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堕天せし満月①

ナナ達は最初の目的地である、【堕天せき満月】乗り場に辿り着いた。


ピラステアの夜空に輝く大きく静かな蒼い月と、小さく明るい金色の月。

2つの月に照らされたそこは、人類が消え去った後を描いたディストピアのような、寂しくも美しい風景だった。


2人以外に生き物……特に魔族の姿は見られない。


実は、普段であれば魔王城からの利用者で賑わうのだが、今は魔王城が無人なため、この場所の利用者もいない。

乗り物の乗り場というのは、世界が変わっても同じような構造になるのだろうか。

日本の知識があるナナには、そこはバス停にしか見えなかった。


ちなみにここまでの道中、2人の間に会話はほとんどなかった。


ニアンがナナの様子を気にしつつ、全方位を警戒しながら進んで来たため、口数が少なかったのだ。

何しろニアンにとってここは敵地なのである。

楽しくおしゃべりしながら移動、というわけにはいかなかった。


現在は深夜。

地球で言うところの、午前3時ぐらいの時間帯である。


まだ異世界初日だが、ナナは何度目かのホームシックになっていた。


健康優良児であるナナは、普段あまり夜更かしをしない。

早寝早起きが習慣になっているのだ。

そんなナナが、朝から夕方までの部活動後に火事に見舞われ、異世界に転移して魔王を生やし、バケツで隠して魔王城から脱出。

そしてニアンと遭遇した。

火事のことは覚えていないが、蓄積されたダメージは抜けていない。

色々ありすぎて精神的にかなり疲れている。

自宅の暖かいベッドや、兄の笑顔を思い出し、また泣きそうになっていた。


それに、寂しいという理由以外にも、帰りたいという気持ちを膨らませる新たな要因があった。


それは、恐怖だ。


2人はここに来るまでの間、真っ黒に舗装された材質不明な道路の脇から、紫色の植物による触手攻撃を受け続けて来た。

アイマーの説明によると、その植物は魔物の一種で、近づく動物を捕食する性質があるとのことだった。


ニアンは道路にはみ出てくる正体不明の触手の全てを、その剣でスパスパ切り落とした。

その動きには余裕があり、全周囲を警戒する片手間に、切り落とし作業をこなしたようだ。

おかげでナナを襲う触手は一本も無かった。

ニアンの戦闘技術は相当高いようだ。


ナナはニアンにスキル【解析】を使おうかとも思ったが、なんとなくプライバシーを覗いてしまうような気がして、やめておいた。


ただ……問題は、切り落とされた触手が地面を埋め尽くしていたことだろう。


ナナは家や庭の掃除も担当していたため、虫やトカゲなどに対する免疫をある程度持っている。

しかし、ヌメヌメとのたうつ、紫色の触手はさすがに……圏外だった。


それでも、巨大なナメクジのようにうねるそれを精一杯よけ、懸命に進んできたのだ。


ナナが精神的に参ってしまうのも仕方がない。

むしろ、中学1年生の女の子としては、驚愕の頑張りを見せたと言えよう。


ニアンが一息ついて、口を開く。


「ここだ。ここで待っていればいい。よく頑張ったな、少し休憩しようか」


「ふわあぁああ………魔族領、歩くだけでもコワイよお…」


ようやくナナは安堵したように屈みこみ、盛大なため息とともにその心情を吐き出した。

道路脇の草原地帯からは距離があり、さすがに触手はここまで届かないようだ。


ロータリーのように開けたその場所には、時刻表が掲示された案内表示板のようなものが設置してある。

時刻表の下に貼られた地図からは、ここから出発する乗り物は1系統の始発のみで、魔族領各地を経由して、ニアンが所属するルビウス王国との境界手前まで向かうことが読み取れる。


