インスタントフィクション 決め球
九回裏、ツーアウト満塁。カウントはツースリー。ボールかヒットが出れば逆転負けの状況だ。
しかし、前田はこの状況下でも高揚感があった。全ては自分にかかっているのを楽しんでいるのだ。ボールを握っている手はプルプルと震えている。怖がっているのではない、これは武者震いだ。
キャッチャーの塚本がサインを出す。前田の決め球のファンクシーショットアローだ。
ファンクシーショットアローは、手首を捻らせボールの縫い目を指で擦る。いわゆるスライダーだ。
前田がサインに頷き、セットポジションからファンクシーショットアローを投げる。
ボールがバットに当たって前田の方に転がる。凡打だ。ボールはリズミカルに前田に向かって行く。そのまま、ボールをキャッチし一塁に向かって半身になる。そしてファンクシーショットアローを一塁に投げる。ボールは一塁手のグローブに向かわず大きく右へ逸れていった。