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魔法

翌朝、朝日と共にすっきり目覚めたナナは、ニアンが用意してくれた食事(喰人草の疑似餌)を嬉しそうに頬張り、気力も体力も充実させていた。

もうこの実に対する忌避間は無いようだ。

一方のニアンは、かぶりつくたびに顔をしかめている。


朝食後、ニアンは約束通り、ナナに魔法について教えた。


「魔法っていうのは、頭でイメージした現象を、魔力を媒介に具現化する力のことだ」


そしてニアンは、イメージが的確かつ明瞭でなければ、中途半端で小規模な具現化となり、役に立つことは無い、と付け加えた。

ななが『ほうほう』と頷いていると、ニアンは魔法の実践方法を説明し始めた。


「試しにやってみるといいだろう。そうだな、水滴を出してみよう。

頭の中で指先から水滴が滴るのをイメージしながら、魔力を外に出すんだ。

これは感覚的なものだから教えるのは難しいが……体の中を流れる魔力を意識して感じ取ろうとすれば、すぐにその動きが掴めるはずだ」


「うん、やってみる!」


そう言ってナナは目を閉じ、言われたままに実践してみる。


『水滴ぽたぽた~、水滴ぽたぽた~』


と心の中で唱えながら、魔力を感じ取ろうとする。

少しの間そうしていると、体の中でトロリとした不思議な何かが流れているのを感じ取ることができた。


(意外にあっさりと感じられたけど、これが魔力かな?)


ナナはそう不思議に思ったが、他にそれっぽい感覚もない。

なので、おそらくこれが魔力だろうと想定し、その流れを意識する。


流れは心臓の少し右、みぞおち、または水月と呼ばれる位置から生まれている。

それが上昇して頭部をめぐり、その後首から喉元に下る。

そして枝分かれして身体の隅々まで巡り、最後にまた水月に戻っていた。


しかし、魔力の流れはわかったが、外に出す方法がわからない。


ナナが四苦八苦していると魔王が助け舟を出してきた。


『魔力を感じ取れたのなら、お主のその「水滴ぽたぽた~」というメッセージを、もっと見た目重視のイメージとして思い描くのだ。

そして、例えば指先から水を出すのであれば、その近くを流れる魔力の一部を、少しだけ外に流れ出すように向きを変えてやればいい。

そうすれば魔力がおのずと変換されて、魔法が発動する』


『わ、分かった!』


そう返して、ナナはより深く水滴ぽたぽた~をイメージする。


(見た目重視の水滴のイメージと言えば……)


ナナは思い出す。

最も身近に感じた水滴の記憶、シャワーを浴びる感覚を。

シャワーから流れ出る、温かい水滴の奔流、その一粒一粒の姿を詳細に思い描く。

水滴の形が変化する様子、複数の水滴が合わさり、また分離する光景。肌に当たり、はじける動き。

上り立つ湯気。

そのシャワーの水滴が、右手から溢れ出るようイメージの位置を調整し、同時に右手の手のひらを流れる魔力の向きを、ほんの一部だけ外に向くように意識する。

すると、魔力の一部が外に出る感覚があり、次いでお湯の温かさを感じた。


ナナが目を開けると、ナナの右手からジャージャーとシャワーの温水が勢いよくほとばしっていた。


「できた! できたよニアン! すごい! うれしい! ありがとう‼」


「あ、ああ。役に立てたようで何よりだ」


『魔王もありがとね! ところでこれって、飲める?』


『あ、ああ。飲用可能だ。意外とうまいぞ』


『へぇ! 美味しいんだ‼』


生まれて初めて魔法を使えた喜びに、どうでもいい方向に飛び始めるナナの思考。

そして、律儀にそれにこたえる魔王。


ナナは喜びのままに、手から噴出する温水を周囲に振り撒き、もうもうと湯気を立てている。


その傍らで、ニアン、そしてアイマーは、それぞれの思考を全く同じ驚愕で埋め尽くしていた。


((いや、あり得ないだろ(であろう)!!))


2人は驚愕した。


魔法とは、イメージを具現化するものだ。だがそのイメージは何でもいいわけではない。

水滴を一粒イメージした場合、起きる現象も等価である。

つまり、水滴一粒だけが、魔力を消費して具現化されるのだ。


このイメージがあいまいだと水滴は生成されず、イメージを補うために大量の魔力が消費されるだけで、発動に失敗する。


イメージ力不足を補う手法もある。

というかこちらが魔法発動では一般的だ。

ニアンが手長猿を倒したときに使用した【コメットフォール】の詠唱がそれである。


術者のイメージ力が足りない場合、そのイメージを詠唱と魔力で補足するのだ。

これにより、普段眠っている脳の処理能力を強制的にフル活用してイメージを描き、魔法を成立させることができる。

だがこの方法は脳への負担が重く、連続使用することは難しい。


これらの事情から、例えば水量を増やしたい場合は、よりイメージしやすい『大きな水球』や『直進する太い水流』、『桶にたまった水』などをイメージするのが定番である。


そのはずなのだが……ナナは無詠唱で魔法を発動させた。

そしてナナが発動した魔法はシャワー、つまり大量の水滴の奔流。それが今もまだ噴出し続けている。

それなのにMPが尽きる様子もない。


つまり、ナナは明瞭な意識下で、この水滴全ての形状をイメージし、あふれ出る水滴の全ての動きをリアルタイムに描き切っているのだ。


……それも、きゃっきゃうふふと喜びながら。


詠唱や魔力によるサポートを用いないため、MP効率は最高である。

というかニアンが鑑定しても、ナナのMPは減少していない。

ここまでの消費が1ポイント以下ということだ。


目をキラキラさせながら、ナナはシャワーの水を飲み、さらに喜ぶ。


口を開けて唖然とする2人を放置して。


しばらく固まっていたその2人だったが、いつまでたっても途切れないシャワーを見慣れたのか、そのうち悟りを開いた。


((ま、まあ、ナナだし。いまさらか(であるか)))


無理やり納得した2人は、再度同じ思考に至る。

そして諦めたように、それぞれ魔力操作上達法をナナにアドバイスする。

時間があれば水滴ぽたぽたを続けるように、と。



    ◇  ◇  ◇


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