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救出②

「あれ、だよね。盗賊っぽい人たちがたむろしてる」


「そのようですわね。情報通りの場所にあるなんて、全く隠す気もなかったということかしら」


森の中に身を潜めたまま、ナナとミイアが互いの認識を合わせる。


ハンナ村を出たナナ達は、村に流れ込んでいる川の上流に向かった。


盗賊のアジトの場所については、会議のあとで村人たちから情報を入手していた。

それによると、盗賊達の会話の中に、彼らのアジトが川の上流であり、徒歩で数時間の距離であることを示す内容が含まれていたらしい。

それに、盗賊達は拉致した村人を連れて、川の上流に去って行ったそうだ。

経路の偽装も疑ったが、途中の川沿いのルートには大人数の足跡が残っており、全く隠す気のないずさんな拉致計画のようだった。


そして案の定、数時間歩いた先であっさりと盗賊のアジトらしき建物を発見した。

アジト周囲では、盗賊らしき男達が思い思いの姿勢でだらけている。


『【気配探知】! ……外に20人、あの建物…アジトの中に10人か。

拉致された村人はアジトの中かな。魔王、お願い』


『うむ、わかっておる。お主の気配探知と我の魔力探知で、敵の情報をつまびらかにしてくれようぞ!

【魔力探知】!』


そして、魔王が探知したアジト屋内の様子が、スキル【伝心】経由でナナに共有される。


『縛られて転がされているのが拉致された者達のようだ。だが6人。

聞いていた数より少ない上に、男だけだ。リッドとやらの妻もここにはおらんようだな』


『そうみたいだね。でもまずはこの6人を助けよう。

残りの4人、酒を飲んでる奴らが盗賊達だよね、全員【解析】しておくよ……⁉

この人達! 薬草採取中に襲ってきた人たちだよ! 間違いない! この盗賊団の人だったんだ!』


アイマーによって共有された屋内の様子に映る盗賊達を、ナナがさらにバケツの装備スキル【解析】によって調べようとして、対象が見知った顔であることに気付いた。

一昨日の薬草採取中に襲ってきた悪漢達は、どうやらこの盗賊の一味であったらしい。


『む……そのようであるな。あの時は魔力探知が効かなかったが、どうやら魔道具の類いは今は使っておらんようだ。使い捨てだったのかもしれん。

ふん、どちらにせよ、我が娘を傷つけた罪、万死に値する! こ奴らはここで殲滅しておかねばなるまい!』


「ちょ、ちょっと待ってね魔王。まずは村の人たちを助けてからだよ!」


はやるアイマーを阻止しつつ、ナナは落ち着いて【解析】で敵の情報を調べる。

そしてその結果をミイア達3人にも共有すべく、ひそひそ声で伝える。


「みんな聞いて。えっとね、アジトの外に20人、中に10人いる。中にいる10人のうち6人が村人、縛られて床に転がされてる。残りの4人が盗賊。

そこに1人だけ、レベル25で斧術スキルを持ってる強い人がいる。毛皮鎧の大男。

あと、麻痺毒の針を腰にぶら下げた人も1人いる。みんな気を付けてね。

他の盗賊はレベル10から15ぐらい。平均レベルは私達より高いけど、攻撃系や魔法系のスキルを持っている人はほとんどいない」


ナナの声に、ミイアとアレン、リアムが、ナナと出会ってからの短い間において、すでに何度目かわからない唖然とした表情になる。


「……あ、相変わらずすさまじいですわね。

その索敵能力、障害物の向こうの相手の場所どころか、レベルや装備までわかるなんて……。

ナナ、あなたの能力、知られると厄介な干渉を受けるかもしれませんので、できるだけ秘匿するのですよ」


「うん、ありがと。大丈夫! 信用している人以外には言わないようにするから!」


「……そ、それがいいですわ」


異次元とも言える能力を平然と駆使するナナの様子に、ミイアは危機感を抱いて忠告する。

それに対してナナは元気にサムズアップしながら首肯した……が。


(ダメですわ。全然大丈夫じゃありませんわ。ナナ様はホイホイ人を信じてしまいますから、これはわたくし達が守って差し上げなければ!)


