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『神無街』

作者: 石食み

 文字起こしされた恋愛歌ほど虚しいものはない。恋慕の想いは、熱を頼りにその形を保っているのだから。




 傘を差すか差すまいか。ひとによって判断が分かれる微量の雨が、夜闇の狭間、人の生み出す光に照らされて、切り取られ映し出され、また消える。

 都会の中心とも言える駅は、その都市の玄関口とも言える駅は、昼の優しい顔から一転、大人の顔を見せていた。いかにも仕事帰りといった風体の大人は駅に消えていく。目先の居酒屋に向かう十余名の集団。若さを武器に街を練り歩く男。それに付き合う妙齢の女。

 (みな)が目的を持って動いている中、壁に寄り掛かり、携帯に視線を落としたまま動かない男が一人。

 軽くセットされていた髪は崩れ、首から肩にかけて雨に変色している。が、それに気付かないほどに集中しているのか、一向に気にする素振りを見せない。

 それだけ……つまり、深く集中する程に携帯に夢中なのかと、手元を観察してみても、画面を見つめているだけで、入力操作はおろか、スクロール操作さえしていない。

 ただぼうっと眺めているだけ。いや、よくよく見れば、なにか入力しようとして、やっぱり躊躇うかのような、空を撫でる微妙な指の動きが見て取れる。

 少しして、意を決したかのように動き始めた。一度入力し始めると、それまでの躊躇いが嘘のようにスムーズにいく。


 《東口前にいます


 エンターを押し、送信ボタンに手をかけて、しかし動きが止まった。

 男の頭に残酷な想像が過ぎったからだ。

 文字を消していく。

 送信して、合流出来たとして、ではその先は?会えた後の事は何も考えていなかった。何処に行くのか。何をするのか。見通せない未来は霧がかったように不透明で、未知に恐怖する。

 だが、真に残酷なことは、相手の人となりが会うまでわからないという事だろう。顔も、声も、性格も、性別でさえ、神秘のベールに包まれている。が、想像の悪魔は、寧ろそれをいい事に、理想をかたちどってイメージさせてくる。それは的確に確実に、男の判断力を奪う。

 ここで連絡の一切を辞めれば……この嫌な重圧と悩みから、なんら憂いなく開放されるだろう。逃げるのは簡単だ。だが、幻視される可能性が決断を踏み切らせない。

 悩んでいる――周囲が気にならなくなるほどに。ブルーライトに照らされた顔には、無とも思案とも取れる表情。僅かな光源によって作り出される陰影のコントラストは、男を上手く風景に溶け込ませ、それが自然となっている。

 現に今も、男のことなんかお構い無しで、待ち合わせの男女の会話がすぐ近くで聞こえる。


 「貴方がケースケさん?」

 「あ、ハイ!ナナミさん、ですか?」

 「そう。良かった、会えないかもって怖かったよ」

 「自分も、緊張と不安で」

 「なにそれ。行こ?」


 声に初めて男が顔を上げた。視線の先に二人。男は背を向けていて顔を見れないが、女の顔は、どことなく想像にあったものに似ている気がする。あ、と注視しようする。動き出し、先行した男を追いかける一瞬、女の仮面が雨に溶け消えた。すわ幻覚かと暫く目で追うが、仮面は剥がれることなく街へと消える。しばらくの後、再び、画面に戻る。

 体温が下がったのか、ブルリと震えた。

 また少しの時間が経って、新着メッセージの着信音が鳴る。


 》駅着きました。もう着いちゃってますかね?

 》上下の服装と、目印になるポイントがあったら教えてください


 ここに来て、いよいよ覚悟を決めたようだった。男は一度画面から目を離すと、すぐに入力を始める。


 《今

 「ありゃ。こんな所で傘もささずに、寒かろう」


 男が入力を始めていくばくもしない内に、今度は男に話しかけてくる者が来る。初め、それが男に掛けられた言葉だと、男は理解しなかった。肩を叩かれて、ようやくその存在を認める。ちらと姿を見て、すぐ携帯いじりに戻る。


 「このままじゃ風邪を引いちまうよ。帰った方がいい」

 「人を待っているんだ」

 「女かい」

 「だとしたら、なんだ」

 「やめといたほうがいい」


 嗄れ声は強い制止となって耳に入る。男の顔が、鬱陶しさにしかめられた。水を刺された。ようやく顔を上げる。

 目の前にはみすぼらしい格好をした老婆が男を見上げている。


 「お前さんは軽く考えとるんだろうけど、軽率な行動はきっと後悔することになる」


 何がわかる、と思った。諭すような物言いに、全てを見通すかの物言いに、それまで悩んでいたことを棚に上げて、ガツンと言ってやらねば、正義の心、反骨心が芽生えてくる。

 何かを言ってやらねば、自分の行動の正当性を証明せねば。

 が、一瞬にして膨れ上がった思いは、続く老婆の言葉で霧散した。


 「あたしも、ずっと、待ってるのさ」


 携帯の電源が落ちる。男はろくに確認もせず、ポケットに入れ、歩き出した。気付けば老婆の姿はなく、雨足は強くなるばかり。

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