魔王城脱出②
『……うむ。隠れてかいくぐる以外の選択肢はなさそうだな』
『かいくぐるって、足音とかで気付かれるんじゃない……?
それにあの魔物、けっこう動き回ってるからすぐ見つかっちゃうよぉ』
キメラとの戦闘を回避して、なんとか見つからずに通り抜けることをアイマーは提案したが、それを聞いたナナは一気に不安になった。
実はナナは身体をイメージ通りに動かすのは得意であり、スポーツもさして労せずに上位の成績を修めることができる。
だがそれは学校教育における体育授業での話だ。
いくらスポーツが得意でも、例えば野放しのライオンから逃げられるかというと不可能である。
野生動物はそんなに甘い相手ではない。
それに今回の相手は、体高6mを超える巨獣だ。
アイマー自身も、自分の案が簡単に実現可能だとは思っていなかった。
『まあ落ち着くのだ。
ときにお主、バケ……【深淵なる節食】の装備スキルは使えるか?』
『装備スキル……? えっと、ごめんね、何のこと?』
アイマーは突然話題を変えた。
それはナナを落ち着かせるためでもあったが、何よりキメラ攻略に有用なスキルをナナに習得させるためだった。
うっかり自ら名付けた名称を使わずにバケツと言いかけているが、アイマーとて緊張しているのだろう。
弘法にも筆の誤り、猿も木から落ちる、河童の川流れ。
いかに優秀な魔王でも、たまには失敗することもあるのだ。
(やっぱりバケツの名前、そのままバケツでいいと思うんだよねー。
呼びにくいし何よりセンスが……いや、魔王は満足してるみたいだし指摘するのも…この人、意外に繊細だからなぁ)
ナナは心の中でアイマーのネーミングセンスに苦言を呈するが、まあさほど大きな問題でもないので、楽しそうにしている彼を傷つけることもないか、とそっとしておくことにした。
『やはり知らぬか。
魔法やスキルのない世界から来たようだからな。当然と言えよう。
装備品が持つ特殊機能は、装備者がスキルとして使用できることがあるのだ。
まあ、そのような装備などめったにお目にかかれないがな。
先ほどバケ……【深淵なる暴食】を改造した時に、【無限収納】については説明したな。
元々バケ……ええい、もうバケツでよいわ!』
『ええんかーい! もう! やっぱり魔王だって呼びづらいんじゃん!』
思わずツッコむナナ。
『否、気のせいだ。
とにかく、バケツには元々、対象の情報をチェックするための機構を搭載しておったのだ。
バケツに捨てる対象のみを正確に破壊するためにな。
今回、そのチェック機構の性能をフルに引き出して、収納対象の情報を精密に読み取る【解析】機能として利用できるように改造しておいた。
これでバケツの中に物を大量に収納しても、種類ごとに整理しておくことが可能となり、取り出しもスムーズになる』
今度はつっかえることなく流れるように説明したアイマー。
名称へのこだわりをあっさり捨てた恩恵だろうか。
『なるほど。
バケツには銀河ぐらいの大きさの物を入れられる【無限収納】機能と、入れた物を整理するための【解析】機能があるってことね。
うん、便利そう。
ちなみにバケツって呼ぶようにしたら会話がスムーズになったよね?』
今後このようなめんどくさ…複雑な名称を付けないように、ナナは簡易な呼び方の利便性を主張する。
『否、気のせいだ。
まあバケツの【収納】については後で落ち着いてから試すとしよう。
今は、その【解析】を、装備スキルとしてお主が自在に使用できるかどうかを確認したい』
アイマーはあくまでも気のせいと言い張るつもりのようだ。
(もう、どうしてそこにこだわるかなぁ。趣味の人ってみんなそう。
まあ何かに全力で打ち込んでる姿はカッコいいんだけどね)
ナナは若干むっとするが、即座にそれを許容してしまった。
こだわりが強い人全般(兄を含む)に寛容なナナは、例によってちょっとかわいいとさえ思ってしまうのだ。
『んふふ、わかったよ、たまには【深淵なる節食】って呼ぶね。
好きなんだね、そういうの。
でもその【解析】が使えても、生き物は収納できないんだよね?
