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魔王城脱出③

『まあ、そうだな。モモタロウを倒せる奴は、魔族でもそうそうおらんぞ』


アイマーが言う通り、天高くそびえ立つ魔王城には、1階から弱い順に魔物を配置してある。

これは効率よく新兵の能力を底上げするための仕組みであるとともに、熟練者の挑戦の場ともなっている。

構造上、自身より極端に強大な相手との戦闘は発生しないため、緊急時対応の訓練にはならない。

だがまずは地力を一定以上に高め、様々な魔物の対応法を知ることで、兵の生存率を高めることを目的としている。


ちなみに魔王城内で倒された魔物は、即死しない限り復活する。

戦闘不能となった直後に飼育ポッド内に転送され、その中で傷を癒やすのだ。

彼らも倒されるたびに経験を積むため、魔王城全体の攻略難易度は徐々に上がる傾向にあった。


つまり立ちはだかるモモタロウという巨大な魔物は、ナナが指摘した通り単純に一番強いと言うだけではなく、歴代最強のボスモンスターなのである。


鋭い指摘をあっさり肯定されたナナは、恐怖でわなわなしながら【解析】の結果に目を通していく。


『レベル253ってすごく強そうだよ! あ、そうだ、私は? 【解析】!』



◆名前:ナナ・カンザキ ◆種族:人族? ◆性別:女

◆年齢:12歳 ◆出身地:日本 ◆職業:無職

◆状態:衰弱(極)

◆レベル:1

◆HP:15/15 ◆MP:23/23

◆筋力:7 ◆敏捷力:48 ◆器用さ:30

◆知力:140 ◆魔力効率:18

◆運:932

◆魔法属性:空、無

◆スキル:気配操作、時空間転移(使用不可)、分裂体(ERROR)、伝心、無限収納(装備)、解析(装備)

◆称号:来訪者



『弱い‼ こんなの、ぷちってやられちゃうよぉ! レベル1しかないじゃん‼

なんか衰弱が極まってるみたいだし!

それにいろんな数値がなんか、モモタロウと比べて千分の1とかじゃん!

運だけは良いみたいだけど――でも私、こんな状況になってるよ?

これって運いいのかなぁ。

あっ! 種族にハテナついてるじゃん!

私、弱ってる上に人間じゃないの⁉』


ステータスの前半を見てナナは愕然とした。実はナナ、少しだけ、ほんの少しだけ期待していたのだ。

ナナは文芸部だったこともあり、異世界ファンタジー系の小説も嗜んでいた。

物語りの中で描かれる主人公は、異世界に転生したり転移する時に、大きな力を手にすることが多いのだ。

だからもしかしたら自分も……と淡い期待を寄せていた。

だが現実は厳しい。

ナナのレベルは1で運以外のパラメータはモモタロウと比べるべくもない。

さらに状態が衰弱(極)という惨憺たる状態だったのだ。

せめて、せめて人間であることぐらい肯定してほしかったと思うのも無理はないだろう。


ナナは他に少しでもこの危機を回避できる要素がないか、自分のステータスを細部まで読み込む。

そして突然、血の気を失ったように青ざめた。


『――まって、うそ、知力、負けてるんだけど!

私、モモタロウより頭悪いってこと……うう、ちょっと、あの、凹む。

お願い、夢だと言って』


ナナは力が抜けたようにがっくりと膝をつき、両手を地面につけてうなだれた。

自分の知力は、いかにもパワー型の脳筋タイプに見えるモモタロウの6割にも満たないのだ。

多くの野生動物に対して、退化した爪や牙の代わりに頭脳だけを唯一のアドバンテージとして誇る人類。

その一員であるというプライドを、ナナはたった今、跡形もなく砕かれたのであった。

ちなみにバケツが地面に当たっているが、幸い大きな音は出なかったようだ。


『ふはははっ、これはなんとも弱……低……控えめなステータスであるな。

まあ気を落とすな。これだけのレベル差があるのだ。

そういうこともあるかもしれんだろう。っぷははは』


『こぉらぁぁああ‼ ちゃんとフォローしなさいよおぉぉ!

