魔王城脱出④
しばらく、モモタロウの胴体下部に潜伏する状態が続いた。
実際には20分程度だったが、終わりが見えない緊張にナナの集中力は限界に達しようとしていた。
そしてその時、予想だにしていなかった事態が起こる。
モモタロウがその四肢を折り曲げ、身体を横たえたのだ。
『これは⁉ 魔王やばい! 横に出るよ!』
『うむ、やむを得ん!』
腹の下にいたナナはモモタロウに押しつぶされることを避けるため、とっさに横に飛び出て回避した。
そしてそれはすなわち、恐れていた事態を引き起こしたということだ。
モモタロウの3対の眼がナナを凝視する。
訪れる沈黙――だがそれは一瞬の後に破られた。
「ゥガ? グゴァアアアアアアアア‼」
獲物を認識したモモタロウが勢いよく立ち上がり、威嚇の咆哮を上げる。
『ぐっ!』
『下がれナナ!』
ナナはアイマーの指示に従い、後方に素早く走り出す。
一方アイマーは窮地を脱するための時間を稼ぐべく、魔法行使のためにイメージと魔力を練り上げる。
発動させるのは相手を気絶させる魔法【スタン】だ。
精神操作系の魔法であり、構築に要する時間が若干長いものの、魔力次第では強大な相手をも無傷で無力化できるとあって汎用性は高い。
アイマーの魔力量であればモモタロウ程の魔獣であろうと簡単に昏倒させることができる。
実は、このモモタロウという個体は、通常であればこれほど攻撃的な性格ではない。
だが、悪い偶然とは重なるもので、モモタロウはしばらく食料を与えられておらず、空腹のために非常に攻撃的になっていた。
そのため、見つかってからの対処で間に合うという、アイマーの想定が大きく外れたのだ。
突如、ナナの白い肌を強烈な熱波が襲う。モモタロウの頭上に生成された巨大な炎の玉から、莫大な熱量が放射されたのだ。
それは【剛炎弾】という火炎系魔法であった。
当たれば鉄でも易々と溶かす威力を誇る上に発動が早い。
炎の玉の直径は1メートルを超えており、すでに射出体勢に入っている。
『いきなりだと⁉ まずい間に合わん! 避けろナナ‼』
アイマーの思考に焦りが生じる。
彼の魔法は構築途中であり、発動まであと数秒はかかる。
今から即時性の高い魔法に切り替えたとしても、とても間に合うタイミングではない。
絶体絶命かと思ったその時。
『――イチかバチか! 【気配操作】!』
刹那、モモタロウの動きが止まった。
頭上に炎の球を浮かべたまま、きょとんと目を見開いている。
そして何かを探すように周囲をきょろきょろと見回す。
まるで目の前のナナが見えていないようだ。
『こ、これはっ⁉ どういうことだ⁉』
アイマーは自分の感覚を疑った。
モモタロウの行動に対してではない。
自身の感覚に起きた変化が、理解できないのだ。
アイマーはバケツで覆われて以降、スキル【魔力探知】で周囲の状況を把握していた。
【魔力探知】とは、空間に満ちる魔力や、生物や鉱物などに宿る魔力を探知することにより、周囲を把握することができるレアスキルである。
使用者の魔力最大値が大きいほど、広い範囲の認識が可能だ。
視覚に対して【魔力探知】から得られる情報量の方が圧倒的に多いため、視界が遮られても問題は感じていなかった。
だがナナがスキル【気配操作】を使用した直後から、【魔力探知】で感じていたナナと、ついでにアイマー自身の存在が消えたのである。
アイマーの疑問に答えたのは、素早くモモタロウとの距離を確保していたナナだった。
『えっとね、【気配操作】っていうスキルを見てからずっと思ってたんだけど、隠れるなら気配を消した方がいいよね!
今の私にできることってこれぐらいだから、ダメ元でやってみたの。
スキルの使い方は、【気配操作】に【解析】を使ったらわかったよ。
けっこう便利で、思いっきり気配を消せば、私の存在ごと、相手の認識の外に出ることができるみたい!
ほんと、うまくいってよかったよー』
アイマーの驚愕にナナが答え、同時に【気配操作】の解析結果をアイマーに送る。
【気配操作】
気配の放出量を制御することができる。
気配とは魂から肉体を超えて外部に放射されるエネルギーのことであり、これを他者や世界に認知されることで、世界に対する個の存在証明となる。
魂から放出されるエネルギーは一度肉体に吸収されるが、その全てが吸収されることはなく、一部が身体の外にも放射される。この外部放射量の大小が気配の強弱となる。
使用者の魂のエネルギー総量が高いほどに、制御可能な気配の増減幅および、気配の座標の移動量を大きくすることができる。
気配を極めて弱くすると世界に対する存在証明が希薄となるため、使用者の存在を世界から隠ぺいすることができる。つまり周囲のあらゆる者から、使用者の姿を完全に認知させなくする効果がある。
気配を極めて強くすると世界に対して存在を強く主張できるため、周囲の者に畏怖を与えることができる。また自身と異なる場所に気配を発生させた場合には、あたかも実体を伴うように誤認させることができる。
『スキルに【解析】を使っただと⁉ ま、まさかそのような使用法があるとは!
いやしかし気配とは魂のエネルギー放射であったのか!
これは我も知らなんだ。
ナナよ、これは大変な発見だぞ!』
アイマーから【伝心】越しに強い驚愕と好奇心がナナに伝わる。
『えーっと、なんか変なことしちゃったのかな』
『いやいや、むしろ素晴らしい発見だ! お主が気にする必要はない。
それより、今がチャンスだ! 階段に向かって走るのだ!』
『うん! わかった!』
ナナはターゲットを見失って呆然としているモモタロウの横を通り抜け、階段を下っていった。
◇
ナナとアイマーはなんとか魔王城の入口、つまり2人にとっての出口に到着していた。
モモタロウを突破してから数時間、狂暴化したサルやゴーレム、ゾンビなど多種多様な魔物から身を隠し、逃げ続け、ようやくたどり着いたのだ。
この間に2人の精神はすっかり消耗していた。
ナナは魔物が怖すぎて。
アイマーはナナが危機一髪を連発しすぎて。
一生分の心労を味わった気分である。
一人すでに一生を終えてしまっている死人も混ざっているが。
『そういえばいつ言おうか迷っていたのだが――実は我、魔法が使えるようなのだ。
これほど疲弊するのであれば、我の魔法で魔物を縛り付けて通過してもよかったかもしれんな。
わ、わはは、わははははっ』
《ゴンッ》
乾いた笑いに鈍い音が重なる。
ナナがバケツを殴った音だ。
ちなみにバケツ【深淵なる節食】は元国宝級のアイテムだったこともあり、破壊は不可能である。
つまりそんな物を殴ったナナの拳は、ダメージをそのまま自身で負うことになる。
『――いったあぁぁぁあああい! ちょっと魔王! そういうことは早く言いなさい‼』
『いきなり殴るでない! バケツが壊れたらどうする⁉』
ナナは痛む拳をさすりながら言葉を続ける。
『そんな簡単に壊れないんでしょ?
――ねえ魔王、トンカチはどこにある?』
『こ、壊す気満々ではないかぁああ!』
トンカチ程度で壊れたりはしないが、ナナから【伝心】で伝わる怒りに怯えながら、アイマーはこのまま進むぞ、と話を逸らしたのであった。
◇
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