6.工房での相談
『魔術師の杖③ ネリアと二人の師団長』発売日のため、本日は早めの投稿です。
『キスから始まる婚約破棄』
『魔術師の杖』の世界をそのまま使ったスピンオフ。3巻でも重要な働きをするニーナがヒロインです。
「いちおう貴族どうしの婚約だからな、両家の当主から署名はもらってきた。おたがい成人しているからあとは自分たちでここに署名し、大聖堂に提出すれば晴れて婚約解消だ」
「……そうね」
書類をとりだして淡々と告げる彼に、ニーナも静かに相づちを打つ。
十年が経ったのだ。ときどきは思いだしても、感傷にひたるヒマなんてない……そうやって彼を記憶の隅に追いやってきた。いまさら何がいえるだろう。
(彼には領地での仕事があるし、私には王都にだいじな店がある)
あとは彼に感謝して彼の求めに応じ、銀のペンで正式な署名をして渡すだけだ……それですべては丸くおさまる。なのにニーナは銀色をしたペンになかなか手をのばせなかった。
「ひとつ頼みがあるんだが」
「何よ」
「王都にきた用事はもうひとつあって、アンガス公爵家の夜会に父のかわりに出席しなきゃならないんだ。ほかにあてもないしパートナーになってくれないか」
「私が⁉」
「あらいいわね」
ぎょっとして聞きかえしたニーナの横で、ミーナは涼しい顔をして返事をした。
「ムリならミーナでもいい」
ニーナの反応を勘ちがいしたディンがあわてていい、ニーナは勢いよくかぶりをふった。
「いくわよ、私が婚約者だもの!」
「そ、そうか?」
若干ニーナの勢いに押されたディンの横で、ミーナは冷静に計算をはじめる。
「もちろんニーナがいって、たっぷり注文をとってくるのよ。アンガス公爵の夜会なんて商談のまたとないチャンスじゃない。じゃ、金色の熊みたいなその格好をどうにかしないとね。ちゃんと子爵令息らしく仕立ててあげるわ」
「悪いな」
「いいのよ、ちょうど秋物の注文をさばき終わってひと段落ついたところだったし」
そういってミーナは採寸のために魔道具を取りだした。メジャーのような魔道具をヒュッとひっぱれば、ディンの体にシュルシュルと巻きついてサイズを勝手に測っていく。
「だから工房が片づいているのか」
「すぐに冬物の準備と春夏のデザイン決めがあるけどね」
ミーナがディンの採寸をはじめた横で、ニーナは新しく考えたドレスのデザインをネリィに見せた。
「ネリィもこれからドレスを着る機会が増えそうだし、はりきって考えたのよ!」
「こ、これ……?」
夏にニーナがネリィのために作ったドレスは背中がぱっくりと開いていたけれど、今回デザイン帳に描かれたドレスも、ネリィがどうみても布地の面積が少なすぎるような気がする。
どうしてあちこちに大胆なカッティングがはいっているのだ。
「これから冬ですよ!露出あげる必要なんてないですってば。むしろなんでニーナさんすぐ、わたしの服になると露出をあげようとするんですか!」
抗議の声をあげるネリィに、ニーナは真顔で即答した。
「それはネリィの肌が綺麗だからよ」
「……へ?」
ネリィがぽかんとした顔をすると、ニーナは勢いよく力説する。
「もったいないじゃない、どんなアクセサリーよりもその素肌に目がいくんだもの、だったらだしたほうがいいわ」
「いや、あの、ニーナさん……」
ネリィが何かいおうとして言葉がうまくでてこずに口をパクパクさせていると、ディンが見かねて口をはさんだ。
「ニーナ、お前はまちがっている」
「どういうことよ」
はじめてデザイン帳を見せたときには「……俺にはどうちがうのかさっぱりわかんないよ」といっていたディンが意見するなんて。
ニーナはディンをにらみつけたけれど、ディンは冷静に指摘した。
「……男としての意見をいわせてもらえば、ネリィさんに気がある男だったら、むしろ彼女には肌を隠してほしいだろう。自分は見たいけれど他のヤツには見せたくない」
「はい⁉」
ディンの意見にネリィは飛びあがったけれど、ニーナは雷に打たれたように衝撃を受けた。
「そ、それは盲点だったわ……私、女の子をその体ごと可愛く見せることにこだわっていたけれど、男の人にとってはそれが問題になることもあるのね?」