私これでもかなりショック受けてるんだよぉぉ!』


ナナは抗議した。猛然と抗議した。

自分はこんなにショックを受けているというのに、【伝心】で伝わってくるアイマーの感情は、それはもうものすごく楽しんでいるのだ。

まるでお笑い番組を見ているときの自分のようだ。


『くくく。すまんすまん、冗談が過ぎたようだ。

ステータス上の知力と言うのはな、お主の考えているようなモノではないのだ』


『ほえ? どういうこと?』


いわゆる失意体前屈の姿勢となっていたナナは、首だけを少し持ち上げて問う。


『知力とは魔法の構築速度や演算可能な規模に影響するもので、一般的な賢さのことではないのだ。

まあ簡単に言うと、どれだけ難しい魔法をいかに早く撃てるかを示すものだ。

そしてお主の140という値だが、レベル1の人族としてはかなり高めなのだぞ。

人族の魔法適性は高くはないからな、その値だとレベル100近くでようやく届くか、という領域である。

どうやらお主の魔法の素質は高いようだ。

これは喜ぶべきことであろう。

とはいえ慢心してはならんぞ。

魔法はイメージ力が大事だからな。

知力が高ければ魔法がうまいというわけでもない。

まあ、お主が馬鹿と決まったわけではない、ということだ』


『ううー、もう、笑ってないでそういうことは先に言ってよぅ』


安心したナナは、自らのステータスの後半部分を確認し始めた。

魔法属性やスキル、称号について記載されている部分だ。

そしてまたもナナは衝撃を受けた。


『魔法属性は空っぽな上に無し? ひ、ひどくない??

スキルはいろいろあるみたいだけど……これなに?

使用不可とかERR…エラー⁉ ってダメじゃん!

私が装備無しで使えるのって、【伝心】以外だと、気配操作だけじゃん!

ううう、やっぱり、弱い!』


魔法属性やスキルについて一喜一憂――いや、この場合は憂いてばかりいるナナをよそに、アイマーは思案していた。


(空間属性に無属性、それに【時空間転移】だと?

たしかにナナがこの世界に転移して来たあの感じは、ただの空間転移ではなかった。

やはり別宇宙から時空を跳躍して来たというのか……それにあの転移のエネルギー波動は明らかにナナ自身から発せられていた。

状況から判断するに、自身の能力で跳んだとしか考えられまい。

しかし、このレベルでいったいどうやって――)


ナナの転移を唯一目撃していたアイマーは、そのあり得ない現象がナナのスキルによって引き起こされたということに思い至る。

だが現時点で得られた情報からは、それが明らかに実現不可能だとしか言えなかった。

おそらくまだ、何かもう一つ、カギとなる要素が足りていないのだろうと推測した。

そしてアイマーは考える。考えてしまう。

なぜならその要素について、アイマーには一つだけ不安があったのだ。

それは絶対に起こり得ない極小確率な気がかり。

杞憂に終わるはずの不必要な懸念。


(い、いや、違う。そんなことは起こり得ない! それだけはあってはならんのだ!)


アイマーの心は懸命に否定するも、ピラステア最高峰を誇る彼の頭脳は、状況から的確に推論を導き出してしまう。

最後のカギ――つまり、もしナナが転移して来た場所、それがアイマーの目の前であった理由が偶然でなかったとするのならば……。

それはアイマーにとって、アイマーが人生をかけて守ってきた願いにとって、断じて許容するわけにはいかない答えとなってしまうのだった。


(まだだ、まだ決まったわけではない。

それを見届けるためにも、我はナナを見極める必要があるようだ……)


幸か不幸か、最後のカギはまだ確定していない。

だからこそ彼は、ナナに同行することを誓う。

まあご存じの通り、物理的に同行してしまうため現時点で抵抗する方法は無いのだが。


(それに、この危なっかしい少女を放っておくこともできまい。

我が何とか守るしかないであろう)


アイマーは暗い思考を中断した。

ナナの予測不可能な言動を思い返した瞬間、笑いがこみあげてきたのだ。

暗澹とした心が光で払われていくのを感じた。


『……うーん、ねえ魔王。

【解析】のおかげで、私が絶対にモモタロウに勝てないって言うことだけはわかったよ、ありがとね。

でもこれからどうする?