えっと、何かいいことあるの?』
『か、勝手にせい。
おっほん!
【解析】によってキメラのステータスを見ることができる。
相手の情報を事前に知ることは、戦闘において最も有効な対策であろう。
装備スキルを発動する方法は、装備品を身に着けた状態で装備スキルの使用を念ずればよい。
バケツは既に頭部に装備しておるから、そのまま、キメラに対してバケツの【解析】を発動するよう念じてみよ』
『うーん。わかった。じゃあ、いくよ。キメラを見て――【解析】!』
ナナはキメラに向かって装備スキル【解析】を発動するよう念じた。
すると、少し照れたようなアイマーに指南された通りに装備スキル【解析】が発動する。
直後、脳裏に紙を挟み込まれたような表現しがたい感覚があり、情報が閲覧できるようになった。
目で見えるわけではないのだが、どうにもその感覚は紙に文字が書いてある、としか説明できないものだった。
ナナはその内容をさっと確認し、そして驚愕に目を見開く。
◆名前:モモタロウ ◆種族:魔物 ◆性別:男
◆年齢:227歳
◆状態:空腹
◆レベル:253
◆HP:5711/5711 ◆MP:12140/12140
◆筋力:956 ◆敏捷力:1288 ◆器用さ:42
◆知力:245 ◆魔力効率:1982
◆運:82
◆魔法属性:火、風、水 ◆弱点属性:光
◆スキル:火炎陣、剛炎弾、暴風、烈風刃、突風弾、水球
◆備考:訓練用の魔物。魔王城内で倒された場合、飼育ポッド内に転移し、修復後に復活する。ただし死体が消失した場合等はこの限りではない。
3対の目により索敵視野が広い。だが体の構造上、背後と腹の下が死角となっている。
『どうだ、なかなか強力な魔物であろう』
『うあぁ。これ――』
ドヤ魔王を放っておいて説明書を読むナナ。
ちなみにナナが読み取った情報は、【伝心】を介してアイマーにも伝達されている。
『――たしかになんだか強そうだけど魔王、まず名前おかしいでしょ!
アレのどのへんが桃に由来しているのよ‼』
ナナは念のためもう一度キメラの姿を確認する。
のっそりと移動するキメラは桃というよりは真っ黒なヘドロと言われたほうがしっくりくる容姿だ。
明らかに名が体を表していない。
だがそのツッコみに、アイマーが少ししゅんとしてしまう。
『……生まれた時はそれはそれは可愛かったのだ。
まだ体毛も生えておらんでな。
桃色だったものでつい……ああ見えて今でも可愛いところだってあるのだぞ』
可愛い名前には大抵、親の純粋な愛が込められているものだ。
その名前を他者からからかわれるのは、親にとってはとてもつらいことである。
『あ……そうなのね、何も知らずごめんなさい。
うん、気持ちが込もった素敵な名前ね!
仲良くなれ……るかは不安だけど。魔王が育てたの?』
ナナは素直に謝罪する。
自分が悪いと思ったら、意地を張らずに素直に謝れるところが、ナナの美点である。
仲良くなれそうにないことを正直に白状している点も、ナナが素直な証拠だ。
『名付けたのは我だが、飼育や訓練は専任の部署でやっておる。
まあ我も仕事に疲れた時には、こやつらと戯れていい汗をかいたものだが。
魔王城は兵の訓練施設を兼ねておってな。
1階の入口からレベル順にこのような魔物を配置し、これらと兵を戦闘させるのだ。
そして階を上がるごとに強い魔物を配置することで、兵のレベル向上を図っておる』
アイマーの気分が持ち直したことが伝わってきた。
だがその説明内容はナナを愕然とさせる。
『それって……モモタロウが一番強いってことじゃん! ここ最上階だし!』
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