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レベルアップ②

一般には知られていないが、『気配』とは生物がもつ魂のエネルギーのことだ。

『気配を感じる』という状況は、魂が放射するエネルギーが肉体の壁を越えて外部に漏れ出した分を、無意識に感じ合っているという状態である。


スキル【気配探知】は、この漏れ出すエネルギーを感知する能力を高める特性があり、周囲の生物の位置や、ある程度の情報を読み取ることができる。

このスキルがあればたとえ暗闇の中でも周りの敵対生物を感知できる。

まあ、今のナナぐらい光っていれば、スキルが無くても遠くから一目瞭然だが。


そしてスキル【気配操作】は、漏れ出すエネルギー量を制御できる。

だが通常、その制御可能な増減幅は漏れ出る量に比べて極めて少量であるため、当然、結果として現れる効果は微々たるものとなる。


「そもそも気配なんて、他の要素で姿を隠したり偽装したりした上で、重ね掛けしてようやく意味があるようなものだ。

あんな敵の真ん前で、【気配操作】だけで分身を作り出すって……それも、覚えたてのスキルで……なあナナ、もう一回できるか?」


疑問を呟きつつ、ナナに再現を依頼するニアン。


「うん、【気配操作】ならいつでもできるよ! 何度も使って慣れて来たし。

ちょっと集中力が要るからずっとは難しいけど。

気配だけ感じさせるとか、目に見えるぐらい強く、とか。色々できるの!」


そう言いながらナナがニアンの目の前から消失する。

それはもう、掻き消えるようにあっさりと。

あれだけ煌々と輝いていた光も嘘のように見えなくなるが、不思議と暗闇に戻ったということは無いようだ。


慌ててニアンは【鑑定】レーダーを意識するが、レーダーは目の前の位置にナナがいると告げている。


だが次の瞬間、目の前のナナを示す光点は消え、代わりにニアンを囲むように複数の光点がレーダー上に現れた。

いずれも、ナナであることを【鑑定】が解析している。


そしてニアン自身も、強烈な気配を周囲から感じていた。

まるで魔王城の頂上に君臨していた魔王が複数いて、自分を取り囲んでいるかのような、恐ろしいほど濃厚な気配を。


さらに刹那の後、ニアンは心の底から驚愕して目を見開く。


うっすらと透けて光るナナが、目前でニッコリ微笑んで立っていたのだ。


気配はない。【鑑定】レーダーにも映らない。


ただ、目には見えている。うっすらと。


「なっ⁉」


さすがに、思わずあとずさるニアン。


その姿を見て、くすくす笑いながらナナが種明かしをする。


「どう? 姿が見えなくなるぐらい気配を消したり、すごく気になるぐらいの強めの気配をニアンの周りにいっぱい作ったり、気配はほとんどないけどちょっとだけ見えるぐらいにしてみたりしたよ?」


そう言いながら、気配を元に戻すナナ。

ナナの気配と位置と姿が元に戻り、ニアンの喉を締め付けるような圧迫感が消える。


我に返ってほっと安堵するニアン。

いつの間にか忘れていた呼吸を再開し、なんとか言葉をひねり出す。


「し、正直なところ驚いた。今、そこから動いていなかったのか?」


「うん! ずっとここにいたよ? ニアンがびっくりしてるのを見てるのも楽しかっ――」


ナナの言葉が不自然に途切れる。


「ナナ…? どうしたんだ?」


ニアンが心配気にナナの顔を覗き込む。


「う…ん。なんかちょっと眩暈がしただけ。多分大丈夫だと思う。

さっきの戦闘で疲れちゃったのかな……」


「そうか……ナナ、どういうわけかはわからないが、あれだけの気配を作り出せて同時に自分の気配どころか姿まで消えたように見せられるのなら、君の【気配操作】は十分に戦闘で役に立つと思う。

だが、強い力には相応の制限や代償が伴う。

もしかしたら、君の【気配操作】にも何かデメリットがあるのかもしれない。

あまり長時間使うのは控えた方がいいだろう。

俺も専門的なことは分からないから、ただの気にしすぎかもしれないが」


『ふむ。我もニアンの意見に同意だ。

確かに、我もお主の【気配操作】の効果には異常性を感じておった。

必要な時は躊躇わずとも良いが、常用するのは避けた方がよさそうであるな』


ニアンだけでなく、アイマーからも【気配操作】の使用について慎重な意見が出た。


(なるほど、たしかに【気配操作】をたくさん使うと、すごく疲れてふらふらしちゃう気がする……。

そういえば、すごく強い気配を作ったり、遠い場所に気配を作り出した時にぐっと疲れるよね……)


「そっか、わかった、心配してくれてありがとね。

これからは必要だと思った時にちょっとだけ使うようにするね」


「ああ。少しずつ、時間をかけて危険が無いか見極めていこう」


ナナの答えにニアンは安堵した。

だが実際のところ、気配、【鑑定】によるレーダー、そして目視。

自身が持つそれらすべての感覚を欺いたナナの能力を、ニアンは素直に称賛していた。

レベル1の少女が、今日覚えたてのスキルを使ってこれだけのことをやってのけたのだ。

にわかには信じがたいことだが、実際にその身で体験すれば信じるより他にない。


そこでふとニアンは気づき、ナナを改めて【鑑定】した。



◆名前:ナナ・カンザキ ◆種族:人族? ◆性別:女

◆年齢:十二歳 ◆出身地:?? ◆職業:無職

◆状態:衰弱(極)

