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ナナ様の柔らかさ(フォルテ視点)

数週間は留守にすると出かけて行ったニアン様がたった数日で戻って来たのは今日のお昼過ぎ。

相変わらずのカッコよさにとろけそうになる表情を、私はシャキっと引き締めました。


私はフォルテ。

城塞都市アバトで『猫の毛づくろい亭』という宿屋の受付を担当している看板娘です。

お父さんは食堂で調理を担当していて、お母さんはそれ以外の宿屋業務を全てこなしている凄腕です。

お父さんはともかく、お母さんはとっても美人で力持ちで、私の目標です。

いつか私もお母さんみたいな大人になって、お父さんよりカッコいい素敵な彼氏と結婚して、宿屋を継ぐことが夢なのです。


そんな私が密かに目を付けていたのがニアン様。

強くてカッコよくて頼りになる、素敵なお兄さんなのです!

お貴族様なので平民の私とは身分違い。

でも『自分は三男だから、家督を継ぐつもりはない。冒険者として生きていきたい』とおっしゃっているので、恋が実る可能性はゼロではないのです。

それにはっきりとは教えてもらえないけど、お父さんとお母さんは昔、ニアン様に助けてもらったことがあるみたいでした。

これはもしかして運命の相手かもしれません!


なんて考えていた時が私にもありました。

ですがその夢は今日、ニアン様の帰還と共に崩れ去ってしまいました。


予定より大幅に早く戻って来たニアン様は、どこか明後日の方角を見てニコニコとほほ笑んでいる素敵な少女を伴っていました。

細められた瞳は黒い宝玉のようにキラキラとしていて、同じ黒の艶やかな髪がサラサラと揺れていました。

なんて美しい真っ直ぐな髪なのでしょう。

そして均整の取れた細い身体は一目見て上質なものとわかる不思議な衣装に包まれていて、女の私でも抱きしめたくなる魅力にあふれていました。

もう、それはもう、まるで女神様かと勘違いしてしまいそうになるほどの美しさだったのです!


動揺して混乱した私はうっかり衛兵さんを呼びそうになってお仕置きされましたが、なぜかニアン様からは笑顔でおひねりを頂きました。

もちろん、私も商売人の端くれ。

頂けるものは遠慮なく頂きました。

ありがたく結婚資金として貯金するのです!


ニアン様に寄せていた私の淡い想いは砕かれましたが、そんなことでめげるようでは宿屋の受付はやってられません。

宿屋は旅人が一時羽を休める場所。

出会いと別れが繰り返される場所なのです。

新しい出会いは毎日訪れるのですから。


それにナナ様とおっしゃる黒髪の女神様は、私のことを愛らしいと言ってたくさん抱きしめてくれました!

