リリスの兄さん』だね……僕は彼女の彼氏のカーティスと申します。以後,お見知りおきを」
カーティスが挨拶をしてオリビアと手を握った。二人の間にはリリスにも分かるほどに火花を散らしていた。
「そこの女性」
「はいぃっ!女性です!」
アンネがカーティスに唐突に呼ばれ,どぎまぎしていた。
「リリスとオリビアさんの監視をしていただけないでしょうか」
「監視術式があるのでは……?」
「それだけじゃ,二人がなんかした時になにも抵抗ができないじゃないですか。リリスの知り合いってことは一級魔術師の方なんですよね。もし浮気みたいなことしていたら……処遇はアンネさん,貴女に任せますよ」
「つまり……私達,アンネさんに生殺与奪の権を握られているってことだよね…」
「あはは……なんでなんだろうね」
目を虚にした兄妹・オリビアとリリスであった。
⦅なんでカーティスはそんなに一人で行動したいんだろう……⦆
その時,リリスは気づいていなかった。立ち去っていくカーティスの左手に小さな箱が掴まれているということに。




