守るべき者(ニアン視点)②
俺は魔王城の調査を終え、城門を抜け、門壁を背に休憩していた。
その時。
≪ドゴッ‼≫
「え、あ…」
城門の中から、何かが動くような音と、少女の声が聞こえてきた。
驚いて振り向くと、門の通路に大穴が空き、見慣れない服装の少女が――今まさに、落下しようとしていた。
少女は芸術品のような美しい顔を恐怖で真っ青にし、穴の底を凝視している。
俺がその場所を通過した時は、あらかじめ罠に気づいたため、石を使ってわざと作動させて回避した。
その時に確認したが、穴の底には鋭い槍が隙間なく敷き詰められていたはずだ。
あんなものが刺さりでもしたら、華奢な少女は間違いなく死ぬだろう。
そこまで考えて俺は、少女に向かって駆け出す。
(頼む、間に合えッ!!)
穴の縁を蹴って跳び、そのまま空中で穴に落ちかけた少女を捕まえる。
衝撃に少女がうめく。
勢いのまま少女を抱きかかえ、反対側へ着地した。
勢いを殺しきれずに地面を何回か回転する。
少女を傷つけないよう、俺は自分の身体だけを使って地面に接触し、徐々に減速していく。
そしてようやく回転が止まった時、少女が慌てた様に身を起こす。
だが目を回しているようで、再び俺の上に倒れ込んできた。
それを優しく受け止め、立ち上がるのを助けてやる。
怪我をしていない様子に安心してつい顔が緩む。
少女をよく観察すると、目が少し腫れていて、涙を流した後がうっすらと見える。
俺は少女に無事かどうかを問いながら、念のため鑑定した。
◆名前:ナナ・カンザキ ◆種族:人族? ◆性別:女
◆年齢:十二歳 ◆出身地:?? ◆職業:無職
◆状態:衰弱(極)
◆レベル:1
◆HP:15/15 ◆MP:23/23
◆筋力:7 ◆敏捷力:48 ◆器用さ:30
◆知力:140 ◆魔力効率:18
◆運:932
◆魔法属性:空、無
◆スキル:気配操作、気配探知、?????(使用不可)、???(ERROR)、伝心、????(装備)、??(装備)
◆称号:???
その結果に俺は驚愕した。
状態欄が衰弱⁉ しかも極……。
それに種族欄が…これは見たことが無い表示だ。
魔族ではないと思うが。
レベル1なのに俺からスキルが見えないとなると、俺が知らないレアスキル持ちの可能性がある。
まあ、使えないようだから問題ないだろう。
装備スキルはあるが…武器は持っていないようだから、とりあえず危険はなさそうだ。
体調が心配だから、アバトに連れて行って治療士に見てもらったほうがいいだろう。
しかし、体力(HP)や魔力(MP)には減少は見られない。
原因は何だろうか。
そう考えていると、少女が助けたことに対してお礼を言ってきた。
それに返事をしてから、気になっていたことを尋ねる。
本当は、少女が頭にかぶっているバケツが一番気になるところだが、まずは当たり障りのないところから確かめていこう。
それにしてもあれだけ動いて外れないとは、このバケツはただかぶっているだけではないのだろうか。
「え、えっと、街の場所と、泊まれる場所を探しているんですが…教えていただけませんか?」
鈴が鳴るような少女の可憐な声に、俺は今までに感じたことがない感情を覚えた。
……なんだ、これは。
いや、今は少女の質問に答えよう。
少し遠いが、俺が帰る街なら案内できる。
良ければ案内しようと伝えると、少女がびっくりしたような顔をする。
場所は知りたいが案内は不要だということだろうか。
しかし素性がわからない者を監視なしで街に入れるわけにはいかない。
人族かどうかも疑わしいようだし、それに今のところスルーしているが、バケツをかぶっている点も非常に怪しい。
まあバケツの件は後にしよう。うん。変に警戒されても困るしな。
そう考え、案内について確認すると特に問題無いようだった。
だが、路銀は持っていないようだ。
俺がそのことについて問うと、少女はハッとしたような表情を浮かべた。
「あ…そっか。私、無一文だ…!
ってヤバいじゃん…お金が無いってバレたら足元見られちゃうじゃん!
どうしよ…」
うっかり心の声が漏れた様子で、途方に暮れた顔でつぶやく少女。
俺が思うに、これはまずい。
誰かが守ってやらないと、短時間で悲惨な末路を遂げる。
俺はかつて守れなかった、たくさんの命のことを思い出した。
今、少女をこのまま放置すると、自分は絶対に後悔する。
すべての命を救えると思うほど自惚れてはいないが、せめて手の届く範囲ぐらいは守りたい。
それに……魔王のことがあって、これ以上の後悔をしたくないという気持ちもある。
……これも巡りあわせだ。
しばらく面倒を見るか…?
