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ステータスの異常②

「ナナさん、あなたの魂エネルギー残量は残り1%を下回っています‼

衰弱状態になって当たり前です! 一体どんな無茶をしたのですか‼」


「え⁉ え、あの……」


ナナは冒険者登録を終えた後、そのまま応接室にてマイアと名乗る治癒師の診断を受けていた。

ナナのステータスに表示された衰弱(極)という状態異常を心配したニアンが手配してくれたのだ。

マイアはメガネが似合う深緑髪のショートヘアの女性で、一見優しそうな顔に似合わず、知的で少々冷淡とも取れる話し口調をしている。


マイアはナナのステータスを確認した後、メーターのついた自転車の空気入れのような魔道具を用いて、より詳しくナナの状態を調べ、その結果を見て急にいきり立ち、険のある物言いでナナに詰め寄った。

そして所持していた大きなカバンの中から、赤黒い不透明の液体が入った小瓶を取り出し、蓋を開けてナナに差し出す。


「いいからまずはこれを飲みなさい! このままでは死にます‼」


ナナは言われるがままに小瓶を受け取り、中身を見る。


(何だろう、これ……そうだ、【解析】!)



◆名称:レベルアップポーション(小)

◆効果:経口摂取により魂エネルギーを直接摂取することでレベルアップを図れる薬液。効果はレベル30のモンスター1体を討伐した際に取得可能なエネルギー量と同程度。衰弱状態で使用した場合、魂エネルギーを補充することが可能。

◆備考:中毒性が高いため、連続摂取は推奨されない。



(衰弱状態を回復できるってことかな……)


ナナは【解析】結果を確認し、渡された小瓶が悪い物ではないことを把握した。

そして意を決して一気に飲み干し――そして何とも言えない表情になる。


「……苦しょっぱい」


そんな感想を漏らすナナに構うことなく、マイアはナナの腕に取り付けた魔道具のメーターを凝視している。

そしてしばらく経って、驚いたように声を発した。


「……そんな⁉ 回復しないですって……?」


そしてナナが飲み干した薬液の瓶のラベルを再確認し、うつむいて何やら考え込む。

ややあってから、マイアは口を開いた。


「薬を飲んで体調に変化は?」


「えっと、いえ、お薬を飲む前から元気ですけど……」


「そうですか。では一つずつ確認します。

まず、衰弱状態になった理由に心当たりは?」


『……魔王が生えてるせいで栄養を吸い取られてるんじゃないかなーって思うんだけど、言っていいかな』


『いや、我かて生えたくて生えているわけではないて! 何気に酷いよなお主ッ‼』


マイアの問いにどうこたえるべきか悩み、ナナはアイマーに相談する。

結局正直に答えられないと思ったナナは、死んだ魚のような目で答えた。


「イエ、マッタク記憶ニゴザイマセン」


「…そう。では最近、多胎出産をしましたか?」


マイアはナナの不自然な様子を疑問に感じながらも、質問を続ける。


「タタイシュッサン……?」


マイアの質問の意味を理解できなかったナナが、オウム返しのように問い返した。


「双子や三つ子の出産です。

いえ、この減少具合だと同時に10人産んでいてもおかしくないですね」


するとマイアは『何を当たり前のことを』とでも言うように説明しながら、ナナの下腹部に手を押し当て、様子を確認し始めた。

ナナは状況を理解できていないのか、呆然とされるがままになっている。


その状況を見て、ナナより先に反応を示した者がいた。

これまでナナの背後でおろおろと様子を見守っていたニアンである。


「⁉ な、なななな、ナナ、君はすでに出産の経験があったのか⁉

故郷にその、あ、相手がいるのか⁉」


『なんだとぉおおお‼ 誰だ我が娘をはらませた奴はぁあああ‼

滅ぼす! 我が殲滅してくれるわぁあああ‼』


アイマーも同時に【伝心】で咆哮を上げた。

ナナの保護者を自認する2名が、それぞれに騒ぎ出した。


「えぇえええ⁉ 出産⁉ 違う! 私そんなっ!

私まだその、未経験だし……ぃい⁉」


ニアンとアイマーの様子にナナは慌てて否定するも、とんでもないことを口走ってしまってその顔が真っ赤になる。


「お、おう。そうだよな、当然だ!

い、いや、当然ってわけでもないんだが! いやいやそれもちがうがぁ⁉」


ニアンは混乱した。

まあ根っこの部分では安心したようなのでこれは放置で構わない。


「そう。出産でもないとなると……では、持病の類は?

