7.麦わら王子
よろしくお願いします!
「そうですね~麦わら帽子やかごバッグはどうですか?マウナカイアの人たちは植物の葉をこまかく裂いて編んだ帽子をかぶってましたよ?」
「麦わら帽子?でもあれは船乗りが日差しをよけるためにかぶるものよ。水をはじくしじょうぶなの」
ニーナがけげんな顔をするとミーナも相づちをうった。
「そうね、タクラではよく見かけるわ。農家では冬の手仕事で編むのよ。材料費はタダだもの」
麦わら帽子の材料は布を使わず麦わらと糸だけだ。高級品を好む王都の人間には受けいれられないような気がする。
けれどネリィは説明しながら紙にかんたんに絵を描く。
「マウナカイアのゆったりしたドレスには似合いますし、なにより涼しいですよ。つばを広くとれば日傘を持ち歩く必要がありませんし、ふわりと軽いリボンを巻くと華やかです。男性むけならカッチリした型でベルトを巻くとひきしまるかと。あとかごバッグも可愛いです!」
ドレスを売る土産物店の店先にも置かれたかごバッグには、南洋の花や虹色に輝く貝殻えを削ってつくられたマスコットが取りつけられていた。ネリィが思いだしてそれをつけくわえると、ミーナは真剣な表情でのぞきこんだ。
「……いいわね……遊び心もあって王都にいながらにしてリゾート気分が味わえるわ。麦わらならこの季節にいくらでも手にはいるし。サーデ!」
こんどはミーナがサーデを唱えた。王都の五番街を歩く人たちがかごバッグを持ち麦わら帽子をかぶる……その光景を自然なものに見せる形とデザイン……。ミーナは本棚から呼びよせた〝帽子カタログ〟をパラパラとめくりはじめた。
「でも麦わら帽子なんて港で働く労働者のものよ?どうやって王都の人間にかぶらせるの?」
ニーナがささやくとミーナも〝帽子カタログ〟から顔をあげた。
「そうね……まずだれかが身につければいいのよ。王都で影響力があってその人が身につければみんながこぞって真似をするような、そんなだれか……」
そのとき〝ニーナ&ミーナの店〟の新商品……黒地に白のラインがはいったユーティリスモデルの鞄が二人の目にとまった。
ユーティリス王太子の私物として王都新聞に紹介されて以来、受注生産にもかかわらず予約が殺到している人気商品だ。
「……いるじゃない」
ミーナがつぶやくとニーナがさけんだ。
「そうよ、王子様がいたわ……ネリィ!」
「ひゃいっ⁉」
ニーナのすごい勢いにネリィがとびあがる。
「あなたんとこの王子様よ!」
「えっ、も、もしかしてユーリですか?」
ぎょっとしたネリィにむかいニーナはにっこりと笑った。
「来年にはもう一人増えるんでしょ、そう聞いたわよ」
「決まりね、それならすぐにデザインを考えないと!二人そろってマール川沿いを散策してもらえば素敵なフォトになるわ!」
ニーナとミーナが二人そろってとってもいい笑顔になったけれど、ネリィはおびえたように後ずさった。
「ふ、ふたりとも……笑いかたが魔女みたいですよ!」
ミーナがにんまりと笑った。
「魔女みたい、じゃなくて魔女だもの。あたりまえでしょ!」
ふたりの打ち合わせに熱がはいりはじめたので、ネリィがすごすごとテーブルにもどってくるとスターリャがお茶のおかわりをついだ。
「ありがとスターリャ!」
スターリャはくすっと笑って自分もカップを手にとった。
「ああなったら二人ともとまりませんから……ディンさんもゆっくりなさってくださいね」
ディンもすすめられるままに椅子にすわり、ニーナとミーナのようすをながめた。
「すごいな、あの二人いつもあんな調子なのか?」
「いつもあんな調子ですぅ〜」
ネリィが眉をさげてうなずくと、ディンはしみじみとつぶやいた。
「だけど納得した。王都で成功するにはあれぐらいでないとダメなんだな……」
しばらく経ちようやく納得したデザインができたミーナが、肩に手をあてて首をまわした。
「帽子とかごバッグのデザインはこんなところかしら……」
「いい感じだわ、この工房でやることがまたひとつ増えちゃったわね」
「そうね……」