などと、ミイアが余計に危機感を募らせる結果となってしまった。


「それはそうと、ナナの情報では、中にいる敵は4人。では計画通りアジトに火を放って盗賊達を外におびき出してから、ミイア様とアレンと僕が敵を引き付ける。その隙に、ナナが姿を消してアジトに潜入し、村人たちをこっそり逃がすという流れでいいですか?」


「ええ。それと、もし盗賊が村人たちを連れて出てきても、わたくし達が陽動している間にナナがこっそり解放する。それでいいわね」


脇道にそれていた話をリアムが強引に元に戻す。

そしてここまでの道中に立てた村人奪還計画の流れを再確認し、それをミイアが補足した。


なお、スキル【気配操作】によってナナが姿を消せることも、すでにこの3人には共有されている。


「うん、大丈夫。でもみんな、あんな人数相手に大丈夫?」


「ええ、もう攻撃一辺倒で魔力切れなんて失敗、二度といたしませんわ。ちゃんと仲間を信頼していますもの。わたくしは最初に派手な火魔法を使った後は、前衛2人の強化に注力いたしますわ。この2人、ちゃんと強いですから」


「ミイア様の強化魔法があれば百人力っす! 俺も、手当たり次第に殴るんじゃなくて、確実に1人ずつ、かつ素早く多人数を倒して、あいつらの数を減らしてやるっすよ!」


「僕も、ミイア様の支援があれば、あの程度の盗賊の攻撃など、防ぎきって見せます!」


ミイア、アレン、リアムがそれぞれ覚悟を口にする。

その表情は落ち着いており、怯えや過度な気負いは感じられない。


「ただ……そうですわね、あの人数を倒しきるのは難しいでしょうから、村人を解放したナナが、早めに援軍に来てくれるのを期待していますわ」


「うん、わかってる。まお……魔法でどっかんどっかんやっつけちゃうよ!」


冷静に戦力を分析し、ナナの早めの加勢を乞うミイアに対し、ナナは了承を返す。

うっかり頭頂部から生えた首だけ魔王であるアイマーの存在をばらしそうになったりもしているが、ご愛敬である。


現時点でナナはヒトを傷つけられない問題を抱えている。

原因は不明だが、そのため盗賊との戦闘ではナナは主に防御、攪乱に徹し、魔王による弱めの魔法攻撃で敵を無力化する想定だ。


「じゃあ、私は姿を消して、アジトの近くまで行くね。しばらくしたら、ミイアの火魔法でアジトに火をつけて、それを合図に行動開始しよう!」


「ええ!」「おうっす!」「はい!」



    ◇



「みんな、そのまま静かに。助けに来たよ」


床に倒れ伏す村人たちは、唐突にそんな言葉を聞いた気がした。


先ほど爆発音のようなものが聞こえたあと、何やら焦げ臭いにおいが立ち込め始め、盗賊達が慌てて屋外に出て行ったようだ。

外ではなにやら騒ぎが起きている音が聞こえる。


盗賊に囚われてから数日。

与えられたわずかな水と食料だけで食いつないできたので、もはや声の主を探す元気もない。

だから彼らは、黒髪黒瞳の美少女、ナナが唐突に姿を現したことには気付かなかった。


「ほら、ひと口でいいからこれを食べて」


ひそひそ声なのに不思議とよく聞こえる、凛とした涼やかな音色で、ナナは言葉を続ける。

そしてどこからか取り出した不気味な臓物のようなものを切り分け、動けない村人たちの口に無理やりねじ込んでいく。


「…む、むぐ」


「しー! 声は出しちゃダメだよ」


得体のしれないものを口に突っ込まれて抵抗しようとした者が、ナナにたしなめられて黙る。

だが直後に、自分の味覚が信じられないほどの美味を伝えてきたことに驚き、その感動に皆しばし酔いしれた。


彼らが摂取した【喰人草の疑似餌】には体力回復効果が含まれている。

その効果は、ナナが切り分けた大きさでも、一般的な成人の体力をある程度回復させるには十分だ。


「うん、ちょっとは元気が出たみたいだね。じゃあ縄を解くから、ゆっくり体を動かして、感覚を取り戻してね。すぐにここから脱出するよ」


そう言いながらナナは村人たちの縄を解いていく。

だが最後の1人の縄を解こうとしたとき、ナナはいぶかし気な表情で動きを止めた。


(あれ? この人だけ疑似餌を飲み込んでない。それによく見たらこれ……黒い、焔? あの手長猿の魔物に纏わりついてたものと同じだよね。うーん、【解析】!)