「すまん。そうか、そうだよな。怖かったか?」


襲い来る触手を当たり前のように対処していたニアンだったが、ナナが魔物に慣れていないことまでは計算に入っていなかった。

もちろんナナが攻撃されないよう最大限の注意を払っていたが、日本で育ったナナの心理面まで、配慮できていなかったのだ。


「うん、ニアンのおかげで大丈夫だったけど、怖かったぁ。うねうねしててもう……ううう、夢に出そう」


ナナは涙目になっている。その時だった。


《クゥゥゥゥゥゥ》


可愛らしい音が鳴る。

ナナは驚いたように自分のお腹を見つめ、頬を赤らめる。

最後に食事をしてから、すでに14時間ほど経過していた。

食欲がなくなるような光景を目の当たりにしていたとはいえ、その身体は栄養補給の必要性を訴えている。


「ハハハッ、良い音だ。まだ次の【堕天せし満月】が来るまで時間があるな。

よし! 待っている間にこれでも食べるか。

ああ、毒は入ってないぞ。

魔族領の物は大体紫色で、禍々しいんだ。

だが、見た目はこんなんでも味はいいぞ」


そう言ってニアンが背負っていた革鞄から取り出したのは、紫色の毒々しい臓器のような何かだった。

数は2つだ。


(それは……うん、明らかに食べてはいけない雰囲気じゃない?

そもそも食べ物ではないと思う。なんか動いてるし、怖いんですけど⁉)


ナナが脳内で警戒を強める。


「はい、これはナナの分」


「う、うん、ありがとう……え?」


脳内の危険信号を無視して反射的に受け取ってしまったナナは、受け取ったはいいもののどうしていいかわからず固まっていた。


なぜ、自分はこれを受け取ってしまったのか。


なぜ、これは生物のように脈動しているのか。


そんなことを考えながら、うねうねぴくぴく蠢くソレを見つめている。


その様子を見て苦笑を浮かべたニアンだが、自らが掴んでいるソレに視線を移し、心底嫌そうに顔をしかめてから、覚悟を決めたように目を閉じた。


≪パク≫


(た、たたたた、た食べたあああぁぁぁあ‼)


びっくりして目を見開くナナ。

おいしそうに目を細めるニアン。


ナナは知らないが、ニアンにはスキル【鑑定】がある。

この【鑑定】は、使用者が定めた対象の情報を閲覧することができるものだ。

対象は人や魔物はもちろん、食品や魔道具まで、なんでもありだ。

ただし、使用者のレベル次第で、得られる情報には限度がある。

例えばニアンのレベルではアイマーの情報はほとんど読み取れない状態だったし、この世界の外の存在であるナナの情報も、正しく理解できない。

ちなみにニアンはバケツ(【深淵なる節食】)も鑑定していたが、名称すら読み取ることができなかった。


ニアンはその【鑑定】によって、道中の植物から食用可能な部位を選別し、もぎ取っていた。

全方位を警戒して触手を切断しつつ、ナナを守りながら食料調達とは、なんとも器用なことである。



◆名称:喰人草しょくじんそう疑似餌ぎじえ

◆効果:経口摂取により栄養補給ができる万能栄養食。安全。

追加効果としてHPを100程度、MPを100程度回復する。

◆備考:喰人草が動物をおびき寄せるために用いる疑似餌。疑似餌とはいえ、その味、栄養バランスは見事なもので、人工的にこれを再現することは非常に難しい。切り取られても数日で再生する。

なお、喰人草の触手には注意が必要。

麻痺攻撃を受けると消化吸収される運命をたどることになる。



ニアンの表情は演技とは思えない。

どうやらおいしいのは本当のようだ。


(でも……いくら美味しいって言ってもこの見た目は……。

ピクンピクンしてるし……。

う、ううん! そんな贅沢言ってられない。

こんなことで挫けていられないんだから。食べられるだけありがたいと思わないと!)


そうナナは覚悟を決めて、その謎の食べ物にかじりついた。


「っ⁉ 美味しい!」


かじりつく前は処刑を待つ死人のようだったナナの顔が、一瞬で無邪気な笑みに変わる。

それを見てニアンは柔らかく微笑む。


「美味いだろ? 果物のように香り高いし、甘い。

それでいて肉を食べた時のような旨味もあって、満足感も得られる。

ここに来るまでに見つけて、食えそうだからもぎ取っておいたんだが、まさかここまでうまいとは思わなかった。

それに、ケガの回復にも効果がありそうだ。

まぁ見た目は…美味しいと知っていても食べたくないレベルだが……」


『え、ニアン、これ初見で食べたの?』


『ほう……こやつ、なかなか大物だのう』


軽く引いているナナと、少し感心しているアイマー。


そんなやり取りをしていると、紫色の毛に覆われた、巨大なイモムシのような物体が近づいてきた。


ponの小説を読んでくださってありがとうございます!

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ブックマークやいいね、ご感想もお待ちしております。


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