貧血気味だとか、喘息を患っていたり」


ナナやニアン、そしてアイマーの混乱具合を無視して、マイアは淡々と話を続ける。


「えぇーっと、いえ、私はいたって健康です!

女の子の日も先週終わったばかりです! ってうひゃぁ‼」


ナナはまだ混乱が続いているのか、余計なことを暴露し続けている。

頭を抱えるナナの後ろで、ニアンの顔が耳まで赤くなっていた。


『お主……我、逆に冷静になってきたわ』


一方、アイマーはあきれ顔である。


「なるほど……ではそのままじっとしていなさい。もう少し詳しく診ます」


そう言ってマイアはナナの下腹部に手を当てたまま、しばらく目を閉じて動きを止めた。


(あ、なんだかマイアさんの魔力が入ってくる……温かい)


ナナはマイアの魔力が手のひらを通して下腹部から流れ込み、全身に染み渡っていくのを感じた。

それはぽかぽかと温かく、ゆっくりマッサージを受けたような心地よさがナナを包みこむ。

混乱していた思考も凪ぎ、ナナはほうっとため息をついた。


しばらくしてマイアが手を離し、顔を上げる。


「たしかに、体調も魔力も精神も、大きな問題はないですね。妊娠もしていません。

精神が少し張り詰めているようですが、まあ大丈夫でしょう」


マイアの言葉に、ナナとニアンは安堵し、ぎこちなく顔を見合わせてほほ笑む。

2人ともまだ若干顔が赤い。

だが、続くマイアの説明に2人は硬直することになる。


「ですが衰弱という状態異常は放置できません。

あまり知られていないようですが、衰弱とは魂のエネルギー不足です。

通常の活動で魂エネルギーが減少することはまずあり得ませんが、子供を産んだり、疲労困憊した状態で肉体を酷使し続けたり、魔力が尽きた状態で強制的に魔法を行使したりすると、魂エネルギーを消費します。

そしてもし、魂エネルギーを使い切ってしまうと……死にます。

先ほども言いましたが、ナナさんの魂エネルギーの残量は1%未満です。

通常であれば命に関わる状態と言えます」


「……それは、なんとか直すことはできないのかっ?」


思った以上に深刻な診断結果に、ニアンが必死な面持ちで質問する。


「何らかの手段で魂エネルギーを補充すれば問題ありません。

つまり、通常であればレベルアップにつながる行動を取ればいいでしょう。

魔物を倒すなり、食事をするなりです。

ですから先ほどレベルアップポーションを飲ませたのですが……ナナさんの場合、ほぼ回復しませんでした」


「そ、そんな……いや、待ってくれ。

俺がナナと出会った時、ナナはまだレベル1だったが、すでに衰弱、それも極の状態だった。

でもそのあと黒焔種と戦って、ナナはレベルを6も上げたんだぞ?」


「何ですって? そんなはずは……」


ニアンの説明に、マイアは顎に手を当て思案し始める。


(1%を切っているのに、生活レベルの活動どころか、戦闘までこなせる……?

そんなの、エネルギーが足りるわけがないわ。

……もしかしてこの子、たった1%でも戦闘をこなせる程に上限が高い……?

もしそうだとしたら……いえ、たとえそうだとしても、今はギリギリの状態という可能性があるわね)


マイアはナナに視線を向け、真剣な表情で問いかける。


「では、戦闘時に急に疲れを感じたことは?」


「戦闘って言っても、ほんの数日前までは戦ったことなんかなかったんですけど……

ああ、そういえば【気配操作】スキルで強い気配を作り出した時に、何度か眩暈がしました。

気配を消す場合は何ともないんですけど」


「気配操作……なるほど…」


ナナがそう言うとマイアはまたもや考え込む。


「……ではナナさん、しばらくの間、【気配操作】で気配を強くするのは控えなさい。

そしてできるだけ魔物を狩って、たくさん食べてよく休んで、レベルを上げるように努めるのです。

ナナさんの場合はそれが一番の治療になるかもしれません」


(治療のために魔物狩り⁉ 荒っぽい。さすが異世界!)


