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プロローグ

少女は薄暗い廊下を進んでいた。

その小さな唇は固く引き結ばれ、黒い瞳は彼女の決意を映しているかのように、揺らぐことなく真っ直ぐ前を見据えている。


彼女が歩いているのは、地中深くに眠っていた古代遺跡の最下層だ。

石とも金属ともつかない、白く硬質な素材で造られたそこは、遺跡というのが信じられないほど清浄で空気も澄んでいた。

永い時を超えてなお、その機能はいまだ健在だったのだ。

だが、彼女はそれを気にする様子もなく、ただ目的地に向かって進み続ける。


少女の後ろには2人の仲間が続いていた。

剣士風の青年と、魔術師風の女性だ。少女と違い、彼らはうつむき眉根を寄せている。

時折何か言いたそうに前を向くが、力なく開けた口は言葉を紡がず、その視線はすぐ足元に落ちていった。


やがて、剣士風の青年が張りつめた声を発する。

足音以外静まり返った廊下に、それはまるで最後の警告だとでも言うように、強く響いた。


「――なあやっぱり、君がすべてを背負う必要なんか無いんだ!

ここで戻れば、たとえ短くても、最後の瞬間まで一緒にいられる!

俺は……俺はっ――」


その言葉に込められたのは、果たしてどのような感情だろうか。

だが彼はその想いを最後まで口に出すことができなかったようだ。


剣士風の青年が言い淀んだところで、魔術師風の女性が続く。


「そうよ! 引き返しましょう!

