襲撃③
守れなかった!
そう思った瞬間、ニアンは信じられないものを見た。
手長猿の落下攻撃がナナの身体を砕いたかに見えた時、ナナの姿が掻き消え、攻撃が地面に突き刺さる。
そしてその周囲に、数人のナナが出現したのだ。
「っ⁉」
現れた数人のナナは、動きこそぎこちないものの、移動を繰り返しながら手長猿を翻弄する。
ニアンは注意深く観察し、彼女たちに実体がなく、強烈な気配によってあたかも実体を伴っているかのように誤認させられている、ということに気付いた。
実態を持つナナ本人がどこにいるのかはわからない。
「ニアン! こっちは、もう少しだけ、大丈夫だから! そっちに集中して!」
「あ、ああ! すまない! はぁああああああ‼」
どこからともなく聞こえるナナの声に安堵するニアン。
そして彼は気合を入れなおし、自身を囲む魔獣の数を1体、また1体と減らし始める。
暫くその状態が続いたが、突如状況に変化が訪れる。
ナナの分身が解け、本体が現れると同時にその体がふらついたのだ。
その隙を見逃すはずもなく、ナナの方に体の向きを変えた手長猿はその鋭い爪でナナ本人の心臓を貫こうと迫ってくる。
急な動きの変化に、ふらついて気付くのが遅れたナナは対応しきれない。
手長猿がニタリと笑った。
こんなところで死を受け入れることは、ナナにはできない。
避けるのは不可能だと判断したナナは両腕を胸の前でクロスさせて心臓を守り、ぎゅっと目をつぶった。
たとえ両腕を失ったとしても、必ず生き延びて、兄のもとに帰る選択をしたのだ。
だが無情にも、ナナの細腕の防御力では、それは叶わない。
死をもたらす長爪が突き出される。
実際よりはるかに長く感じる刹那の刻。
……しかし、いつまでたっても痛みは訪れなかった。
ナナが恐る恐る目を開けると、目の前にはニアンの背中があった。
その左肩は、無残にも魔獣の爪に大きく貫かれていた。
「ぐッ……! ぉおおおらああああ‼」
肩を貫かれたままのニアンが右腕だけで斬撃を繰り出した。
これを回避するため、手長猿は突き刺していた爪を引き抜き、距離をとる。
左肩に大きく空いた傷穴から、鮮血がこぼれた。
「ニアン! そんな、どうしよう⁉ そ、そうだ止血! 止血しないと!」
混乱するナナをよそに、手長猿は再び襲い掛かるチャンスを伺っている。
他の魔獣の姿は既に無い。
ニアンによる殲滅が間に合っていた。
ニアンは呻きながらも片手で剣を持って手長猿に向け、ナナをかばうように背中に隠す。
その肩からはとめどなく血が流れ続けている。
『魔王! どうしよう、どうすればいいの⁉ 私のせいでニアンが! 嫌だよ、またッ』
『落ち着け、ナナ。落ち着くのだ。方法はある。
怪しまれるだろうからあまり使いたくなかったのだがそうも言ってられん。
いいか、よく聞け。我がおぬしが使ったように見せかけてニアンに魔法を行使する。
回復と防御力上昇の複合魔法だ。
だが万能すぎても今後のためにならん。効果はそれなり。よいな?』
『わ、わかった! 魔王、お願い!』
その瞬間、アイマーの魔法が発動し、ナナの体が光る。
≪ピッカーン♪≫
それはまるで、真夜中に降り立った天使……のようでもあるが、どちらかというとキャンプ場のテントのそばで団らんするキャンパーたちを照らすランタンのようだった。
色は黄色っぽ……いや、いやいや、黄金色である。
つまり、ナナはLED照明器具並みに眩しくなった。
ぽちっとスイッチONしたように、パッと灯る気軽さで。
あまりのことに、その場の全員の動きが止まる。
『え? なんで私光ったの?』
光る自分の身体を見つめながらナナが聞くと、アイマーはドヤァという感情とともに一言。
『演出である!』
『私の緊張感返せぇええええ‼』
アイマーは平常運転だった。
(はっ! それよりニアンに説明しないと!)
ぽかんとした顔でナナを見ているニアンと手長猿。
ナナはアイマーに言われた通り、ニアンに効果を説明する。
「えっと、この魔法は、回復と防御力上昇の効果がある魔法らしいの。
でも効果はそれなりしかないみたい。傷はどう?」
黄金色にグレードアップ? したナナがピカピカ説明する間にも、眩しそうに目を細めるニアンの左肩が光に包まれ、傷が消えていく。
「な、なんだこの効果……いや、今はいい。これなら!」
集魚灯に集まる魚のように呆けている手長猿に向き直り、ニアンは何やら大技を使うために呪文を唱え始めた。
「兄さんに教わった切り札を切らせてもらう!
偉大なる宇宙に数多舞う氷の台地よ、我が願いに答え、この地に降り注ぎ、その力を持って我が敵を尽く蹂躙せよ‼ 【コメットフォール】‼」
突如、手長猿の頭上に宇宙空間のような裂け目が生じ、そこからゆっくりと、だが徐々に速度を増しながら、巨大な氷の塊が落ちてくる。
手長猿は頭上一面を覆いつくす氷の塊を見上げて唖然としていたが、さすがに我を取り戻し、回避行動を取ろうと駆け出す。
しかしコメットフォールの攻撃範囲は広く、そして落下速度は見る間に上昇し、あっという間にその巨大質量で手長猿を押しつぶし、絶命させた。
ニアンとナナはしばらく警戒を解かずに、魔力と共に霧散していく氷塊を見つめていた。
氷が完全に消え、地面のクレーターが見えるようになる。
そこには、半分埋まった状態でつぶれた手長猿の死体があった。
しばしの沈黙の後、ナナとニアンは顔を見合わせて微笑む。
ニアンが拳をナナに向けて突き出す。
「やったな」
「うん!」
ナナは満面の笑みで頷いて、自分に向けられた力強い拳に自らの小さな拳を合わせた。
その時、2人の視界の外で、それは動き出す。
勝利の喜びと安堵に緩む空気をよそに、倒された魔獣たちの死体から、黒い焔がゆらゆらと立ち上る。
次第に薄く広がり、大気に溶けていくそれは、しかし、明確にナナの方に向かって流れる。
直後、ナナは拭うことができない絶望や怨嗟の念、孤独が自分の中に侵入したことを認識し、背筋が凍り付く。
(っ⁉)
だが冷たいその流れは、すぐにナナの身体の隅々に溶け、出会い、温かみを帯びた。
(今のは……なに?)
そう思った時にはもう、それを感知することはできなかった。
刹那の間に、自分の身体を襲った確かな違和感。
消えた今となっては、それほど気にすることもないことのようにも感じ、ナナはわずかに首を傾げたのだった。
◇
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