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魔王討伐報告(ニアン視点)②

「はぁぁぁぁ。なるほどねェ。こりゃ厄介なことになったもんだ。

ギルマス、どうするんだィ?

……ギルマス?」


俺が一通り話し終えると、支部長は力を抜いて眉間をほぐしながら兄さんに問いかけた。

しかし、兄さんは目を瞑って黙り込んでしまっている。


珍しく緩く結っていただけの長髪は、うつむいたことにより、前に流れてきている。

顔の造形の美しさもあって、憂いを帯びた雰囲気は女性から見ればさぞ魅力的……だったかもしれない。

その長髪から大量に生産されつつあるちょうちょ結びがなければ。


兄さんは深く考え込むと無意識に髪の毛で蝶々を生み出す癖がある。

何をどうしたらそんなことができるのか定かではないが、解くのが結構大変だったりする。


それはともかく、今声を掛けても自分の声は届かないと判断したのか、支部長は俺の方に向き直る。


「しかし、ギルマスと同じぐらいの強さだったんだろ? そんな魔法一発で倒せるもんなのかィ?」


至極もっともな質問に、俺は少し言い淀みつつ、言葉を選びながら答える。


「いや……軽傷……せめてかすり傷程度でも与えることができればいいところ、だと思っていた。

なにせ魔王のレベルは400を超えていたんだ。

レベル65の俺の攻撃が通用する訳が無い。

いくら【格上特攻】があると言っても、このレベル差を覆すほどの効果は見込めないはずだった」


「レベル400越えだって⁉ そんなもん、Sランクが複数いたって敵いやしないよ!

