4.水車小屋
十一歳のときニーナは、母にもらった雑誌を切りぬいて自分だけのデザイン帳をつくった。表紙もきれいな包装紙やリボンで飾り、なかなかの出来栄えだった。
「王都ではね、こうやって考えた服のデザインをスケッチしておくの。お客様はそれを見て注文したり、希望があればその場でアレンジを描きくわえたりするのよ」
さっそくミーナにデザイン帳を見せて説明する。
「ふうん……きまった型紙があって採寸だけするのとはちがうのね」
「そうよ、それにドレスに名前をつけるの。で、私がデザインしたこれは〝宵闇に輝く夢〟で、そっちは〝秘密の花園で咲く花〟ね」
「……青いドレスとピンクのドレスね」
冷静に返事をするミーナにニーナは唇をとがらせた。
「もう!〝宵闇に輝く夢〟は青い生地が月のない闇夜を、ちりばめたビーズが輝く星のきらめきを表わしているの。〝秘密の花園で咲く花〟は秘密の花園でひっそりと、一輪の花が咲く瞬間のかぐわしい香りを表現しているのよ!」
ニーナは熱く語るけど、どう見ても青いドレスとピンクのドレスだ。
「どっちも素敵よ。なんだかよくわからないけどニーナならやれると思うわ」
「ミーナもいっしょにやるのよ!ドレスに合わせる小物を作ってくれるの、いつもミーナじゃない!」
「手を動かすのは好きだもの。私は可愛ければなんでもいいわ」
しばらくそうやってデザイン帳をミーナに見せていたけれど、そのうち物足りなくなった。
ほかにだれに見せようか……そう考えたニーナは思いついて、川に建つ水車小屋まででかけた。ちょうどディンに知らせたいこともあるのだ。
ニーナの家がディンの家との領地の境に流れる川に、両家が共同で建てて管理する水車小屋がある。ディンはそこにいてよく魚釣りや工作をしている。
ニーナが小屋をのぞくとたまたま彼は、小麦袋の山に寝ころんで本を読んでいた。
「ディン、いた!」
「よぉニーナ」
返事だけしてディンは本から目を離さなかった。ニーナは彼の隣にいきおいよくすわり、彼が読んでいる本と彼の間に、持ってきたデザイン帳を強引に割りこませた。
「ねぇ私、自分のデザイン帳をつくったの。これ見て、〝宵闇に輝く夢〟はスカートのすそが斬新なの!」
「……俺にはどうちがうのかさっぱりわかんないよ」
ディンはちらりとデザイン帳をながめてから返事をした。川のせせらぎが聞こえて水車がまわり、粉をひく音がする。
「もう!ミーナ以外にこのデザイン帳見せたの、ディンがはじめてなんだからね!」
「はいはい、光栄でございます姫様」
「もうっ、せめてどちらがいいかぐらい教えてよ!」
「ん~青?」
反応の薄いディンはほっといてニーナは自分のデザイン帳に目を落とした。
「青ね!王都ではみんな、どんなお洒落をしているのかしら……」
「俺、父さんについて王都にいったことあるけど普通だったぞ。けれど服の生地がみんな上等だったな」
「えええ、ディンだけずるい!」
ディンは読んでいた本を放り投げて、頭のうしろで指を組んだ。
「ずるくない。収穫した小麦を船に積んでマール川をさかのぼったんだ。俺、王都にいくなら魔導列車に乗りたかったのになぁ」
魔導列車と聞いて、ニーナはもうひとつの知らせを思いだした。
「あらそれなら、魔導列車に乗るのは私が先ね、私たちシャングリラ魔術学園に進学するの」
「え?」
ディンが顔をあげておどろいた顔でニーナを見た。ニーナは昨日の夜父に聞いたばかりの知らせを、デザイン帳を抱えたまま得意そうに彼に教えた。
「私、来年シャングリラ魔術学園に入学するの。ミーナもいっしょよ!」
ついにニーナは憧れの王都で暮らせるのだ。魔術学園に通い勉強して、そしていつか五番街に自分の店をひらく……ニーナはようやく自分の夢に一歩踏みだせる。
当然ディンもいっしょに喜んでくれるだろうと思っていた。けれど彼の表情は暗くなった。
「ミーナもいっしょに?そうか……」
そういったきり黙ってしまった幼馴染に、ニーナはどうしたらいいかわからなくなった。
ところが突然、ニーナたちの父はニーナかミーナ、どちらかをディンと婚約させようといいだした。
