救援②
『魔物っぽい気配が15体、ヒトが3人。少しずつ森の出口に向かってる感じかな。
場所はここから50メートルぐらい先、森に入ってすぐの所だよ』
森の中から聞こえた悲鳴に対し、ナナは全速力で走りながら【気配探知】で状況把握を開始した。
そして状況を頭上のアイマーにスキル【伝心】で共有し、現場到着までの短い時間で作戦会議を始める。
『ふむ。我が【魔力感知】でも見えておる――ぬぅ、こやつらは今朝お主に絡んできた3人組であるな。
かなり厳しい撤退戦を強いられているようだ』
アイマーが自身の見解を加えて答えた。
アイマーの【魔力感知】はより詳細な情報を得られるようで、3人の正体がミイア率いるパーティであることを特定した。
『あの3人ね。うん、見捨てるなんてできない。魔王、助けるよ!』
『わかっておる。魔物の方はフォレストウルフだ。この程度ならおそらく勝てる相手だが……
お主、先程の暴漢共にはなぜ攻撃しなかったのだ?』
アイマーはナナの救援の意志に同意しつつも、現状の不安要素について確認する。
つい先ほどの事。
ナナは十数人の暴漢に襲われたが、アイマーの支援によって難を逃れた。
その際、ナナは相手を攻撃できなかった。
いや、正確には攻撃したが当てなかったのだ。
双剣を手に攻撃に移ったナナは、振るった刃が暴漢の1人に当たる直前、手首の動作で剣を戻し、剣を素通りさせてしまった。
何かの間違いかともう一度攻撃を仕掛けたが、それも直撃する数ミリ手前で寸止めしてしまったのである。
『あの時……ね。自分でもわからないんだよ。別に人を攻撃することに迷いがあったわけじゃないの。
そりゃちょっとは怖かったけど、そんなこと言ってたら私がどんな目に会ってたか分からないもん。
本気で、殺してもいい覚悟で斬り付けたんだよ。
……でも、しっかり覚えてるんだけど、私自身が剣を当てないように考えて、剣を逸らしたり止めたりしたの。
それで、その直後に、なんでそんなことをしたんだろうって気づいて焦ったの』
それはナナ自身にも理解できていない現象だった。
剣を逸らしたのはナナ自身が思考した結果の行動だったのだが、その一瞬以外のどの時点でも、ナナにはそのような意志は無かったのだ。
ナナの独白を聞いたアイマーが答える。
『やはり……か』
『もしかして魔王、何か知ってるの?』
あらかじめわかっていたかのようなアイマーの返答。
ナナは少しでも自身の理解不能な思考の解明に繋がればと、その理由を尋ねた。
『いや、お主と同じかどうかは分からぬが、我の古い知り合いが同じような症状に悩まされておった。
その者は、自分ではどうやってもヒトを害することができなかったらしい』
『ヒトを害せない……私もそう、なのかな』
『わからぬ。お主の場合、ただヒトに剣を当てられぬだけなのか、魔法でも駄目なのか、あるいは何らかの間接的な攻撃なら可能なのか……。
それに対象がヒトだけなのか、魔物への攻撃も当てられぬのかも、今の時点では断言できぬ』
アイマーから得られたのはナナの異常行動を明確に説明できる情報ではなかった。
しかしそれでも、そのおかげでナナは自分の状況を整理することができた。
『確かに、そうだね。今まで攻撃らしい攻撃をしたのって、ガルフさんと模擬戦した時だけだもんね。
あの時もガルフさんの大剣に当てただけだったし。
……で、今度は魔物が相手。攻撃できるかどうかはまだ分からない。
……でも、あの3人は助けたいんだ。
基本的には私が剣で戦ってみるけど、もし攻撃できなかったり、私じゃ勝てなかったりした時は……魔王、また助けてくれる?』
ナナは自分の考えを整理しながら、前方で繰り広げられている戦いへの参入方針をアイマーに相談した。
『無論だ。我のことはこの世界におけるお主の父と思えと言ったであろう。
