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堕天せし満月②

巨大イモムシの体の前面には、直径3メートルもある眼のようなレンズ状の物体が1つ填まっており、前方を睨みつけているようだ。

そして身体のあちこちに穴が開いており、暗くてはっきり見えないが、内部に空間があるように見える。

身体の下部、つまり地面との接触部分には、ほんのり青白く光る球体を複数抱えていて、それが回転することで前に進んでいるようである。


「お、来たな。あれが【堕天せし満月】というらしい。馬はいないが、これでも馬車のような乗り物だ。

これに乗って一気に魔族領を抜ける。人族の俺たちが魔族領に長居すべきではないからな。

俺の国との国境近くまでこれで行けるから、そこからは徒歩だ。

……まあ安心してくれ。こんな見た目だが乗り心地はいい。実証済みだ。

こんな見た目だが」


すでに【堕天せし満月】を経験済みらしいニアンが、ナナを安心させるように解説する。


巨大な芋虫のようなソレを見てからフリーズしていたナナが、ニアンの説明を受けて再起動しだした。


「これが、乗り物。これで、街に向かう。これは、乗り物。

こんな見た目だけど乗り心地はいい。実証済み。

こんな見た目だけど、これは乗り物」


ゆっくりと、非常にゆっくりとニアンの言葉を反芻しているナナ。


ニアンはそんなナナを見て苦笑している。


『あ、あれ? 危険物の代表みたいな名前の移動手段について話をしてたんじゃなかったけ?

んん? もしかしなくてもイモム……【堕天せし満月】って……バスのこと?

あぁーそっか、バスも魔族領で造るとこんな酷……ワ、ワイルドな感じになるんだね、すごいね魔王』


『言葉とは裏腹に褒められている気がせんのだが‼

だがしかし……うむ! これもまたよしか!』


我に返ったナナが、巨大イモムシがバスであることを理解するとともに、名称とデザインのざんね……個性的な様子に感嘆する。


もちろん全く褒められているわけではないが、【伝心】からほんの少しだけ漏れ出している【楽しそう】成分を目ざとく感知して満足するアイマー。


「まあ、見た目はともかく中は快適だぞ。

……魔王の治世のおかげで金もかからないらしい。さ、乗り込もうか」


魔王の下りのあたりで少し影のある表情をしたニアンが、搭乗を勧めてくる。


ニアンに続いて【堕天せし満月】に乗り込むと、中身はバス……の内装を紫色のゼリーに置き換えたような、なんとも魔族領っぽいデザインであった。


内部には運転手を含め、誰一人乗っていないようだ。

おそらくこの【堕天せし満月】というイモムシは、それ自体が生きているか、何らかの手段で自動制御されているかのどちらかだろう。


ニアンは車体中央にある入り口から後方に移動し、最後部座席にナナを誘導する。

後ろ向きの窓はなく、敵襲があった場合に守りやすいことを優先してのことだ。


ナナが恐るおそる座席に座ると、見た目に反して肌触りが良く、適度な弾力があって快適だった。


プニプニを堪能していると、ニアンが通路側に腰掛け、苦笑しながら声をかけてくる。


「ふう、やっと落ち着けるな。到着まで丸一日ぐらいかかるんだ。

疲れてるだろ? 着いたら起こしてやるから、安心して寝るといい」


ニアンが『ふわり』という効果音付きの笑顔と共に、イケメン発言を繰り出す。

ナナは主に精神的な疲れでぼうっとしながらも、アイマーに相談する。


『さすがに疲れたし眠いけど、ニアンに任せちゃっていいのかな』


『安心せい。こやつでどうにかできん場合でも、何かあれば我がどうにかしてやる。今は疲れを癒すのだ。

それに城を下る時にスキルも習得したのだ。休んで魂に定着させることに努めるがよい』


『ありがと魔王。やっぱり頼りになるね! じゃあ……よろしくね』


ナナはアイマーと魔王城を下る際に多数の魔物と遭遇したが、一戦も交えることなく脱出に成功した。

多種多様な魔物その全てからあらゆる方法で身を隠し、逃げ続けた成果だ。

そしてその際に2つのスキルを駆使した。

【気配探知】と【気配操作】である。

【気配探知】は今回習得したスキルで、周囲の気配を正確に把握することができる。

【気配操作】は異世界転移直後にすでに所有していたスキルで、自身の気配の質や量、座標を操作することができる。


そしてスキルは習得したり何度も使用したりした後、休息をとって魂に定着させることで、よりその効果を高めることができる。


アイマーの言葉に安心し、ナナは休むことを決めた。


「ありがとうニアン。実はすごく眠かったの。じゃあお言葉に甘えて、おやすみなさい」


そしてほんの三秒で眠りに落ちていった。


健康優良児であるナナにとって、起床から約20時間経過した今はもう、普段の就寝時間を5時間超過していた。

その上、怒涛の展開で消耗しきっている。

とっくに限界を超えていたのだ。

これは仕方がない。


ニアンはナナの寝つきの早さに驚いたものの、それほどの限界だったのだろうと優しい目つきでナナを見つめる。

そしてリクライニングシートを操作し、ナナが寝やすいように調整した。

本来は寝る前に調整するつもりだったのだが、あまりの早さに間に合わなかったのだ。

ニアン自身も徹夜状態ではあったが、高レベルの冒険者である彼は数日寝なくても、休息さえとれば体調を維持できる。

ニアンは薄目を開けて、移動し始めた【堕天せし満月】の内外を警戒しつつ、体を休めた。


一方、ナナが休んでいる間の警戒を引き受けたアイマーは、頼りにされて素直に嬉しく思っていた。

そして、半径1000メートル程度のオーバースペックな感知結界を張り、範囲内の魔物や盗賊の位置を完全把握できるよう備えるのであった。

威厳があり、頼りにされる理想の父親像?を夢見てニヤニヤしながら。

魔王としての職務とか、そういうものはもう気にならないのだろうか。



    ◇



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