武器選定①
≪ガギィィン! ドガッ!≫
ナナはニアンに案内されて、剣戟と喧騒が響く訓練場に来ていた。
訓練場は冒険者ギルドの裏に設営されており、むき出しの地面の周囲を丈夫な石壁で覆っただけの広場である。
熱気の漂うその場所では、剣士や魔術師の恰好をした冒険者達が、木人相手の基礎訓練や、木剣を使った実践形式の訓練を行っていた。
ニアン曰く、訓練場に来た目的は武器の選定とのことだった。
どうやら冒険者になるにはまず自分の戦い方、つまりメイン武器を決める必要があるらしい。
ナナに合った戦い方を見極めるために、複数の武器や魔術具を試すことができるここにやってきたのだ。
訓練場に着くまでの道中、ナナはニアンから武器の選定について説明を受けた。
ニアンは当たり前のように語ったが、武器とは無縁の人生を送ってきたナナにとって、自分が武器を持って敵と戦うということは当然ながら恐怖を伴うことだった。
とはいえ冒険者になることを決意したナナは、一言も聞き逃さぬという真剣な目つきでニアンの説明を聞いていた。
訓練場に入ってすぐ、ニアンはナナに問いかける。
「ナナ、彼らの動きを見て、自分に扱えそうな武器をイメージできるか?」
ニアンにそういわれて、ナナは訓練場の入口から入ってすぐの場所から、訓練場内を見渡す。
ざっと見て、両手剣、片手剣、双剣、槍、大盾、弓、杖などが使用されているようだ。
その多くは物理攻撃主体で、杖を使用している数名だけが魔法の訓練をしている。
ナナはその中でも、特に目立っている2人に目を向ける。
双剣を自在に操る大柄な男性と、若い大盾持ちの戦士だ。
熱戦を繰り広げる2人の周りには見物客で人だかりができており、衝突するたびに悲鳴や歓声が上がっている。
双剣使いは初老にさしかかった厳ついスキンヘッドの巨漢で、力強い双剣の乱撃で大盾の男性を圧倒している。
鍛え上げられた筋肉は衰えを知らないのか、その動きには一切の淀みがない。
一方、大盾使いも負けてはいない。
その身を完全に隠してしまう巨大な盾で攻撃を完全に防ぎきり、ときおり大盾ごと体当たりするシールドバッシュで反撃している。
また、盾の上辺に備え付けられた複数の衝角を利用して、双剣を絡め取って武器破壊を狙ってもいるようだ。
(あの盾は私には扱えなさそうだけど、両手に剣を持つなら……うん、動きだけならなんとか真似できるかな)
ナナは双剣使いの動きをトレースし、脳内で自分に置き換える。
そして、構え、移動、攻撃、回避、それぞれの動作を実現するために、自分の身体の各関節をどのように屈伸させるのか、目線をどこに合わせるべきか、それらを正確にイメージしていく。
だが、2本の剣を持って動くことを考えた時、そのイメージがどこか間違っているような、そんな気がした。
(うーん、何かしっくりこないなぁ。何だろう。……っ! そっか、剣の重さだ!)