ギルマスといい勝負じゃないかィ!」


魔王のあまりのレベルの高さに、支部長が驚愕する。

その意見には俺も賛成だ。

魔王とまともにやり合えるのは兄さんぐらいだろう。

いや、だったはずだ。


「……ニアン、君はどうやって魔王のレベルを知ったんだ?」


ここまで黙っていた副支部長が口を挟んだ。

目つきが鋭い壮年の偉丈夫である彼は、破天荒な支部長の元で実務をしっかりこなす実力派だ。

細かい点も見逃さず、正確に把握する傾向がある。


俺の【鑑定】スキルについては、兄さんから秘匿するよう厳命されている。

たとえそれが冒険者ギルドの支部長クラス相手でも、情報を渡すわけにはいかない。

もちろん支部長や副支部長を信頼していないわけではないが、情報はどこから漏れるかわからないのだ。


俺は用意していた言い訳を述べる。


「昔、兄さんからもらった魔道具を使った。一度だけ相手のステータスを見ることができる魔道具だ」


俺の答えに、副支部長は首肯して納得してくれた。


もし本当にそんな魔道具があるならかなりの額で取引されるだろうが、今までにそんな情報は聞いたことが無い。

あまりに信憑性が低い言い訳だが、兄さんが持っていたということにすれば誰もが納得してしまうのが兄さんのすごいところだ

俺がそう答えると、頭に蝶を大量生産していた兄さんがバッと顔を上げる。


「ニアン、魔王のHPは見えた?」


「え? あ、ああ。項目自体は見えた。でも数値のところは『?』ばっかりだった」


唐突な兄さんの質問に、魔王のステータスを思い出しながら答えた。


兄さんは息を吐く。


「はぁ…。よし! 最後の希望だよ! ニアン~…ステータス見せて!」


兄さんはそう言って、どこからか水晶のような魔道具を取り出し、俺の前に置いた。

固唾を飲んで状況を見守る支部長と副支部長を目の端に捉えながら、俺はその魔道具に手をかざした。


数秒後、魔道具の水晶球の中に俺のステータスが浮かび上がる。



◆名前:ニアン・ディギル ◆種族:人族 ◆性別:男

◆年齢:十八歳 ◆出身地:ルビウス王国 ◆職業:Aランク冒険者

◆状態:健康

◆レベル:133

◆HP:2760/2760 ◆MP:2990/2990

◆筋力:519 ◆敏捷力:482 ◆器用さ:98

◆知力:226 ◆魔力効率:371

◆運:120

◆魔法属性:光、火、氷、風、土、水、雷

◆スキル:鑑定(勇者)、格上特効(勇者)、範囲拡張(勇者)、守護結界(守護者)、身代わり(守護者)、気配探知、気配操作、魔力探知

◆称号:勇者、守護者



部屋の中に気まずい沈黙が訪れる。


兄さんは机に突っ伏してしまったし、支部長と副支部長は頭を抱えている。


俺のステータスはアバトを出た時点のレベル65から、一気にレベル135まで上昇していた。

それが示すのは、俺が大量の経験値を得たということ。

つまり、魔王級の相手を殺したという証拠だ。

レベル435の魔王を倒したにしては上昇量が控えめな気もするが、それ以外にこの上昇量を説明できる根拠は無い。


つまり、俺が話した内容が事実だということがこれで証明されてしまった。


しばらく続いたその沈黙を破ったのは、俺自身だった。


「あー、実はもう1つ重要な報告があるんだ。

…帰りにアバト近くの森で一晩野宿をしていたんだが……そこで、高レベルの黒焔種に群れで襲われた。

レベル110越えが1体、60~70が20体。

レベルが上がっていたおかげで何とか撃退したが…」


ニアンがそこまで説明すると支部長とギルマスは顔を見合わせる。


「ギルマス、聞いたことあるかィ? 黒焔種が群れで現れたって話」


「ん~。聞いたことないね。

そもそもアバト周辺にはニアンが苦労するほどの高レベルの黒焔種が現れるの?

お兄さん、初耳なんだけど。

レベルが上がる前のニアンなら負けてたんじゃないのそれ?」


支部長の問いに対して、ギルマスも怪訝な顔つきになる。


『黒焔種』とは、魔物の中でも非常に強力な個体のことを指す。


そもそも『魔物』とは、この世界ピラステアに元々生息する野生の動植物が、魔力を吸収して変異した存在である。

魔物は非常に好戦的で、全人類の敵とも言っても過言ではない。

これに対して人類は、各国の軍隊や冒険者による討伐を繰り返すことで、平和を維持していた。


だがここ十年ほど、その身に黒い焔のようなものを纏う、従来の魔物とは一線を画す強さの個体が出没するようになった。


この黒焔種は人類にとって脅威であり、防壁を備えていない小さな村や町が防衛に失敗し、滅ぼされる事例が増加傾向にあった。

もちろん各国の軍や冒険者ギルド、ひいては宗教組織である聖柱導教会の修道兵団までもが、それぞれに対策を進めているものの、現状を打開できるような策は打てていない。


城塞都市アバトでもこの状況は同じであるが、その強固な城塞により、なんとか街の中の平和は保たれていた。

だが駐留軍や冒険者による黒焔種討伐戦の戦果は芳しくなく、被害の方が大きいというのが実情であった。

もちろんニアンのような高ランク冒険者による討伐事例はあるが、彼らの数は少なく、黒焔種の脅威全体に拮抗できるほどの厚みがない


「いや、今までそんな報告はなかった。アタシも今初めて聞いたねェ。

それが本当ならレベルが上がる前のニアンどころか、このアバト支部にいる冒険者が束になったって敵いやしないよ。

ニアンのレベルが上がってくれたのが不幸中の幸いだね」


「ん~、そうだよねー。グレンダが報告を怠ったことなんて今回の一度しかないしね」


またもや部屋を気まずい沈黙が支配する。

だが今度は兄さんがそれを破った。


「…よぉし! ニアン!」


「お、おう!」


急に呼ばれて上ずった返事をした俺を見た兄さんは、笑みを深めて身を乗り出し、俺の肩をがしっと掴んだ。


「明日からSランク昇格試験をするよ。

可愛い弟子のニアンにはギルドマスターであるお兄さん直々に相手をしてあげるから、楽しみにしててね‼

5日ぐらいかかるからそのつもりで。

試験が終わったらすぐ王都に移動して、アルバートに報告だよ。

じゃ、そういうことで! 明日の朝また来てちょうだい~」


矢継ぎ早にそう述べると、兄さんはどこかに去っていった。

もしかしたら国王にごうも……訓練をさせに向かったのかもしれない。

相変わらず無茶苦茶な人だ。

王都までは距離があるけど、兄さんなら明日までに余裕で往復できるだろう。


兄さんの言葉を反芻して、俺はどんどん顔を青くしていく。


王都への報告はいい。

でもSランクの昇格試験って何?

兄さんが直接相手をしてくれるって、兄さんやっぱり怒ってるよな。

明日の俺、生きてナナのところに帰ることができるかな……。

ナナ、俺はくじけそうだ。


うなだれる俺に、めずらしく支部長から優しい言葉がかけられる。


「ニアン…今日はもう帰って休みな。明日から地獄を見るだろうからねェ」


「…ああ。……助かる」


かくして、俺は兄さんから直々にSランク昇格試験と言う名の拷問を受けることが確定してしまった。

せめて今日寝る前に、試験が終わっても生きていることを祈ろう。


そして俺は、ナナの笑顔に癒してもらうために、彼女が待っているであろう応接間に向かうことにした。



    ◇




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