表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/76

失われた願い (ナナ視点)①

朱色に照らされる庭、燃える家。

覚えのある誰かの叫び声、救急車のサイレンの音。

走り出し、だが大人達に羽交締めにされて動けない自分。

救急隊員の蘇生措置を受ける、火傷だらけの動かない誰か。

失われていく温度。

無意識に暖かさを求めて手を伸ばす。


その途端、今まで響いていた何もかもが聞こえなくなった。


真っ白な世界の中に、優しい声が響く。


『ねえナナ。また今度時間が空いたらさ、よもぎ団子作ってくれる?』


「あ……」


無意識に私の口から声がこぼれた。


強烈な刺激が、これまで遮断されていた記憶へのアクセス経路を、強制接続していく。


鮮明に思い出される、あの日の記憶。

胸を刺す孤独感、罪悪感、絶望――


兄を求めて叫んでいたのは、私だった。

あの日失われたのは、兄の温もりだった。



もう、私には何も残されていない。

もう、私には叶えたい願いがない。

もう、私には幸せを手に入れる権利がない。


私は、もう、生きていてはいけない。


…死にたい。



走馬灯のように流れる、自身の存在を否定する、願い。

私はそれに抗うことなく、流れに身をゆだねるように、生きる意志を手放した。



    ◇



意識が覚醒していくのがわかって、ゆっくりと目を開く。

その拍子に涙が一粒頬を伝った。

手放したはずの意識が、放棄したはずの命が、まだ私の胸で鼓動を続けていることに、罪悪感を抱いた。



お兄ちゃんはもう戻ってこない。



私は涙をぬぐって体を起こす。

でも、涙は次々と流れて、止まってくれない。

悲しい。寂しい。痛い。つらい。

涙が流れるほどに、胸に渦巻く孤独や不安が大きくなっていく気がして、私は自分の身体を抱きしめた。


「ごめんなさい……」


耳に、自分の声とは思えないほど細く震える声が届く。

ポタッポタッとシーツや服に水玉模様ができるのが、揺れる視界の中はっきりとわかった。


「…ごめんなさい。ごめんなさいッ、お兄ちゃん……」


大波のように激しく押しかけてくる後悔と罪悪感を、どうしたらいいのかわからない。


今さらどれだけ謝っても、届かないことはわかってる。

いくら呼んでも叫んでも、もう戻ってこないことぐらいわかってる。

でも、それなら、それなら私はどうしたらいいの?

あの日、ちゃんと『行ってきます』を言えばよかった?

せめて部活があることを伝えておけばよかった?


あの日に戻って最初からすべてをやり直したい。

私にできることなら何でもするから、あの日に戻してほしい。

いくら願っても叶わないこともわかってる。

だけど、それでも、私にお兄ちゃんを返して…。

私の家族…たった1人の家族。


「お兄ちゃん……ねぇ、お兄ちゃん……独りに、しないでよぉ…」


なんで、どうして。

そんな言葉がぐるぐると回る。


なんで、私ばっかり残されるの?

どうして、大切なものばかり失ってしまうの?


独りは嫌だ。

時間ばかりが長く感じて、埋もれてしまいそうになるから。


独りは怖い。

暗闇に深く深く沈んで、戻れなくなってしまうから。


独りは痛い。

後悔、罪悪感、寂しさ、今はもうない温もり。

その全てが胸を刺すから。


「誰か……お願い、」


助けて――


言葉にできない願い。

私はゆっくり目を閉じる。


≪ガチャ≫


その時、音がして、扉が開いた。


私は再び目を開き、視線だけを動かして扉を――扉から入ってくる人物を見る。


「起きたか! 良かった……」


そこには、金色の、温かい光が揺れていた。


彼は私が体を起こしているのを見て、明るい声を上げ、近付いてくる。

そして、髪に隠れていた私の顔を覗き込んだ。


「ッ⁉ どうした? なにか、あったのか?」


私の顔を見て、綺麗な碧色の瞳を心配げに揺らす彼。

私は口を開いて、何も言えず、そっと閉じる。


その一連の動作を見ていた彼――ニアンは、ゆっくりとベットに腰を下ろし、私の手を優しく握ってくれる。


「無理に話さなくてもいい。ただ、人に話したほうが楽になることもあるから、俺でよければ話を聞かせてくれないか?」


手に感じる温もりがじんわりと心にしみわたるのを感じて、私の心が少しだけ落ち着く。


私は、唇の震えを懸命に抑えながら、話し始めた。


盗賊をおびき寄せるために、放った火で火事になったこと。

レニのお兄さんを呼ぶ声がきっかけで、思い出した記憶のこと。

本当はもう、兄が死んでしまっていたこと。

その原因が自分で、どうしようもなく自分が許せないこと。

大切な人を、叶えたかった願いを、生きる権利を失ってしまって、消えてしまいたいこと。


途中で我慢できなくなって泣き出してしまったから、とても聞きとりにくかっただろうけど、ニアンは最後まで真剣な顔で私の話に耳を傾けてくれていた。


私が話し終わると、ニアンがそっと私を抱きしめてくれた。


いまだにボロボロこぼれる涙がニアンの服に吸い込まれる。

でも、それに気付いているだろうに、気にするそぶりも見せず、ニアンは私を抱きしめて。


「大丈夫、大丈夫だ、ナナ」


と言いながら、泣き止むまで背中をさすり続けてくれた。



    ◇




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