父にいわれたときは反発したけれど、ニーナとミーナはさっさと寝るしたくを済ませると二人の寝室にこもった。だいじなときの〝作戦会議〟はいつも、ベッドの上でおこなうと決まっている。
「私たち来年には魔術学園に入学するのに!」
ベッドにのぼってお気にいりのクッションを抱えたニーナが先に口をひらく。
「……それで、どうする?」
「私、ディンと婚約してもいいわよ。それで王都にいかせてもらえるんでしょ?」
鏡にむかって髪をとかしていたミーナがふりむき、あっさりというのでニーナは目を丸くする。
「え……そんなにかんたんにしちゃうもの?」
「ホントに結婚するわけじゃないもの、途中で都合が悪くなったら解消すればいいし。それに……」
ベッドにやってきたミーナの髪が、月明かりに反射してきらめいた。髪をおろしたミーナは妹なのにちょっとだけお姉さんに見える。
「私、ディンのこと嫌いじゃないわ。ニーナは?」
「私?私は……」
ニーナはぎゅっとクッションを抱きしめる。いつもなら抱きしめると安心するのに、なぜか今夜はそのふかりとした感触が頼りなかった。
実った小麦畑のような黄金の髪、乾いた大地の色をした瞳……水車小屋に寝ころぶ幼馴染の顔がうかんだ。
「私も……嫌いじゃないわ」
ミーナはニーナの顔をのぞきこむようにして、ベッドにすわり首をかしげた。
「そう、それならディンの気持ちも聞いてみましょ」
「ディンの気持ち……」
「ええ、向こうはイヤかもしれないし。もしも婚約するならどちらがいいか、ニーナ、あなたが聞いてきてくれる?」
「私が?ミーナはこないの?」
さすがにニーナひとりではいきたくない。けれどミーナは首を横にふるとあくびをして、ベッドにはいり布団をかぶった。
「私はいいわ、ニーナだけいきなさいよ」
ニーナは翌日また水車小屋にむかった。小屋をのぞくとディンがいてニーナはほっとする。きょうは彼女が彼を呼びだしたのだ。
「ディン!よかった、いた!」
「よぉニーナ」
ふりむいたディンはいつも通りだったけれど、きょうの彼は本を読んでいなかった。
ニーナは小屋にとびこむと扉を閉めて、話の内容をだれにも聞かれないように声をひそめた。もちろん小屋にはディン以外だれもいなかったのだけれど。
「ねぇ、お父様から話聞いた?」
「ああ、まぁな。俺がニーナかミーナ、どちらかと婚約しろって話だろ?隣の地所だしちょうどいいんじゃないか……って、エンツで父さんたちが盛りあがってた」
ディンはポリポリと顔をしかめて頭をかく。ベロア子爵は思いついただけでなく、さっそく実行に移したらしい。
「お父様ったら……わっ、私かミーナがディンと婚約したら二人ともいかせてくれるって。でなければ地元の魔道具師に弟子入りすればじゅうぶんだっていうの」
「俺もそうしてるからな。魔道具師のサンダーさんはいい人だぞ」
「ダメよ、私は五番街に店をだすんだもの」
ニーナの頭のなかはすでにもう、王都のことでいっぱいだった。魔術学園で学びながら、休日は五番街にある服飾店をめぐって過ごすのだ。
「じゃあ俺が婚約するとしたらミーナかな」
「え……」
自分ではなくミーナの名前がでて、ニーナはわりとショックを受けた。そしてそんな自分にさらに動揺した。
「俺は……正直、ニーナでもミーナでもどっちでもいい。だって顔たいしてかわんないし」
ディンは首をひねると真面目な顔でいうけれど、ディンのなかで自分とミーナが「たいしてかわんない」ことが、さらにニーナに追い打ちをかけた。
「俺、父さんの跡をついでこのまま領地に残るし。俺と婚約するってことは地方領主の妻になるってことだ。ニーナは五番街に店をだすんだろ?」
「ミーナだっていっしょにいくわ!五番街にだす店は〝ニーナ&ミーナの店〟っていうんだもの!」
「そっか……」
ディンはそれだけいって黙りこんだ。ニーナは自分がとんでもないことをいおうとしているのはわかっていたけれど、昨夜ミーナも同じことをいっていた。
「あのね、婚約だけしてくれないかしら」
「は?」