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脱出

「え……はやくないっすか?」


ナナ達は村の集会場の一角に設けられた即席の寝床で仮眠を取っていた。


見張りとして残った村の男性は、ナナ達が過ごしている部屋から出た廊下の先、集会場の出入り口の前に座って、扉を塞いでいる。


気候は日本の秋といった様子で、昼間は穏やかで過ごしやすいが、夜はかなり冷える。

そんな状況で床面が土むき出しの集会場で休むことになった一行だったが、村人が用意してくれた寝床は即席とは思えないほど快適だった。

敷材として羊毛らしき素材の分厚いフェルト毛布を藁の上に敷き、掛け布として柔らかい毛糸の毛布をかぶる。

それは猫の毛づくろい亭のベッドとまではいかないものの、十分な温かさと柔らかさで、歩き疲れた5人の身体を癒し、深い睡眠へと誘ってくれた。


……といっても、一瞬で深く眠ったのはレニとナナだけである。


4歳のレニはまあ、いたし方ない。


問題なのは軟禁された立場だというのに、一切の躊躇なくまるで住み慣れた我が家かのように秒で熟睡した、12歳のナナだろう。


だが一応ナナに代わって言い訳をしておくと、ナナは育ち盛りの健康優良児なのだ。

たくさん歩いてしっかり食事をとった後に、あたたかい寝床に横になってしまえば、眠気を感じる暇もなくあっと言う間に深い眠りの底に落ちるようにできている。

そのように遺伝子レベルで設計されているのだ。

いたし方ない。



レニとナナの眠りに落ちる速度に唖然としたアレンが漏らした呟きに、同じく目を丸くしていたミイアが答える。


「毛布にくるまってから5秒たってませんわよね……ま、まあ、夕食の時に大まかな計画も立てられたことですし、わたくし達も少し休みましょう。

ナナは私達の切り札ですもの、最大限休んでもらうとして、リアム、アレン、必要ないとは思いますが、私達3人交代して見張りを務めますわよ」


「そうですね。では見張りの順番は……」


リアムが見張りの順番を提案し、そして夜は更けていった。



    ◇



「…じゃあ、行くよ」


しっかり眠ってすっきり目覚めた様子のナナが、眼光鋭く静かに告げる。


一方、ミイア、リアム、アレンの3人は少し眠気が残っている様子だったが、生暖かい眼差しをナナに向けつつ、伸びをしたり深呼吸したりと、それぞれの方法で無理やり眠気を払って頷く。


深夜。


ナナ達は身支度を整えて部屋の扉の手前に集まっていた。


ちなみにレニは全員分の毛布に包まれて、すやすやと寝息を立てている。


これからナナ達4人は、事前に話し合った通りに村を脱出し、盗賊のアジトを強襲。

そしてさらわれた村人たちを救出する予定だ。

レニには申し訳ないが、さすがに危険すぎて連れて行くわけにはいかない。


皆が首肯したのを確認し、ナナは静かに、だが素早く扉を開け放つ。


次の瞬間、ドアの隙間から転がり出るように飛び出したアレンが、音もたてずに素早く見張りの男性に肉薄し、その口を塞いで喉に短剣を突き付ける。


「――⁉」


「動くな! そのままじっとしていろ」


アレンは見張りの男性の背後から静かに、だが鋭い声で抵抗をやめるよう指示した。


見張りの男性は声も出せず、そのままの姿勢で硬直する。

そして目線だけを動かして、部屋から出て来た少年少女達を確認している。


その視線の先から、ゆっくりと近付いてきたミイアが小声で話しかける。


「脅すような形になってしまってごめんなさい。

ですが、騒がれるわけにはいきませんの。分かっていただけますわね?」


ミイアの言葉に見張りの男性はゆっくりと一つ頷いた。

それを確認したリアムが、塞いでいた男性の口を解放する。


「う……な、なあお前たち、その様子、レニの兄を助けに向かうんだろ?」


男性は喉元に突き付けられたままの刃に緊張しながらも、何やら必死に問いかけてくる。


「邪魔をしようってんなら――」


「ち、ちがう、そうじゃない! 頼みがあるんだ!」


すかさず短剣に力を込めようとしたアレンに対して、見張りの男性は慌てて否定し、言葉を続ける。


「レニにあんな仕打ちをしておいて、俺なんかが今更頼むも何もあったもんじゃねえのは重々承知の上なんだ……でも…でも、恥を忍んで頼む!

どうか妻を、俺の妻も助けて欲しいんだ。俺の妻もレニの兄と一緒に盗賊に攫われちまったんだ。

そん時おれは情けないことに、盗賊にのされて気を失っていたらしい。これでも腕っぷしには自信があったんだが、あいつらには勝てなかったんだ。だから、俺は何もできなかった!