マイアから告げられたまさかの治療方法に、ナナは軽くカルチャーショックを受ける。


「わ、わかりました!」


「よろしい。では、今後も定期的に私の元に検査を受けに来るように。

それと少しでも体調に異変があればすぐに知らせなさい。

いいですか、少しでも、ですよ」


「はい!」


ナナの元気な返事にマイアは微笑み、ニアンの方に向き直る。

そしてナナの魂エネルギーに余裕ができるまでは、決してナナが無茶をしないよう守ることをニアンに約束させると、満足して退室していった。



    ◇



「じゃあ、行ってくる……」


「い、行ってらっしゃい、ニアン! 試験、応援してるよ!」


翌朝。

ニアンは憂鬱な顔でナナに挨拶をした。

どうやら急遽Sランク昇格試験を受けることになったようで、5日ほど留守になるとナナに告げて来た。

何回死ぬかな……と呟いているのを見るに、ずいぶん厳しい試験のようだ。

空気の抜けた風船のようにとぼとぼと宿を出ていくニアンを見て、ナナは苦笑した。


1人で暇になってしまったナナは、しばらく手の空いていたフォルテと雑談をしていたが、フォルテにも仕事がある。

そこでとりあえず、ナナはギルドへ行って依頼を受けてみることにした。

ニアンからは宿で待っているように言われたが、タダ飯食らいを続けることはナナにとって苦痛だったのだ。

そこでナナはアイマーに相談して、最悪の場合はアイマーの魔法で切り抜けることで合意し、出発を決意した。


今日のナナはいつもの制服に、双剣を装備している。


昨日、無事Eランクの冒険者として登録を済ませたナナは、約束通り巨漢の元冒険者であるガルフと合流し、彼のおすすめの武器屋で双剣を購入したのだ。


鈍く光を反射して危ない雰囲気を醸し出す2本の短剣は、細身の剣身がわずかに反った形状の片刃剣だ。

層灰鋼製の非常に強靭な逸品で、刃こぼれしにくく、折れにくい。

鉄や鋼に比べて重量があり、使いこなすことさえできれば攻撃力は非常に高い。


本来ならばナナの体格で扱える代物ではないが、武器屋に設置してあった藁人形で試し切りしたところ、固い木製の芯ごとナナがみじん切りにしてしまったため、問題なく購入となった。

双剣を装備するための剣帯も併せて購入し、腰の左右に剣を装備したナナはニッコニコである。


ギルドに着いたナナは、さっそく依頼が貼られている掲示板の前に行き、自分のランクと同じ色で縁取られた紙の内容をひとつずつ確認していく。

最初の依頼は比較的安全で難易度の低いものがいいだろうと、推奨レベル2の薬草採取の依頼用紙を掲示板からはがしとる。


と、その時ナナに声をかけるものがいた。


「おい。お前! そこのバケツかぶってる奴!」


ちらり。

周りを見渡して、自分以外にバケツをかぶっている者がいないことを確認して、ナナはちょっとがっかりする。


(もしかして、これは定番の……アレかなぁ)


日本で読んだ小説で良く描かれていたシーンを想像し、うんざりした表情でナナは振り返る。

するとそこには、ナナとそう変わらないであろう年頃の男女3人組が立っていた。


育ちのよさそうな赤髪縦ロールの女の子と、同じく赤髪の活発そうな男の子。

先ほど声をかけてきたのはこの子だろう。

ギラギラとした瞳で2人はナナを睨んでいる。

そして最後にそんな2人を困ったように見ながら、軽くナナに頭を下げる優し気な男の子。


3人を見て、ナナは小首をかしげる。


『ねえ魔王、これ、どういう状況かな。私なんかやらかしたっけ?

すっごい睨まれてるんだけど…。

よくある新人冒険者へのいちゃもん? よくあるのかは知らないけど』


『いや、知らんのかい!』


ナナの言葉にアイマーが渾身のツッコみを放つ。

ちなみにそのツッコミだけではナナの質問に一切回答できていない。

ナナが珍しくその事実に気付き、言葉を返そうとしたとき、赤髪縦ロールの女の子が忌々し気に口を開く。


その口から放たれたのは、きれいな見た目にそぐわない、毒々しいものだった。


「あなた、なに調子に乗っているのかしら?

ぽっと出の分際で、ニアン様のパーティに入るだなんて身の程知らずにも程がありますわ。

少し見た目がいいからって、ニアン様を誑かしていい事にはなりませんのよ!

いやらしいったらありゃしないわ‼

それにそーんな安っぽい依頼を受けるだなんて。

まったく金魚の糞にお似合いですわね!」


    ◇  ◇  ◇


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