少し逡巡した結果、しばらくは面倒を見ようと決意した俺は、なぜこんな所に一人でいるのか、家族や帰る場所はないのかなど、なぜかバケツをガチャガチャさせている少女に聞いてみる。
すると少女は事情を語り始め、次第に感情を抑えられなくなったのか、嗚咽を漏らして泣き始めた。
この少女がどこの誰なのか自分にはわからない。
しかし、噓をついているようにも思えない。
一見無防備なように見えるが、俺のことも一応警戒しているようだ。
おそらくは無意識なのだろうが、少女は俺との間に一定以上の距離を保とうとしていた。
俺はふと、周囲のすべてを警戒し、孤独と死の恐怖に取り殺されそうになっていたかつての自分を思い出した。
突然現れた救援を、すぐに信じることができなかった自分を。
俺は泣いている少女にハンカチを差し出す。
不要になった大げさな旅支度が思わぬところで役に立ったな。
少女が安心できるよう、自分にできる精一杯の言葉をかける。
すると少女は、その宝珠のように黒く光る瞳を大きく開き、俺を見上げてきた。
揺れる瞳に移っていたのは戸惑いだ。
だが目を合わせ続けると、それが期待と不安、そして……安堵に変化した。
先ほどよりも激しく涙を溢れさせ、感情を吐露する。
それほどに、張り詰めていたのだろう。
限界などとうに超えたところで、辛うじて踏ん張っていたのだ。
少しして落ち着いたのか、少女の表情に不安と疑問が入り混じる。
先ほどから思っていたが実にわかりやすい。
考えていることが顔に出るタイプのようだ。
特にその黒い大きな瞳からは、流れるように心の動きが読み取れる。
涙に煌めく黒い宝玉……美しい。
なんという美しさだろうか。
柔らかそうな頬を伝う透明な涙も、ハンカチで拭き取られるのがもったいなく感じる。
い、いや、何だ今の感情は。
落ち着け、呆けている場合ではない。
今はこの少女を助け、守ることだけを考えろ。
俺は話を続け、少女を助ける理由を話す。
なんのことはない。
受けた恩をそっくりそのまま返そうと思っただけだ、と。
本人に返そうとしたら断わられたから、今日初めて会った君に丸ごとあげよう、と。
すると、今まで嗚咽を漏らすように涙を流していた少女は、堰を切ったように声を上げて泣き始める。
俺は柄にもなくちょっと慌てた。
そして、落ち着かせようと少女の細い背中をそっと撫でる。
その力が少し強かったのか、少女の頭が俺の胸に当たった。
しかし、彼女はもう距離をとることもなく、そのまま俺に体重を預け、しばらく泣き続けた。
少しは安心してもらえたということだろうか。
かなり戸惑ったが、俺は片手でそっと少女の頭を撫で……ようとしたがバケツが邪魔だった。
先にこのバケツの正体を聞いておくべきだったかと後悔しつつ、仕方がないので震える細い背中に腕をまわして優しくぽんぽんした。
自分の腕の中で震えて泣く少女を見つめながら、俺は自分の中に芽生えた不思議な感情に気づく。
……愛おしい。
この儚げな少女の全てが愛おしい。
……全てを抱き締めたい。
早鐘のように心臓が高鳴る。
そうだ、俺はこの子を守ろう。
何を犠牲にしてでも、この少女を守ろう。
故郷に帰る方法を探し、少女の兄を見つけて送り届けて見せよう。
そしてその先も、彼女に許される限り、遥か未来の彼方まで共に歩み、支えることを誓おう。
俺はなぜ、自分がそう考えているのか分からなかった。
いや、考えてなどいない。
心が勝手に決めていたのだ。
元々自分が持ち合わせていた少しの正義感とは、全く異なるその感情に戸惑う。
だがそれは嫌なものではなく、不思議と心地良かった。
【称号:守護者を獲得しました】
俺の決意に答えるように、世界から称号が届けられた。
◇
ponの小説を読んでくださってありがとうございます!
読んでいただけるだけでも嬉しくて、とっても励みになっています!
もし少しでも「続きが気になる」とか「面白い」とか思っていただけたら、
この下にある★★★★★を押して、応援してくれると本当に嬉しいです!
ブックマークやいいね、ご感想もお待ちしております。
また、SNSでのご紹介も大歓迎です!
よろしくお願いしまーす!