誰にも、この世界の誰にも! あなたを責める権利なんて無いのよ!」


女性は青年の意見を肯定し、先に進まず戻ることを訴えた。

よく見ると2人の瞳は涙に濡れ、その表情は歪んでいる。

彼らはまだ覚悟ができていないのだろう。

いや、好意的に捉えれば、あきらめていないということかもしれない。

だが大切なものを失いたくないという美しい気持ちは、自分の弱さ故に変えられない運命の前に震え、恐れとも怒りともつかない感情に支配されている。


少女が足を止めた。

2人の前を進む彼女は、小さな背中で彼らの言葉を受け止め、答えを返す。


「――ううん、もう、決めたの」


凛とした美しい声で少女は否定した。振り返る彼女の動きに合わせて、美しい黒髪がさらりと舞う。

2人に向き合うその愛らしい顔には静かな微笑みを湛えている。

黒曜石のような瞳には覚悟の炎が宿り、微塵も恐れを感じさせない。

しかし泣き腫らした赤い瞼からは、その壮絶な心の葛藤が容易に見て取れた。


「だがっ! 俺は君がいない世界で生きるなんてごめんだ!」


「ちょっとあんたそれは‼」


「っ⁉ すまない……」


女性に咎められ、青年は自分の失言を悟り謝罪した。

少女がその命を懸けて守ろうとしているものを否定するのは、彼女の行為に対する最大の冒涜だ。


でも、そうだとしても、彼は少女が為そうとしていることを認めることができないのだろう。

当たり前だ。

その少女は、彼自身が命を賭してでも守りたい、愛しい存在なのだ。

自分達のために彼女を失うことなど、他でもない、彼に耐えられるはずもない。


それを理解している少女は少し目を伏せ、声をかける。

その表情に一瞬入った亀裂を、けなげな笑みが覆い隠す。

だがそれは、今にも崩壊しそうなほどに儚く悲痛に満ちていた。


「ごめんね、つらいよね。わかるよ。

でも……いっぱい、胸を張って生きて。

……いつかは、結婚……して、幸せに……なってね。

私の、ことは、忘れて……」


少女の震える言葉は、声にならない吐息になって宙に消えた。


彼女が望む未来。

想い描いた夢。


彼女にとって最も大切な者との明日。


その輝く光景に自分が共に行けない悔しさ。

惨めさ。

憤り。

哀しさ。

寂しさ。


到底飲み込めるものではないだろう。


それでも彼女は彼の幸せを想い、願い、微笑んだのだ。


いつもより小さく見える華奢な肩を、青年が掻き抱く。


「――もういい‼

すまない、酷い俺を赦してくれ。

俺は君を忘れたりしないっ……必ず、必ず最後まで君を守り抜く。

任せてくれ。これでも……守護者、だからな」


彼はそう言ったが、事態を受け入れられたわけではないだろう。

ただ彼女をこれ以上傷つけたくなかっただけだ。

それでも、彼はいつもの、だが少し揺れる柔和な声で少女に誓った。


「……ごめんなさい。

私たちが足を引っ張るわけにはいかないわね。

わかったわ。支援は任せなさい。

あなたは、全力で、前だけを見るのよ」


女性も取り乱したことを謝罪し、自らの役目を全うする覚悟を示した。


少女は前に向き直る。

青年の腕をやんわりと解き、そして2人に微笑みで答えてから。


その時、少女の頭上から呟きがこぼれた。


「(――案ずるな。お主らの未来ぐらい、我がどうにかしてくれるわ)」


それはほとんど聞き取れないほどの小さな声だった。

だがその言葉には、確かに強い意志が込められていた。


「え? 魔王、何か言った?」


「……いや。だが、我からも1つだけ、伝えておくことがある」


「う、うん」


先程と同じ、だが今度ははっきり聞こえる、力強い壮年の男の声が響く。

魔王と呼ばれたその男の声は、少女がかぶっているバケツの中から聞こえているようだ。


少女は再び足を止め、彼の言葉を待つ。


「我とてそやつら同様、思うところはある。

だがな、お主の包み隠さぬ心も、一番近くで聞いてきたのだ。

であるから、我がお主に言いたいことはこれだけだ。

……決めたのならば、成し遂げよ‼」


「⁉ ……うん。うんうん! うん‼ ありがと魔王‼」


少女は何度も頷き、頭上の声に感謝を返す。

彼女の固く閉じられた眼からは涙があふれている。

ここに至るまでに、彼女は苦しみ、悩み抜いた。

そして決断したのだ。

彼女は周囲の反対を押し切り、たとえ1人になっても必ず想いを成し遂げようと心に決めていた。

その想いが初めて肯定され、力強く背中を押されたのだ。

魔王と呼ばれた男の声は、少女の心の内を誰よりも深く理解していたのかもしれない。


やがて涙を拭いた少女の顔には、真に覚悟を決めた者のみが持つ、美しい闘志が漲っていた。



数分後、一行は巨大な両開きの扉の前にたどり着いた。

扉はまるで待っていたかのように、音を立ててゆっくりと開いていく。

その先は巨大な円形ドーム状の空間となっており、空間の奥に、少女たちにとって見知った男の姿が一行を待ち受けていた。


その男は持っていた大鎌を構え、嘲るように口を開く。


「ここにきて、もう言葉は不要だろう?

……君の魂、刈り取らせてもらおう!」


その言葉に少女はうつむき、低く震える声を絞り出す。


「たとえどんな選択をしても……私に先はない」


彼女は顔を上げ、キッと男を睨みつけた。


そして、その小さな唇から力強い意志を吐き出す。


「だったら! 私は、大切な人や、大好きなみんなが、生きていける未来を願う!」


少女は愛用の双剣を抜き放つ。


「いっぱい……いっぱい悩んだけど――」


そして、駆け出しながら叫ぶ。


「これが、私の答えだっ‼」



こうして少女達の最後の戦いは幕を開けた。

この戦いに至るまでの道のり――物語りとでも言うべきだろうか。

その始まりは……そう、一年ほど前のことだ。

少女がこの世界に突然現れることになったきっかけの事件から、もう運命の歯車は動き出していたのだろう。


各々が胸に抱く未来が、時の濁流に押しつぶされる瞬間、彼らは何を願うのだろうか。



私は記す。


少女が織り成した物語りを、一片も余さず届けるために。


後に伝説となる英雄の、その真実の軌跡を。



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