◆レベル:7

◆HP:15/132 ◆MP:23/207

◆筋力:24 ◆敏捷力:70 ◆器用さ:31

◆知力:141 ◆魔力効率:23

◆運:932

◆魔法属性:空、無

◆スキル:気配操作、気配探知、?????(使用不可)、???(ERROR)、伝心、????(装備)、??(装備)、魔力遮断、魔力探知

◆称号:???、適合者



ナナのレベルは一気に7まで上がっていた。


ニアンは思案する。


おそらく、先程の黒焔種を倒した影響だろう。

あの手長猿のレベルは110を超えていた。

とどめを刺したのはニアンだが、そのための時間を稼いでいたのはナナだ。

ナナが【気配操作】で手長猿を翻弄しなければ、少なくともナナ本人は助からなかった。

低レベルの者が自身より高いレベルの相手を討伐すると、その分経験値は多く取得できる。

今回は直接討伐こそしなかったが、あれだけの長時間、ニアンの代わりに互角に渡り合っていたのだ。

貢献としては十分である。

その対戦相手が、同じパーティのニアンによって倒されたのだから、これは妥当なところだろう。


……だが、レベル以外の数値が異常だ。


実はレベル1の頃から、ナナの筋力やHP以外のパラメータは、軒並み同レベルの常人の数倍はあった。

そのことにニアンは気づいていたが、その程度であれば過去に事例があった。

素質がある者は、優れたパラメータを生まれ持っていることがあるのだ。

ニアン自身もその一人である。


だが、レベル7に至った今、その例外ですらも当てはまらなくなっている。


レベルによる上昇量が多すぎるのだ。


種族によってパラメータの平均値は異なる。

人族は全体的に偏りが無いが、獣人族はHPや筋力、敏捷力などの体術に関わる数値が人族に比べて高い。

その代わりに魔力効率や知力、MPなどの魔法に関わる数値は低めだ。

この傾向がエルフ族になると逆転し、魔法に関わる数値が人族を大きく上回る。

魔族についてニアンは情報を持っていないが、人族より低いということは無いだろう。


これら、種族の基本特性から言っても、ナナの数値は異常だった。


いずれのパラメータも、それぞれに秀でる獣人やエルフの平均値をさらに大きく上回っている。

人族と比べると、2~10倍ほど高いのだ。

レベルが高いニアンにはまだ届かないものの、このペースで行けば、敏捷値などはそう遠くないうちに追い抜かれることになるだろう。


ニアンはナナのスキルにも目を通した。


この短期間に、新たなスキルとして【魔力探知】と【魔力遮断】が増えている。


【魔力探知】を持つ者は警戒能力が高いため、パーティに組み込むと生存率が目に見えて上昇する。

非常に需要が高いが、保有者が極端に少ないレアスキルである。


【魔力遮断】はニアンが知らないスキルだが、タイミング的には【魔力探知】とセットで習得したと思われる。


ニアンは最後に、ナナの称号を確認した。


元々不明な称号を1つ有していたが、さらに【適合者】という称号が増えている。

名称からは何かの資格を得たようにも読み取れるが、それが示す意味は分からない。

今は考えても仕方ないだろう。


一通り確認したニアンは、とんでもない少女と出会ったのかもしれないと少し不安になったものの、それ以上にナナの可能性に期待を膨らませた。

これは鍛えがいがある、と。


とはいえ、今は他に優先すべきことがあった。


「よし、じゃあ確認もできたことだし、早速魔法について……と言いたいところだが。

ナナ、実はかなり疲れてるだろ?」


「え? あ、あれ? そういえば……」


ナナは先ほどの戦闘を終えたあたりから、精神的にも肉体的にも、あまり経験したことが無い種類の疲れを感じていた。

特に怪我をしているというわけでもないのだが、長距離走を走り終えた直後のように、立っているのもつらい程疲労していた。

ニアンに指摘されて意識するまで気づいていなかったが、実は今にも倒れそうな具合だったのを、無意識に耐えていたのである。


「さっきの魔物を倒したことで、たぶんナナのレベルはかなり上がっている。

それだけ強い相手だったからな。

一気にレベルが上がると、HPやMPの上限が上がる。

だがその影響で、相対的にHPやMPの現在値が下がり、消耗した状態になるんだ。

いわゆるレベルアップ酔いだ。レベルが上がる弊害だな。

せっかくレベルが上がっても、これが原因で事故が起こることもある。

まあ、そういうことだから、今は休んでくれ。

魔法の訓練は明日からだな。見張りは交代だ」


ニアンは優しい笑みを浮かべながら、ナナに休むように促す。

もしポーションを持っていれば使ったのだが、ニアンは魔王との戦いによる自身のレベルアップ酔いを直すためにすべて使い果たしてしまっていた。

そのため、睡眠による自然回復しか今は対処法が無かったのだ。


「……うん、ありがとう。気付いてみるとほんとに、なんだかすごく疲れてるみたい」


ナナは素直に従い、ニアンが敷いてくれた布の上に横になる。


「その……なんだ、まだ身体が光ってるが、眠れそうか?」


「ううう、これ、目を閉じても眩しいの。

だからちょっと難しそうだけど、頑張って……寝……」


どこが難しいのか説明を要求したくなるぐらい、刹那の間に眠りに落ちるナナ。

疲れたら寝る。

健康優良児であるナナは、眠っていい状況で眠りに抗う術を持っていないのである。


その傍らで、ナナの眩しい(物理的に)寝顔に思わず目を細めるニアン。


彼は、自らの心の奥から湧き出て来る、面白さと愛おしさが入り混じった感情を心地よく感じて、笑みを深める。


薪が爆ぜる音だけが響く静かな森に、夜はゆっくり更けていく。



    ◇



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