父が娘を助けるのに、理由も回数も、いかなる制限も不要である!』
ナナの頼みを、アイマーは当然のことだと引き受ける。
【伝心】で伝わってくるナナを慮る感情にも嘘は感じられない。
『うん、ありがとう! 魔王大好き!』
『だっ⁉ だいす……ぶふぉああっ‼』
アイマーの快い返事に、ナナは嬉しくなってついつい好意を伝えた。
そこに込められた敬意と信頼と親愛の情は、【伝心】によってアイマーの心にドストレートで叩き込まれ、寂しがり屋のアイマーは突然訪れた歓喜にむせ返った。
『ちょ、魔王、喜びすぎだよ! うふふっ』
ナナはアイマーの反応を快く感じ、それがまたアイマーを喜ばせる。
いつものことだが、相性に恵まれたコンビである。
かなり脱線した作戦会議だったが、互いに頭の回転が速いことも有利に働いているのだろう、スキル【伝心】によって脳内で交わされるやり取りはわずか一瞬で完了した。
その後ナナは数歩走ったタイミングで、【気配探知】が示す異常に気付く。
『あれ? 1人……止まってる?』
『ああ、盾役が戦闘不能になっておるようなのだ。
反応も弱まっている。急いだ方が良い。一気に崩れるぞ』
『わかった! 魔王、あの子たちの回復を優先して!
もし私が攻撃できなくても、少しの間ならかく乱して見せるから!
あ! そうだ、今回私は光らせなくていいからね!』
『む、承った! だが我はいざとなったらお主を優先するぞ』
『……うん、ありがと!』
アイマーと優先事項をすり合わせながら、ナナは走る。
【気配探知】はレーダーに表示される光点のように生物の場所を把握することしかできないが、その光点の動きだけでも、戦況が急激に悪化しているのがわかる。
最後尾に位置していた人物が横から回り込んだ魔物に襲われ、こちら側に弾かれて止まる。
おそらく攻撃を受けて負傷したのだろう。
残る1人は倒れた人物の方向に移動しているが、背後から魔物が殺到している。
(お願い! 間に合って!)
ナナは願い、走る。
レベル7となり、ステータス上昇に伴ってナナの速力は大幅に上昇していた。
その速力を余すところなく存分に用いて、地球における世界記録を更新する勢いで50メートルを駆け抜ける。
そしてナナは倒れ伏す赤髪の少女、ミイアの元に辿り着いた。
『よかった、まだ生きてる! 魔王!』
『準備はできておる! 【ヒール】!』
ミイアの傷が光に包まれ、見る間に塞がっていく。
ナナはミイアを安心させるように声をかけ、そのまま獣人の少年の背後に迫りくるフォレストウルフ達に向かって跳躍した。
『少し足場を作ってやろう。【ロックフォール】!』
≪ドゴォォォォォン‼≫
アイマーが放った魔法により空中から現れた岩の塊が、獣人の少年に迫っていたフォレストウルフ数匹を圧殺し、残りのフォレストウルフと少年との間に空間を作る。
『ナイス魔王! よーし私だって! ガルフさん直伝の回転連撃を見せてやる!』
そしてナナはアイマーが作った足場に着地するなり高速回転を始め、襲い来るフォレストウルフ達を細切れにし始めた。
(よかった! 魔物なら攻撃できる! ……ちょっと、あまり見たくないけど)
スプラッターな光景にすこし嫌悪感を抱きつつも、自身が魔物と戦えることに安堵するナナ。
『……お主、その技は直伝ではなく、勝手に見て盗んだのでは――』
『あー今日は止めない! 止まらないよ! いつもより多めに回るよ‼ はぁぁぁあっ‼』
アイマーのツッコミを全部言わせずに、ナナは気合いを込めて攻撃を続ける。
そしてしばしの後、宣言通りいつもより多めに回ったナナによって、フォレストウルフは残らずひき散らされたのだった。
◇
「あ、あの、助けてくれてありがとう。か、感謝していますわ!
