バケツ姫と挑戦者③
「怖かった! 怖かったぁ!!」
そんなナナに、どこの誰とも知れない怪しい少女に、挑戦者が見せてくれた表情、かけてくれた言葉は何よりも温かくナナの心を包んだ。
挑戦者を完全に信用することはできない、さっきの言葉も嘘かもしれない、兄の言葉と同じだったことも偶然だと思うこともできる。
しかし、それはきっと、ナナの脳が自分を守る為に引いた防衛線が、そう警戒させているだけだ。
心ではもう信じている。
少なくともナナをこんな目に会わせている神様よりも、挑戦者の方が信じられる。
(でも本当にどうしてそこまで……?)
「君、今、『どうして?』とか思っただろ」
図星である。
挑戦者も無断で【伝心】を繋げてきたのだろうか。
『いや、だから我、勝手に【伝心】を繋げたわけではないて!』
誠に遺憾だが気づいたら契約されていたのだとアイマーは説明する。
「だ、だって初対面だし……」
『聞けい! 存在すら忘れられる我……一応魔王代理なのだが!』
アイマーをスルーして挑戦者と会話に集中するナナ。
残念ながらアイマーの【伝心】にナナは気づいていない。
ちなみに、憤慨しているアイマーだが、実は死亡時点で職業は外れている。
アイマーのステータスの職業欄は現在少し愉快なことになっているのだが、それに彼が気づくのは、もう少し先のお話しである。
「そうだな、確かに初対面だ。君がどこの誰かも知らない。
君にとっても俺は怪しい奴だろう。
だが少なくとも君は、勇気を出して俺に助けを求めてくれた。
それを無視するほど俺は落ちぶれてはいない。
……それに、わかるんだ。俺も昔、救われたことがあってさ。
でも助けてくれた彼は、何でもできる滅茶苦茶強い人で、恩返ししたくても何も返せない。
そんな愚痴を言ったら逆にこう言われたんだよ。
『恩返しなんかいらないよ。どうしても何かしたいなら、君がいつか困っている子に出会った時に、その子に全部丸ごとあげちゃいな』って。
何言ってるんだよって思っていたんだけど……ほら、今がその時だろ?」
(⁉ そんな……っ……本当…に? 頼って…いいの?)
挑戦者の言葉とその笑顔に、ナナの瞳からまた涙が零れ出す。
ナナは、自分はこの世界では異物、何をしても孤独だと思っていた。
ほんの数時間の間だったが、けれどそれは平和な世界で生きてきたナナの心を壊すには、十分な破壊力だった。
先程までのナナは前を向いて行動できていたのではない。
アイマーの助言に縋り、辛うじて身体を動かすことで、『絶望する今』から逃げようとしていただけだ。
それを挑戦者は見抜いたのか、先に心を助けてくれた。
(ありがとう! 本当に、ありがとう!
1人で頑張ろうと思ってたけど、本当は、本当に心細かったの!)
人は1人では生きていけない。
それはもう思い知った。
他人に頼ってばかりはいけないだろう。
しかし、今のナナはこの世界についてなにも知らない。
誰かに頼らないと生きていけないのだ。
それに、孤独だと思っていたこの世界で、すでに2人に助けられた。
不思議な亡霊魔王。
そして今会ったばかりなのに、守ると言ってくれる挑戦者。
(2人とも、本当にありがとう。今は頼らせてもらいます。
そしていつか、私が支えることもできるようになります!)
ナナは感謝と共に、新たな覚悟を決めた。
そして、その覚悟を決めた時、抑えていた気持ちが決壊したナナは、まるで幼子のように声を上げて泣き出した。
挑戦者の胸に頭をくっつけて。
一方挑戦者は一瞬戸惑うが、すぐに微笑んでナナの頭を撫で――ようとしたがバケツが邪魔だったので、震える細い背中に腕をまわして優しくぽんぽんした。
【伝心】を通してアイマーの温かい感情もナナに伝わる。
祖父や兄がそうしてくれたように。
そう想ってくれたように。
ナナはただただ、安心と感謝を感じたのだった。
――そして、ナナが覚悟を決めたのと同時にそれは動き出した。
この世界に来てから感じていた違和感。
空気中に漂う怨念のような悲しみのような何か。
ずっとナナの様子を伺っていたそれが、意を決したようにナナの中に入っていく。
拭いようのない冷たい絶望や悔しさや孤独が一瞬ナナを襲う。
が、すぐに温かいものに変わった。
その温かいものは、ナナの身体の隅々に染み渡り、ナナの中に元々存在した同質なものと一つになっていく。
【称号:適合者を獲得しました】
ナナは不思議な声を聞いた気がした。
◇ ◇ ◇
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