双剣使いは自在に剣を振り回しているように見えるが、それは彼の極太の筋肉があってこそ実現できる動きなのだろう。
ナナは自分の筋力をイメージに反映し、再度脳内シミュレーションを実施する。
結果は変わらず違和感がある結果となったが、少なくともナナの筋力では剣をうまく扱えないことは推測できた。
(ダメかぁ。『双剣で美しい剣舞を繰り出す女子中学生、必殺技はバケツによる頭突き!』って、けっこうイイと思ったんだけどなぁ)
ナナはちょっと描き始めていた自身の活躍シーンを偲んで肩を落とした。
それは冒険者として活躍し、兄やニアン、アイマー、そして地球とピラステアの知人たちから称賛されている未来だ。
ちなみにナナの中で【深淵なる節食】(バケツ)の評価は高い。
双剣という立派な武器を差し置いて必殺技の地位に下剋上する程には、バケツはナナの愛を勝ち取っているのだ。
それはバケツがもたらす恩恵によるものなのか、ナナが一度ふところに入れたヒトやモノに対して深い愛情を抱く傾向がある故なのか、定かではないが。
『ねえ魔王、魔法で力を増強させることってできる? あの剣を振り回せるぐらいに』
『ふむ。できなくはないが……いくら筋力を増したところで、お主の体重ではあの重量の武器を支えることはできんぞ?』
称賛される未来を諦めきれなかったナナが、筋力増強魔法による支援をアイマーに相談した。
もちろんその知識はファンタジー小説から得たものである。
だがアイマーからは筋力の問題ではなく、ナナの体重と武器の重量バランスが問題なのだと指摘された。
その指摘を受け、ナナはなるほどと頷く。
そして重量バランスを意識して三度脳内しミュレーションしたところ、今度ははっきりと剣の重量に振り回される自分をイメージすることができた。
結果は惨敗である。
(ううーやっぱり、ダメかぁ。あぁ待って私の輝かしい未来……)
しかも双剣使いが振り回しているのは木剣だ。
打ち合う音からは、どうやら堅く重い材質なのだろうと推測できるが、本物の鉄剣ならさらに重量は増すだろう。
そしてその差は戦闘において致命的な隙を生み出しかねない。
脳内で崩れ去る未来イメージに、どよーんとした空気を醸し出し始めたナナ。
だが脳内に響く声がナナに救いをもたらす。
『筋力を増すという考え方ではないが、自分より重い武器でも自在に扱う方法ならあるぞ?』
アイマーによると、永い修練の果てに使用者と武器が馴染み、武器が使用者の肉体の一部となることがあるようだ。
肉体の一部となると言っても合体するわけではなく、まるで自分の腕を動かすように武器を振るえるようになる、と言う意味らしい。
そこに到達した武器は重量の枷も取り払われ、使用者はまさに鬼神の如き強さを発揮するとのことだった。
『それ! 魔王ありがとう! 私、それを目指すよ!
双剣で美しい剣舞を繰り出す女子中学生!
必殺技はバケツによる頭突き!
うん、イケる!』
『イケる――って待て待て! どこに向かうのだお主は!』
ナナの瞳が力を取り戻し、前を向いてやる気に満ち溢れる。
ナナの脳内には再び光輝く未来が描かれる。
【伝心】で伝わるその光景、つまり地球とピラステアの人々が混在するそこがどこなのか、それはもはや神ですら理解が及ばないだろう。
ナナが脳内シミュレーションというか途中から果てしない未来に旅立っている間にも、2人の戦士は戦いを続けていた。
それは両者ともに押しては引く、という膠着状態だったが――遂に双剣使いが仕掛ける。
それは一瞬の出来事だった。
双剣使いは姿勢を低くした直後、一瞬で大盾使いとの距離を詰めた。
大盾使いは自らの盾に視界を阻まれ、双剣使いの姿を一瞬見失う。
だがその気配から接近されていることを察知したのか、大盾の下部の突起を地面に突き刺して固定し、防御態勢を取ろうとした。
しかし、反応が遅れたため大盾使いの防御は間に合わない。
双剣使いが屈んだ姿勢から身体を竜巻の様に高速回転させつつ跳躍する。
竜巻の外に突き出された双剣が、防御が間に合っていない大盾使いの大盾を激しく連続で打ち付け、大盾使いごと弾き飛ばした。
数メートル後ろに転がった大盾使いが持つ金属製の大盾には、水平方向に幾筋もの傷が残っていた。
もし双剣使いが使っていたのが木剣でなかったら、大盾使いは盾ごと切り刻まれていたことだろう。
一方、双剣使いの木剣も無事ではなかったようだ。
技に耐え切れなかったのか、柄の部分だけを残して見事に削れ散っていた。
――彼らを囲む見物客から大きな歓声が上がる。
双剣使いが大盾使いに手を差し出しながら言葉を発した。
「お前さんも腕を上げたが、まだまだこのガルフ様にゃ、届かねえな!」
大盾使いがその手を取り立ち上がる。
「ぐっ……まったく、引退した爺さんのくせになんて力だよ。
あーーーーまいった。ちっくしょー!