ナナは体から黒焔を溢れさせている男性の様子を観察し、念のためバケツの装備スキル【解析】によって情報を調べる。



◆名前:グラン ◆種族:人族 ◆性別:男

◆年齢:20歳 ◆出身地:ルビウス王国 ◆職業:農家

◆状態:黒焔の呪い(大)

  ~~~



(この人、レニのお兄ちゃんだ! 見つかってよかった! でも状態が黒焔の呪い(大)になってる。これって明らかにこの黒い焔の影響だよね。大丈夫かな、息も荒いし苦しそう。……そういえば、もしかしたら……)


【解析】の結果、男性がレニの兄であるグランであるということ、黒い焔に関わる呪いを受けているということを把握したナナは、少し思案する。

これまでにも、黒焔種を倒した後に出てくる黒い焔を吸収したことを彼女は覚えていた。


(うーん、こんな感じ、かな)


ナナは縄を解くついでに、グランの背中に手を当てて黒焔を吸収するイメージを思い描いてみた。

すると不思議なことに、グランの体表にうっすら纏わりついてた黒焔がはがされるようにナナのてのひらに向かって流れ、音もなく吸収された。


これまで同様、おぞましい負の感情が一瞬だけナナの身を駆け抜けるが、すぐに温かい力へと変換されるのを感じた。


(うっ……やっぱり吸い取った瞬間がちょっときついんだよね。でもなんだろう、この感じ。悪い気はしないというか……)


『ナナよ、お主まさか、今この男から漏れ出しておった黒焔を吸収したのではないか? それは非常に危険なものであるのだぞ。わかっておるのか?』


『う……バレてた?』


『バレてた? ではない! ヒトが黒焔種になったという話は聞いたことがないが、ならないという保証もないのだ! この男の状態からして、おそらく黒焔を吸収しすぎたことによって、呪いを受けた状態になっていると推測できる。お主とて、そうなる可能性があるのだぞ!』


『う……うん。それはわかってるんだけど。でも、たぶん大丈夫だと思う。どう説明すればいいかわかんないけど、私ならこの黒い焔に侵されることは無いよ。なんか、はっきりそうわかるんだ』


『なんだと? どういうことだ?』


『まあ大丈夫ってことだよ……って、全然納得してないよね、そりゃそうか。うーん、そうだね、あえて説明するとなると……えっと、このピラステアっていう世界、大気にほんの少しだけど、黒いもやがかかっている気がしない?』


『……たしかに、いつの頃からか、わずかながら空が暗くなったという認識は我にもある。だが、それと何の関係があるのだ?』


『えっとね、魔王がいう黒焔と、大気の薄い黒いもやって、同じものなんだよ。どちらかというと黒いもやが元で、それを多く吸収した魔物が黒焔種になる。黒焔種になった魔物から漏れ出している黒焔は、大気中の黒いもやが集まって濃くなった状態ってことなんだと思う』


『な、なんだと⁉ そのようなことまだ解明されてなど…いや、なぜお主にそれがわかるのだ!』


『うー、心配かけると思ってナイショにしてたんだけど…わたしね、この世界に来て、ニアンにあった頃ぐらいからずっと、勝手に大気中の黒いもやを吸収し続けてるんだ。といっても自分の近くの分しか吸えないんだけど』


『な、何を⁉ や、やめるのだ! 今すぐやめるのだ! それはつまり、お主の理論だと黒焔を摂取し続けているということではないか! それがどれだけ危険なことか――』


『わかってるよ、大丈夫。この黒焔はね、良くないものだけど、本当はそうじゃないの。本当の姿は違うものだったんだよ。その証拠と言えるかどうかは難しいけど……実際に、私が吸収すると最初はすごく抵抗するんだけど、すぐに大人しくなって、安心したように眠るんだよ。まるで故郷に帰ってきたみたいに』


『お、お主、何を言って……』


『まあ、うまく説明できないけど、そう言うことだから安心して。この世界にいる間に、私が黒焔をできるだけきれいにしてあげようと思ってるんだ』


スキル【伝心】による会話で、アイマーにはナナが本当にそう確信していることが伝わる。


(だが、それはどのような現象なのだ……ナナよ、お主は一体……)


しかしその確信の根拠がわからず、アイマーはぬぐいきれない不安を抱えるのであった。


「大丈夫? うごけそう?」


「あ、ああ。ありがとう」


そんなアイマーをよそに、ナナは縄を解いたグランに体調を確認している。

グランも意識が戻ったようで、いつの間にか口内にあった信じられない美味を堪能したあと、徐々に体をほぐしていく。


(体表に纏ってた黒焔は消せたけど、呪いの状態は変化なし……か。まあ今はとりあえず脱出が優先だよね)


そう考えて、ナナは脱出経路を確認する。

アジトは元々何かに使われていたのか、盗賊が建てたとは考えにくい、しっかりした構造のログハウス風の平屋だった。

正面の出入り口以外に窓はなく、部屋は大部屋一つしかない。

村人たちを連れて逃げるとしたら、アジト正面のドアを開けて、盗賊達がいる広場を見つからないように通り抜ける必要がある。