俺は……すまん、頼む!」


途中から悔し涙を流しながら、見張りの男性は自分よりはるかに小柄な少年少女達に、妻の救出を依頼して来た。


「も――」

「はぁ。もちろん、嫌ですわ」


その様子にたまりかねたナナが快諾しようとしたその時、ミイアが大きなため息を吐きつつ、拒絶の回答を返した。


あまりの容赦のない答えに、男性はミイアを見つめたまま呆然とした表情になる。


……ちなみに、ナナも同じ表情で、首を90度横に回転させて隣のミイアを見つめている。


2人の少女の後ろから様子を伺っていたリアムは、


(人間の首って、あんなに真横を向けたのですか⁉)


などと驚いていたりするが、賢明な彼は空気を読んで口に出すことはなかった。


ミイアは仲間たちの愉快な行動には気付かずに、さらに言葉を続ける。


「あなたの依頼は受けません。

わたくし達は冒険者。冒険者協会を通さない依頼は受けられませんの。

先程は話の流れでついつい、わたくし達がレニの兄を助けに来たような言い方をしてしまいましたが、本来の目的は違うのです。

わたくし達はこの村に観光に来たのであって、たまたま案内をしてくれたレニへのお礼として、彼女の兄の救出を引き受けることにしたのです。

でも……せっかく観光にきたのに、ハンナ村はこんな感じですもの。わたくし達、ここに閉じ込められてしまいましたし。ほんと、嫌になりますわ。

ねぇナナ……って、なぜあなたまでそんな顔をしているのですか!」


そこまで一気にしゃべってようやく、隣に立つナナの『え、あんた何言ってんの?』という声が聞こえてきそうな表情を見たミイアは、慌てて先を続けた。


「も、もう、そんな顔しなくても、もちろんわかっていますわ!

でも物事には体裁っていうものがありますのよ!

お、おほん!

ああ、さっさとレニとの約束を果たしてアバトに戻りたいのに、出口に見張りまで立てられていたらこっそり外に出られないですわ。道を開けてくださらないかしら。もし快く通してくだされば、そのお礼に、何かお願いを一つ聞いて差し上げてもよろしいのですが……」


などと、ミイアが実に回りくどい言い方で助けの手を差し伸べた。


しかし、それを聞いた見張りの男性は、まだ何を言われたのか分からない様子でとまどっている。

それを見かねたのか、混乱している男性の背後にいたアレンが、男性の喉に突き付けていた短剣を下ろした。

そして先ほどとは打って変わって明るい声と口調で……


「要は、依頼は受けないっすけど、奥さんも助けに行くから任せてくれってことっす!

ミイア様はツンデレだから仕方ないっす! あんた、名前は?」


などと要約してしまった。


「……リッド、だ」


不意に問われ、見張りの男性――リッドは名乗る。


「ち、ちょ、ちょぉーっと! アーレーン!」


しかし、その名乗りに応える暇もなく、怒れるミイアがアレンに駆け寄ってスリーパーフォールドをキめ、アレンは甘んじて受けて苦しみつつも、ちょっと嬉しそうにするという、なんとも甘酸っぱい構図が出来上がる。


その様子を見つめながら、リッドはくしゃりと顔を歪める。



リッドとて妻を助けたくない訳が無い。

盗賊が去った後に目を覚まし、周囲から状況を聞かされて、もちろん妻を助けに行こうとした。

だが、リッドは結局何もできなかった。

村に迷惑をかけるわけにもいかず、かと言って自分だけでどうこうできる相手でもなかったため、何も……そう、何もできなかったのだ。

だが、そうしている間にも妻はひどい目に会っているかもしれない。

盗賊に攫われた女性の末路ぐらい、嫌でも想像できてしまう。

せめて、せめて命だけでもと願い、ともすれば気が狂いそうになる自分を必死に抑え、それでも何かできないか必死に考え続けていた。


そんな時、レニが見知らぬ少年少女を村に連れて来た。

彼らは集会場で軟禁されることになり、リッドは藁にも縋る思いで見張りに立候補した。


会議が終わった後、広い集会場で武術訓練をする彼らの様子を見て、リッドは確信した。


(こいつら、強い)


と。


その後どうにか妻の救出を依頼しようと機会を伺っていたが、意外にも彼らは素直に眠りについてしまった。

彼らがレニの兄を助けに行かないというのであれば、年端も行かない少年少女に、無理に盗賊のアジトに向かうことを強要するわけにもいかなかった。


そう思って途方に暮れていたリッドだったが……深夜、やはり少年少女達らは動き出した。


自分を一瞬で拘束するその手際に、思わずリッドは依頼を口に出してしまっていた。


その願いは、目が覚めるように鮮やかな赤髪の美少女によって一蹴されてしまう。


リッドは目の前が真っ暗になった。もう、何も考えられなかった。


だが、赤髪の少女の冷たい言葉の裏には、本当は優しい救いの手が隠されていたのだ。



リッドは俯き、涙を流しながら、小さく『ありがとう、ありがとう』と呟き続けた。


……ちなみに、リッドと同じ表情でミイアに感謝を告げながら滂沱の涙を流す黒髪の少女がもう一人いたりするが、気にしてはいけない。


「違い、ます、わ! わたくしは、ツンデレでは、ありませんわ!

助けるなんて、ひと言も、言ってません、わぁッ!

……はぁ、はぁ」


涙を流して立ちすくむ2人をよそに、ミイアの必死な抗議が続いているが、いくら締めてもアレンは喜び、リアムは優しい眼差しで見守っている。


「ダメですわ。この人たち全く人の話を聞いていませんわ…ぐぇっ」


ついに諦めてうなだれるミイアに、ナナがぎゅっとしがみついて泣きじゃくる。


そんな4人に、リッドは改めて姿勢を正し、深くお辞儀をして告げる。


「……ありがとう。恩に着る。ここは任せてくれ。どうか、無事で」


それはリッドの心からの感謝と、無事を願う祈りだった。


その声にようやく我に返ったナナ達は、リッドに向かって力強く頷く。


「ぐすっ…うん! 絶対助けるから、待っててね!」

「ま、仕方ありませんわね」

「奥さんのことは任せてくれっす!」

「レニのことを頼みます」


そして口々に了承の意を返し、リッドに後を任せて、外の暗闇に向けて静かに駆け出して行った。



    ◇


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