最初はこんなに大きい規模の工房はいらない……できれば軌道にのせるまでは二人だけで頑張りたいと思っていたのに、全体像がみえてくるともうすでにこの工房さえ手狭に思えてきた。
思いつくままにアイディアを描きだしたデザイン帳をみて、見習い魔道具師のスターリャも紅の瞳をかがやかせた。彼女も自分にできることを思いついたらしい。
「染料で麦わらを染めれば効果もつけられますし、編み模様もつくれそうです!」
「いいわね、まずは麦わらを調達してきて染めてみましょうか」
スイッチのはいったミーナにむかってニーナは唇をとがらせた。
「ミーナったら……人にはいつも仕事しすぎだって怒るけど、自分だってたいがいじゃない」
「あら、私はのんびりするために、やれるときにやれることをするだけよ」
すました顔でミーナがいうとネリィが茶目っけたっぷりに笑う。
「ミーナさんはのんびりしているけど頭がいそがしいんですよね」
そう、のんびりしていても頭は動かさなくては。試作品はともかく王都ではやらせるとなったら麦わらが大量に必要になる。
「麦わらも確保しなきゃ……それも収穫期をむかえた今のうちに。どうしたらいいかしら……」
ミーナがお団子頭をひねると横から声がかかった。
「ちょうどいいのがここにいるぜ?」
「ディン!」
空気になりかけていたニーナの婚約者は、苦笑いしながら自分のあごをなでた。
「かわんないなぁニーナは、それにミーナも夢中になったら止まらないんだな」
「ごめんなさい……ほったらかしにして」
ミーナが謝るとディンは笑って手をふった。
「いいさ、仕事中なんだ。麦わらの調達はまかせろ……といいたいが、マール川を使って船でただ麦わらを王都に運ぶより、帽子づくりは俺たちの地元にやらせてくれないか。麦わら帽子づくりならお手のものだし、農家のみんなにも冬の農閑期に仕事ができる」
ミーナは目をまたたいた。ディンの申し出は願ってもなかった。
「そうね……細かい仕様をしっかりと打ち合わせる必要があるけれど」
「決まりだな、俺は職人と連絡をとって麦わらも確保しておく。俺が王都にいるあいだに話を詰めよう」
「わかったわ」
ミーナがうなずくと、ディンはふっと笑って立ちあがった。
「二人が楽しそうに仕事をしていてよかった。これで俺も安心してくれと親父さんに伝えられる。じゃあニーナ、アンガス公爵の夜会はよろしくな」
「ええ」
笑顔で帰っていったディンを見送って、ネリィは感心したようにため息をついた。
「いい感じの人ですね、ディンさん……〝麦わら王子〟って感じで!」
「ちょっとネリィ!変なあだ名つけないでよ!」
ニーナが文句をいっても、ネリィはニコニコしてうれしそうに続けた。
「えええ、だってニーナさんてばとってもおしゃれで都会的なお姉さんって雰囲気なのに、彼氏が麦わら王子とかって……なんかギャップがあってすごくイイですよ!」
「彼氏じゃないから!それにディンよ、ディン!〝麦わら王子〟じゃないから!」
ニーナはむきになっていいかえしたけれど、横にいたミーナまで笑いだした。
「あはは、〝麦わら王子〟か……まさしくそうよね。彼、水車小屋に積まれた小麦袋のうえでよく昼寝してたのよ。いつも頭に麦わらつけてたわ」
「やっぱり!」
「もぅっ、ミーナまで!」
真っ赤になって頬をふくらませたニーナに、笑いやめたミーナがふとたずねた。
「それで……ニーナはどうするの?」
「……どうするって……どうもしないわよ。故郷のようすも聞けたしアンガス公爵の夜会に参加したら、大聖堂に提出する婚約解消の書類に署名するだけよ」
目を泳がせてから頭をふって答えたニーナにミーナは眉をあげた。
「ふぅん?」
「だって仕事があるもの……王都の店や工房をほうりだせないことぐらい、ミーナもわかってるでしょう?ディンだってそうよ、領地を離れられるわけがないわ。今回王都にきたのだってたまたまよ」
ニーナが自分に言い聞かせるようにつぶやくと、ミーナはしばらくニーナの顔をみていたがやがて肩をすくめた。
「……そうね」
麦わら帽子をお洒落アイテムとして上流階級に広めたのはかの有名なシャネルさんです。
こっちの世界ではユーリたちがやるみたい。