ニーナが真剣な顔をすれば、ディンも大真面目な顔でうなずく。
「そうだ、それに男は自分の気持ちは隠しておきたい……その肌に吸い寄せられているなんて彼女には悟られたくないのさ」
「す、吸い寄せ……あの、いや、わたしの体ですよね?」
あわてふためいたネリィが真っ赤になって涙目で問いかければ、二人が振りむきそろってうなずいた。
「そうよ」
「そうだな」
「えっ、二人ともなに真面目な顔でうなずくんですか!」
「むしろネリィが鈍すぎて心配になるわよ」
「その反応……俺も純情だったころを思いだすな」
二人に残念な子を見るような目をされたネリィは、もだもだとそれでも言いかえした。
「でも……ライアスは親切にしてくれたけど、あんな素敵なドレス、わたしには着こなせてなかったと思うんです。レオポルドなんてめっちゃわたしのことにらんでましたよ」
「えっ……」
思いがけない名前がでてニーナは聞きかえした。ミーナも顔色をかえてネリィにたずねる。
「レオポルドって……あのドレスをまさか、レオポルド・アルバーンもみたの?」
「えぇ、ものすごい勢いでにらんできたと思ったらそのあとガン無視ですよ、失礼しちゃう!」
レオポルド・アルバーンならニーナたちもよく知っている。
いまは王都で魔術師団長をやっている彼は魔術学園ではニーナたちの一年先輩で、見た目は天使か精霊のように綺麗な少年だったがやたらにケンカっ早かった。
魔力も強く同級生に腹をたてたときは、教室ごと相手を氷漬けにしたという逸話の持ち主だ。そのレオポルドがあのドレスを着たネリィをにらんでいた……。
青ざめたニーナがへたりと椅子に座りこむ。
「ミーナ……これ私、やらかしちゃったかしら……」
「やらかしたかもね……」
ミーナも深刻な顔でうなずく。
「どうしようミーナ!店が氷漬けにされちゃう!」
ガクガクと震えはじめたニーナをミーナがあわててなだめた。
「ま、まだ大丈夫よ!……次につくるネリィの服は、首までギッチリ詰まったものにすればいいのよ!」
「そっ、そうよね!」
「?」
ネリィは首をかしげたが、ニーナはすぐに呼び寄せの呪文を唱えた。
「サーデ!」
自分の手元に白紙のデザイン帳を呼び寄せると、ニーナはそれに勢いよくペンを走らせる。
「それなら今年の冬はドレスやコートの襟を首元までしっかり詰まったものにするわ。氷漬けはごめんだもの、テーマは〝禁欲〟よ!」
自分の世界にはいったニーナはブツブツとつぶやきながらすぐにデザインを考えはじめ、それを聞いたミーナが眉をひそめた。
「〝禁欲〟……春夏にむけて作るマウナカイア風ドレスと差がありすぎない?」
「逆よ……冬の間に抑えこむの。そうしておいて春がきたら一気にはじけさせるのよ!」
返事をしながらもニーナはとりつかれたように、ペンを持つ手を動かし続ける。
ミーナはニーナの邪魔をしない程度にデザイン帳をのぞきこんでうなずいた。
「なる、夏のマウナカイアブームに弾みをつけるのね!」
「そうよ、春がきて日差しが強くなると同時に解放感をあげていくの。色鮮やかなドレスが夏の日差しに映えるわ!」
ニーナが指を滑らせて魔法陣を展開すると、ペンで描かれたばかりのデザインにどんどん色がついていく。
魔法陣をいじって色の調整を終えると、いくつもの配色パターンができあがっていた。そうなると布の確保が心配になってくる。
「タクラの染色工房に注文したほうがいいかもしれないわね」
使う色を書きだしながらニーナがそういうと、デザイン画をとりあげたミーナがため息をついた。
「だけどマウナカイアのデザインに合うリゾートらしい小物がいるわ。いま王都にある帽子や靴じゃ、マウナカイアのドレスには合わないもの。帽子づくりは手間がかかるから、はやく形を決めてしまいたいのだけど」
とりあえず露出の高いドレスを着ることになるという危機が去ったネリィは、思いだすようにあごに指をあてて考えこんだ。
レオポルドは今回でてきませんが、彼のおかげで冬の流行が決まったたようです。
そしてネリィも何か思いついたみたい。