今回は行けると思ったんだがなあ」
悔しそうにしつつも、大盾使いの笑顔は満足そうだった。
その場が解散となった後、柄だけになってしまった木剣を名残惜しそうに見つめつつ、双剣使い――ガルフが訓練場の入口、つまりナナとニアンが立っている方向に向かって歩いて来た。
最初に声をかけたのはニアンだった。
「えっと……なあガルフ、あんたが引退したって聞いた時は驚いたが……昔と全然動きが変わってないじゃないか!」
ガルフが引退したのは1年程前だった。
理由は本人曰く『体が言うこと聞かなくなってきた』とのことだった。
その時は仕方がないかと残念に思ったものだったが、先程見たガルフの動きは、ニアンが冒険者として駆け出しのころに見て圧倒的された光景と何ら変わりはなかった。
「あぁん? おーニアンじゃねーか! でっかくなりやがって!
このガルフ様も年を取るわけだぜぇ。
昔は1週間ぐらいぶっ続けで戦えたのに、最近じゃせいぜい3日で息が切れやがる。
そんな体たらくじゃ足引っ張ると思ったんでよ、こうやってひよっ子共の教官担当に収まったってわけよ」
「いや、先週も会ったし、そんだけ動けるならまだ引退に踏み切るには早いんじゃ――」
「んーで? お前さんどうしたんだ? そんな細っこい嬢ちゃん連れて」
パワーみなぎる初老戦士の大声に、ニアンは頬をひくつかせて反論した。
だがその声はガルフの大音声にかき消されてしまった。
ニアンは苦笑いする。
昔からこうなのだ。
この豪快なガルフという巨漢は会話ができない相手ではないのだが、何というか自分のペースでしか人の話を聞かないのだ。
とはいえこの大先輩の裏表がない真っ直ぐな言動が、駆け出しの頃の自分に良い影響を与えてくれたことを、ニアンは理解していた。
そして長年の経験に裏打ちされた助言の的確さにも、信頼をおいていた。
「――ま、まあいいか。
この子はナナ。ちょっと訳アリで俺が面倒を見ることになったんだ。
で、これから冒険者として登録しに行くつもりなんだが、その前に、ナナに合う武器を選んでおきたいと――」
「おお! そうかそうか!
そう言うことならこのガルフ様が見てやろう!
おら、そうと決まればこっちにこい!」
即決だった。
ニアンが言い終わる前にガルフは2人に手招きし、背を向けて訓練場の奥に進んでいってしまう。
どうやら反論の余地は無いようだ。
「あ、あの、はい!」
ナナは慌てて返事をして、ニアンと共にガルフのあとを追った。
ナナは挨拶のタイミングを見いだせず、ニアンとガルフのやり取りを、2人の顔を交互に見つめながら聞いてた。
どうにか会話に入ろうと隙を伺っていたが、その努力も空しく、ナナの行動予定は勝手に決まっていく――決まってしまった。
(また濃いおじさんが出てきたなぁ。
なんで私の周りって、普通の人がいないんだろう――でもガルフさん、筋肉ムキムキだしイイ人っぽいなぁ。
そっか、私の周りには濃くてイイ人が多いのかぁ。
うん、私、やっぱり恵まれてるね!)
イイ人の根拠が不思議だが、こんな状況に置かれても恵まれていると考えたナナ。
相変わらずいいことに目を向けるナナの幸福度は、日々けっこう高いのである
◇
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