……その、今朝はいきなりごめんなさい」
戦闘終了後、アイマーによる回復を受けた瞬間に跳び起きたリアムと、同じく全身の傷を癒されたアレンを連れて、ミイアは森の外への脱出を果たしていた。
そしてまだ憔悴している上に気まずそうな表情で、ナナに深く頭を下げた。
ミイアに続いてリアムとアレンも頭を下げる。
ルビウス王国にもお辞儀の文化があるようだ。
3人はしばらく深く頭を下げてから、おずおずと顔を上げ、ナナの様子を伺う。
対するナナは、腰に手を当てて重々しく頷き、口を開く。
「うん。…うん? なんだっけ? ああ、お金は大事だよって話だったよね。分かってくれた?」
……しかし、想定の斜め上を行くナナの言葉に、当の3人は目を丸くした。
自分たちが何を言われたのかを理解するのに時間がかかっている。
そもそもミイアがナナに見舞った暴言は、その大半がナナ自身を蔑む内容であった。
決してお金がメインではない。
呆気にとられた3人だったが、辛うじて貴族令嬢のミイアがハッと我に返り、考える。
(そ、そういえばこの方、あの時もお金がどうこうおっしゃっていましたわね……)
そしてミイアは首肯し、ナナに答える。
「え、ええ。肝に銘じますわ。本当にごめんなさい。……でも…あの、それだけかしら?」
恐る恐る問いかけるミイアに対し、ナナはきょとんとした表情になる。
「えーっと…? 他に何かあったっけ?」
ミイアたちは驚愕の面持ちで顔を見合わせた。
薄々感じてはいたが、どうやらナナの頭には自分たちの挑発や侮辱が毛ほども留められていなかったようだ。
いや、なぜかお金についてだけはしっかりと記憶されていたようだが。
驚いたような様子の3人を見て首を傾げたナナは、もう何とも思っていないのか、にっこり笑って声をかける。
「じゃあ、もう気にしてないから安心して!
……そうだ、自己紹介させてもらっていいかな。
私はナナ。ナナ・カンザキです。
昨日冒険者になったばかりなの。
あなた達のお名前を教えてもらってもいい?」
その言葉で3人は再びナナを見た。
そして落ち着かない心を叱咤して、自己紹介と謝意を告げる。
「ミイア・アバトですわ。改めて、助けていただきありがとうございます。
本当に、お礼の言葉もありませんわ」
ミイアに続き、アレンとリアムが声を上げる。
「俺はアレンっす! 俺とリアムは死んでもミイア様を守るつもりだったっすけど……
ははっ、助けてもらえなかったらダメだったっす。ありがとっす!」
「僕はリアムと申します。今朝の事でご気分を害してしまった我々に対して、救援の手を差し伸べていただき、本当に感謝しています」
ナナはうんうん、と頷くと微笑んだ。
そして少し申し訳なさそうに話す。
「ミイアちゃんにアレン君にリアム君だね。よろしくお願いします!
