堕天せし満月③
翌日の昼過ぎ、【堕天せし満月】は無事魔族領を北に走破し、ルビウス王国の国境手前に到着した。
一切の光を反射しない真っ黒な道路はここでバッサリと途絶えており、それ以外にはあたり一面何もない荒野、といった場所である。
周囲に魔族の集落もない。
……彼らが何を求めてこの場所に停留所を設けたのか、ナナには全く理解できなかった。
とは言え、今はそのおかげで人族の国との国境までたどり着くことができたのである。
その事実に想いを馳せ、名も知らぬ魔族たちに感謝するナナであった。
ちなみにナナは、【堕天せし満月】を発案して開発し、運用に乗せるまでを手掛けた責任者が魔王代理であるアイマーであることにはもちろん思い至っていなかった。
2人はアバトに向けて歩き始める。
ナナは【堕天せし満月】の車内でたっぷりと睡眠をとり、心身ともにしっかりと回復していた。
健康優良児であるナナは、大抵のダメージは眠りによって回復させることができるのだ。
「俺が拠点にしているアバトという街まで1日程歩くことになる。
国境を越えてしばらく歩いたら野宿にちょうどいい場所があるんだ。
そこで一晩過ごして、次の日からまた、アバトに向けて移動しよう」
ニアンは12歳の少女の体力を考慮して旅程を決める。
幸い、野宿の用意はニアンの荷物に含まれている。
往路は活躍の場面がなかったそれだが、帰りに役立たせることができそうだ。
2人は荒野を超えて、木々がまばらに生えた明るい森を進む。
森にしては見通しが効くが、魔物の襲撃の可能性はゼロではない。
ナナにとってはもちろん初めての旅である。
その初めての旅で、ナナは常時【気配探知】を発動しながら周囲を警戒しつつ、歩き続けた。
ニアンはナナの体力を考慮して、途中休憩の必要性を何度か確認したが、意外にもナナに疲れた様子はなく、休憩無しで進んだ。
そして、警戒しながらの移動を数時間続けたところで野宿となった。
「よし、今日はここまでにしよう。日が暮れる前に野宿の準備もしておきたいしな」
「ふー、こういう移動初めてだけど、歩くのはともかく、警戒しながらっていうのは精神力使うね」
「もっと人数が多ければ、警戒役を交代しながら進めたんだけどな。
でも驚いた。ナナはかなり体力があるんだな。一度も休憩無しでここまで来れるとは思ってなかった。
これなら、今日は睡眠時間を長めにとれそうだ」
「うん! 昔から体力には自信があるの!」
「自信があるっていう範囲を超えている気がするが……ナナはいろいろすごいな」
そう言ってニアンは苦笑する。
「じゃあ野宿の準備をしよう。手伝ってくれるか?」
「もちろん! 初めてだから教えてね!」
まずニアンはナナに一抱えぐらいの乾いた枝を取ってくるよう言った。
ナナは頷き、喜んで駆け出す。
「声の届く範囲より遠くには行くなよー!」
ニアンの笑みを含んだ言葉を背中に受けながら、ナナは乾いた枝を集め始める。
そして慣れない作業をたっぷり20分ほど続けた結果、ナナの腕には充分な量の枝が抱えられていた。
『焚き木にするにはこのくらいでいいかな?』
『ああ、それなら一晩もつであろう。戻ってニアンとやらに報告である』
『そうだね』
そう言ってナナは『ニアンー!』と言いながら駆け出す。
一方ニアンは、事前に用意していた野宿用の荷物から大きめの布を二枚取り出して地面に敷いていた。
寝床代わりにするためだ。
ほかにも簡易食の中から比較的美味しくて満足度が高いものを選んである。
諸々の作業がひと段落ついた所で、火を起こし食事をとる。
お腹が満たされた所で、見張りをどうするかについて相談したが、ここで少し揉めた。
ニアンは自分が徹夜で見張ると主張したのだが、ナナがそれを却下したのだ。
「ニアンに守られてばかりじゃ私の気がすまないの。
……自分じゃ身を守れないから、いざとなったら守ってもらいたいけど、それ以外の時は私もできることをしたい! だって、ニアン全然寝てないでしょ?
私も見張るから、せめてその間だけでも、ニアンも休んで。お願い!」
ナナがそう言うとニアンは少し驚いたように目を見開いた。
そしてふわりと微笑む。
「そうか。じゃあ、お言葉に甘えて、交代で見張らせてもらおうかな」
「うん! じゃあ最初は私が見張るから、先に休んでね!
限界になったら起こすから、安心して寝てね」
◇
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