その時に嗅いだナナ様の香りはまるで花園のように可憐で、恥ずかしくも私は一心不乱に鼻をくんかくんかしてしまっていました。

お母さんとはまた違った感触の、ナナ様のぷりっとした若い柔らかさに、あやうく新しい扉を開いてしまうところでした。

危険です。

ナナ様の魅力はとても危険が危ないです。

紳士に対応しているニアン様の精神力に感服したのでした。


そして夕食を終えた今、私はナナ様と一緒にお風呂に入っています。

あの素晴らしい抱擁のあとで、ナナ様からお風呂に誘われたのです。

私はお仕事も忘れて少々食い気味に了承しました。

あとでお母さんが『もう、この子は仕方ないねえ』と呆れながらも許可してくれて本当に良かったです。


お風呂の中で見たナナ様のお姿は……い、いえ、いつかこの回想が殿方の目に触れてしまっては世界の損失です。

私の胸にだけ閉まっておこうと思います。

ですがこのあふれる感動を言葉にできるとしたら、それはもう、サイコーだったとだけ、告げておきましょう。


ナナ様はお父さんの料理を絶賛してくれていました。

見た目も味も最高だったと。

ありがとうございます。

でもナナ様、あなたの方がサイコーです。

私はナナ様をチラチラとみてしまう自分の目を止めることができませんでした。

ちなみになぜかナナ様もずーーっと笑顔で私のことを見てくださっています。

すごい目ヂカラです。


一糸まとわぬナナ様ですが、服は脱いでもバケツは脱がないようです。

そういう文化とのことですが、とっても似合っていて私も同じようなバケツが欲しくなりました。

もう少しお金がたまったら、街の金物屋さんにお願いしてみようと思います。


それにしてもナナ様のような雰囲気の方は今までに見たことがありません。

遠い国の出身とのことですが、どんな国なのか興味が出てきました。

あまりお客様の事情を詮索してはいけないというのが宿屋の受付としてのポリシーですが、私は意を決してナナ様に聞いてみました。


「ナナ様は遠い国からおいでになったと聞きましたが、どんなお国なんですか?」


するとナナさんは目を丸くされています。

ぼそっと『よかったバケツのことじゃなかった』というような呟きが聞こえた気がしましたが、私は受付嬢。

お客様が都合が悪いと思っているようなことは私の記憶には残りません。

ちなみに『まおーはすたんで気絶してるけどいちおう魔力遮断もかけとこう』という呟きも脱衣所に入る前に聞こえた気がしましたが、意味が分からなかったので私の記憶には残っていません。


ナナ様はふっと表情を緩め、ゆっくりとお話してくれました。


「うーん、あんまり詳しくは言えないんだけど、フォルテちゃん可愛いから特別に教えてあげるね♪

んーとね、この街とは全然違う雰囲気かな。

魔物がいないから防壁とか無くて、武器を持った人もいないの。

みんなが安全に暮らしていて、お勉強したり、お仕事したり、お買い物を楽しんだりして暮らしているんだよ。

もちろん、悲しい事件もゼロじゃないけど、いい国だったと思う。

私はそこでお兄ちゃんと暮らしてたの」


ナナ様のお話は驚きに満ちていました。

魔物がいない国があるなんて!

その国では冒険者の皆さんはどのようにして稼ぎを得ているのでしょうか。

壁が無いということは、街を大勢の門番の皆さんが囲んで守るのでしょうか。

とても信じられません!


「魔物がいないのですか⁉

はわわわそんな国があるなんて……。

はぅわぁああ……フォルテもいつか行ってみたいです!」


私は心の底から湧き出て来るワクワクを抑えきれず、思わず立ち上がって妄想を口にしてしまいました。

もちろん私は看板娘なので、この妄想を叶えることは難しいです。

それでも夢見るのはタダなのです!


それはともかく、言い終わってから私は気づきました。

距離が近くなったナナ様の瞳は、少し驚いたように見開かれていましたが、熱を帯びたそのお顔はまた、グッと魅力が激増ししております。

私は立ち上がったまま腰を折って顔をナナ様の方へ近づけてしまっております。

湯舟のお湯がジャポンと波立ち、ナナ様の上半身と私のふとももの間で揺れています。

ああ、ナナ様サイコーです。

抱き着きたいです!


「んもぅ、フォルテちゃん、かわいすぎいいいぃぃ!」


唐突にぱあぁっという音が聞こえそうなほどに笑顔をほころばせたナナ様が、座ったまま私に腕を伸ばして抱きしめてくれました。

私はバランスを崩してナナ様に寄りかかってしまいましたが、ナナ様はしっかり受け止めてむにゅむにゅと抱きしめてくれます。

ああ、私は幸せです。


ちなみに宿屋のお風呂は、冷たい井戸水で身体を洗ってから、魔道具で温めてある湯船に入るのがマナーです。

魔道具にはお母さんがいつも魔力を込めてくれていますが、身体を洗う分の水を温めるほどの余力はないので、冬はけっこうつらいです。

でもうちは宿屋だから湯船があるだけ恵まれています。

普通の家庭には湯船がないみたいで、みなさん桶の水で身体を拭うように洗うそうです。


でも今日はナナ様の不思議な魔法で洗ってもらいました。

それは温かいお湯の線がたくさん溢れ出すシャワーという魔法と、もっちもちの泡がじゅわーっと出てくるボディソープやリンスインシャンプーという魔法でした。

ナナ様の柔らかい手のひらの感触と相まって、それはそれは心地よく、至福のひと時でした。

ナナ様のお身体を洗わせていただいたのも、それはそれはもう、天にも昇るような幸せな時間でした。


私はもうナナ様が大好きです。

もちろん素敵な彼氏も募集中ですが、今はただ、ナナ様ができるだけ長くこの宿に滞在してくれることを祈ります。


    ◇


ponの小説を読んでくださってありがとうございます!

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