あー、えっとね、実は私も謝らないといけないことがあるの。
本当はみんなの戦いの音が聞こえてから少しの間、怖くて迷っちゃったんだ。
自分が武器を持って魔物と戦うのは初めてだったから。
……だから、遅くなっちゃってごめんなさい」
逆に頭を下げるナナの言葉に、3人は今日何度目かの驚きの表情となる。
3人がかりで倒せなかった敵を、たった1人の少女が壊滅させた。
それが目の前の初陣の少女によって成し遂げられたことだったという事実に言葉をなくしたのだ。
「い、いえ、頭を上げてください! 謝る必要なんてございませんわ。
わたくし達は、わたくし自身の愚かな過ちによって死ぬはずだったのです。
それが今こうして生きていますもの。
むしろ、恐怖に打ち勝って駆け付けてくださったその勇気に、敬意を表しますわ。
街に戻りましたら、必ずお礼もさせていただきますわ!」
慌ててミイアがナナの頭を上げさせ、重ねて謝意を述べた。
「そっか……うん、そう言ってもらえると私も救われるよ、ありがとう」
頭を上げたナナはそう言って、3人の顔を順番に見た。
(みんな助かってよかったけど、朝見た感じと雰囲気が全然違うよね。
あんな目に会ったんだもん、当然か……)
3人の瞳から、輝く何かが抜け落ちてしまっているように感じたナナは、アイマーから聞いていた戦況を思い出し、言葉を続ける。
「でもね、勘違いしないでほしいの。私が助けたのは、みんなの戦いの、ほんの最後の一歩だけだよ。
みんな、あんなにたくさんの魔物と戦って、助けてほしくても他に誰もいなくて、こんなにボロボロになっても頑張って、必死にあそこまで辿り着いたんでしょ?
たしかに今回は敵の数が多くて、私が間に合わなければ悲しい結果になっていたかもしれない。
でもね、それでも最後まであきらめずに仲間の無事を願ってたみんなは……
うん、そう!
最高にカッコいい、憧れのパーティだよ!」
そう言ってナナは、ぱぁーっと花のような笑顔を咲かせた。
3人がまたも揃って呆ける。
彼らはほんの少し前まで死の恐怖に直面していた。
実際に目の前の黒髪の少女が助けに来なければ、確実にその命を失っていたはずだった。
そして助けられた今もその恐怖から抜け出せていなかった。
それぞれが気丈に振舞ってはいたが、仲間の死、そして自らの死を覚悟し、誰にも助けを期待できない状況で、一度は受け入れてしまったのだ。
彼らの真っ直ぐだった心は、自分の無価値を思い知り、無残に挫かれてしまっていた。
その無価値なはずの自分が、それでも最後まで抱いていた願い。
――仲間が無事であってほしい。
その小さくも唯一誇れる願いを、力及ばずともその願いを抱いて踏ん張っていた事実を、それこそが最も価値があるのだと、認められた。
「っぐ…ひぐっ」
それは、誰が最初に漏らした嗚咽だっただろうか。
その涙を堪えきれない声を皮切りに、3人は肩を抱き合い、その場に崩れ落ちて、声を上げて泣いた。
その涙と、彼らを優しく見守る黒髪の少女の言葉は、一度折れて冷え固まってしまった彼らの心に、とても心地よい温度を届けた。
◇
「じゃあこれからもよろしくね、ミイアちゃん、アレン君、リアム君!」
「ええ!」
「うん!」
「はい!」
ナナの声に、3人は元気に応じた。
その姿にもう先ほどまでの憔悴した様子は無い。目はすこし赤く腫れているが、その表情は落ちつき、新たな決意に満ちていた。
(ああナナ様! わたくし、あなたに一生付いていきますわ!)
(ありがとっす、ナナ様! 俺、今度こそミイア様を守れるように、強くなるっす!)
(感謝いたします。僕はもっと強くなって、皆を守り抜きます!)
……若干1名、ベクトルがズレているかもしれないが。
そんなこんなで無事(?)和解を果たしたナナとミイア達は、日が暮れる前にアバトに戻るべく、帰路を急いだのだった。
ちなみに冒険者ギルドに帰還した4人は、今朝とは打って変わって仲良くなった様子を先輩冒険者たちから生暖かく見守られながら、ミイアパーティの討伐報酬を分割した……のだが、実はここでけっこう苦労した。
ミイア達はナナが全額受け取るべきだ、と譲らないし、ナナも四等分にするべきだと譲らなかったからだ。
結局どちらもが妥協して、ナナが半分、残りの半分をミイア達3人で分けるという形になった。
そして明日、今度は一緒に依頼を受ける約束をして、各々帰路についた。
その約束が、新たな騒動に巻き込まれるきっかけとなることに気付かずに……。
◇
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