謁見の間に一回戻った方がいいかな?』


装備スキル【解析】を使う前からモモタロウに勝てないことはわかっていたはずだが、それには気づかないままナナはアイマーに相談する。


『そんなことは最初からわかっておっただろうに――お主は本当に面白いな』


『もうからかわないでよね! 私、一生懸命なんだから!』


互いに相手を面白いだのかわいいだの感じている2人。

まったく良いコンビである。


『わかったわかった、まあ聞くがよい。上に戻る必要はない。

モモタロウのステータスに記載がある通り、奴の死角は真後ろと腹の下だ。

奴が真後ろを向いた瞬間、腹の下に潜り込むのだ。

奴が動いても決して腹の下から出てはならんし、四肢にも触れてはならんぞ。

そして、階段の方向に背を向けた瞬間に、階段へ向けて駆け抜けるのだ。わかったか?』


ナナはそれならなんとかなると判断した。

これまで見たモモタロウの立体的な動きと、自らの体躯を3次元空間内で組み合わせる。

そしてどのように動けばいいのか、何に注意すればいいのかを脳内でシミュレーションしたのだ。

それがナナにとって実現可能な範囲の動作だと瞬時に結論付けた。


『うーんあの大きさならなんとか……うん! わかった頑張る。

でも魔王もフォローしてね?』


『ああ、承った。任せるがよい』



それからしばらく2人は息を潜めつづけ………十数分後、モモタロウが彼らに背を向ける。


『今だッ!』


『ん!』


アイマーの指示に従い、ナナはできるだけ速く、静かに、そしてモモタロウに触れないように腹の下に滑り込んだ。

スニーカーを履いているのも幸いしたのだろう。

それはまるで無声映画のように一切の音を立てない動作だった。


『ナナ、モモタロウが動くぞ! 腹の下から出るな! 脚にも当たるんじゃないぞ!』


『っ!? わかっ――た!』


腹の下に入った直後、モモタロウが体の向きを変えた。

ナナはとっさに重心を移動してモモタロウの脚を回避しつつ、腹の下から出ないようにその進行方向に追従する。

この間もナナは衣擦れの音すら立てていない。


『危なかった! 心臓バックバクなんですけど!

魔王の指示がなかったら今頃見つかってた……。

あはははっ! あれだね、生きているって素晴らしい! ってやつだねッ!』


『伝心で意思疎通が瞬時に取れたからな。

なんとか連携が取れるようだ。だが気を抜くでないぞ!』


『わっ⁉ また!?』


ほっとする間もなく、その後もモモタロウは移動を重ねた。

前後左右で絶え間なく動く四肢をなんとか避け、ナナは必死に胴体下部に潜伏し続ける。


実のところ、アイマーはかなり驚いていた。

アイマーのサポートがあるとはいえ、戦闘経験のない少女が的確に全方向に注意を払い、襲い来るモモタロウの四肢を避け続けられるとは思っていなかったのだ。

それも末恐ろしいことに、ナナは全くの無音でそれを成し遂げている。

アイマーは完全に意表を突かれ、ナナをフォローしつつも驚嘆していた。


ちなみに魔獣が残るルートをそのまま進むことを選択したアイマーだったが、それには理由があった。

ナナの生存確率を上げるためである。

この世界におけるレベルは、相手を倒さない限り上げることができない。

一方でスキルは修練で身に着けることができる。

つまり魔獣から隠れ続けることで、隠密系統のスキルであれば獲得することができると考えたのだ。


ナナは既に【気配操作】のスキルを持っているが、この一般的なスキルはあまり有用なものではない。

あくまで他の要素で身を隠した上で使用することで、ようやく少し見つかりにくくなる程度の効果しかないのだ。

現状、身を守る有効な手段を持たないナナにとって、敵から隠れる術を得ることは、生き残る可能性を高めるために非常に重要だ。

そしてそれは、今後の行動選択の幅を広げることになるだろうとアイマーは判断していた。


それにアイマーは、もしもの場合の対策も考えていた。

ナナが魔獣に見つかった場合、自身の魔法でどうとでも対応できると考えていたのだ。

アイマーは魔王城に配置されている魔物の習性や性格を熟知している。

魔法が行使できる今なら彼は無双できるのだ。


だが、この判断を後にアイマーは悔やむことになる。

彼は忘れていたのだ。

この一か月間、魔王城がこれまでにない異常事態に襲われていたことを。



    ◇


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