(薄々わかってたけど、あそこから逃げるのはまあ、無理だよね。でもそろそろ煙も立ち込めて来たし、逃げる機会を待ってる余裕なんかないし……)


そう確認したナナは、出入り口の反対側、つまり奥の壁に向きなおり、おもむろに双剣を抜いて構える。


「え? お、おい、剣で丸太小屋の壁を切るつもりか⁉ そんなの騎士様でも――」


≪スパパパパッ‼ フッ!≫


ナナの構えを見た村人が、慌てて止めようと小声で指摘するが、それを全部言わせる前にナナは見事に壁を四角く切断し、さらに切り取った壁面をバケツの装備スキル【無限収納】で収納する。

もちろん音をたてないように、壁面が消えた空間には周囲から少しずつ集めた空気を補填してある徹底ぶりだ。


「「「「「「……え?」」」」」」


6人の村人たちの声がそろう。


「よし、これで出られる。みんなもう動けるよね、行くよ、ついてきて!」


そういってナナは口を開けたまま固まっている6人の男たちを無理やり再起動させ、無事脱出を果たした。


そしてそのままアジト後方の森の中に突き進み、100メートルほど進んだところで安全そうな岩壁の洞穴を見つけ、魔物がいないことを確認してから男たちをそこに隠れさせる。


「私は仲間を助けてくるから、あなた達はここで待っててね。近くに魔物はいないみたいだけど、むやみに動いちゃダメだよ。すぐに盗賊やっつけて戻ってくるから」


そう言ってナナはアジトの方に駆け戻る。

【気配探知】で前方を探ると、盗賊とミイア達がまだ戦闘中であることが伺えた。

盗賊が退治でもしているのか、近くに魔物の気配は存在しない。なぜかミイア側の少し後方に2人隠れるようにしているが、悪い感じはしない。

また、アジト後方から見て右側前方の少し離れた森の中にぽつんと1人、じっとしている人間がいるようだった。


(誰だろう……もしかして、残りの4人の村人の誰か、かな……ううん、考えるのはあと! 今はミイア達が優先!)


気がそれそうになったが、思考を切り替えてナナはミイア達に加勢するために走る。


アジトの背面側にたどり着き、足音を忍ばせて側面に周り込む。

アジトは既にかなり炎が回っており、正面や天井からは大きな炎が上がっている。

側面や背面はまだ延焼していないが、背面の大穴や隙間を通して、内部から黒い煙が上がっている。

まだ建物としての形は保っているものの、崩れるのは時間の問題のように見えた。


ナナはまだ無事なアジト側面の物陰から、ミイア達の戦闘状況を伺うために少し身を乗り出した。


その時。


「おにいちゃん! ななおねえちゃん!」


幼女の声が響き渡った。


それを聞いた瞬間、ナナは割れるような頭痛に襲われ、思わず地面に膝をついた。


チカチカと視界が明滅し、視点が定まらない。

何が起こったのか分からずナナは狼狽えたが、少しでも状況を確認するため、必死になって前を向く。


だが、それがナナをさらなる混乱に陥れる。

オニキスのように黒く美しい瞳に映る光景が、ナナの脳裏に封印されていた記憶を呼び起こし、それらが交互に重なるように脳内で再生されてしまう。


それはほんの数日前、ナナが見た光景。


忘れることなどできないはずの、悪夢のような記憶。



燃える盗賊のアジト、焦げた匂い。

――朱色に照らされる庭、燃える家。



叫ぶレニの声と、盗賊とミイア達の戦闘音。

――覚えのある誰かの叫び声、救急車のサイレンの音。



「…なに、これ、うちが燃えてる…? い、嫌、こんなの、知らない…っ!」


フラッシュバックする記憶に翻弄されつつ、ナナは焦る。


「あ、頭、痛い……なんで、レニがここに……助け、ない…と」


『どうした! 落ち着くのだナナよ! 無理をするでない!』


突然苦しみだしたナナの様子を受けて、アイマーが慌ててフォローに入る。



走り出すレニ、後ろからレニを抱き止めるリッド。

――走り出し、だが大人達に羽交締めにされて動けない自分。



「魔王、一緒にみんなを…助け……」


押し寄せる未知の記憶に翻弄されながらも、どうにか仲間を助けようと、アイマーにも助力を願ったナナ。


だが、目まぐるしく動く戦況と、混乱する思考の波がその行動を阻害する。



リアムとアレンの連携攻撃により、盗賊がまた1人倒れ、地面に横たわる。

――救急隊員の蘇生措置を受ける、火傷だらけの動かない誰か。失われていく暖かさ。



「……え?…そんな…そんな⁉ おに…い……」


苦痛の中で何かに驚いたような声を出した直後、ナナの肢体はついにその力を失い、人形のように崩れ落ちた。


『おいナナ! しっかりしろ! ……まずい、このままでは……やむを得んか。こうなったら……ぬ? 何奴⁉』


まさかの事態に、アイマーが自重をやめてナナの治癒と敵の殲滅を同時進行させようと思考を巡らせたところで、こちらに近づいてくる存在に気付いた。



    ◇



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