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魔術師の杖外伝 王都の恋物語①  作者: 粉雪
キスから始まる婚約破棄
11/11

11.もう一度キスからはじめよう

『キスから始まる婚約破棄』これにて完結です。

 ニーナ・ベロアが着地したのはディン・クロウズの膝だった。


 淑女にしてみればありえない体勢で真正面からむかいあうと、ディンの乾いた土の色をした瞳がすぐ近くにあった。


「…………っ!」


「……ニーナ?」


 おどろいたように動いた彼の唇は、さっきニーナと口づけを交わしたばかり……思いだした彼女の顔に血がのぼる。


「あのっ、こっ、これはっ、ネリィがっ!」


 なんてとこに跳ばすのよ!文句をいおうとふりむけば、いっしょに跳んだネリィは両手の拳をにぎってニコニコと満面の笑顔だ。


「や、バッチリですよ!これってわたし、カボチャの馬車をだすフェアリーゴッドマザーみたいですよね、いちどやってみたかったんです!そしたらわたしが出すのはカボチャじゃなくてアマ芋の馬車かなぁ?」


「何いってんだかサッパリわかんないわよ!」


「ニーナさんならいつもみたいに情熱的にいけばいいんですよ、がんばって!」


「あ、ちょっとネリィ!」


 そのままネリィはもういちど転移陣を光らせるとパッと魔導列車のそとに転移し、左腕から瞬時に展開したライガにまたがり、ニーナたちに笑顔で手をふるとあっというまに飛び去ってしまった。


 それをニーナがぼうぜんと見送っていると、彼女を膝に乗せたままのディンがぽつりとつぶやいた。


「お前の交友関係すごいな……」





 しばらくディンの膝にすわったままでいて、ニーナはハッと我にかえった。


「ね、ちょっと!降りるからはなして」


 ディンの腕ががっしりとニーナの胴を支えているがここは魔導列車の客席だ。いくらなんでもこの体勢はありえない!なのにディンはニーナの体をぎゅっと抱きしめた。


「ダメだ、俺の腕の中にお前が跳んできたってことだろ?もうはなさないから覚悟しろ」


「もう婚約は解消したじゃない!」


「お前なぁ、俺が何度お前を想って枕を抱きしめたとおもってんだ?もうちょい抱きしめさせろ」


「そんなの知らない……」


 ディンの体から伝わる温かさが心地いい……彼の髪から香る麦わらの香りに酔いそうになり、耳元で聞こえる彼の声にニーナは溶けてしまいそうになる。


「ったく……たった一度のキスで俺の心を持ち逃げしたくせに……」


「だって……ディンのこと本当にすごく好きだから、せめてキスだけでもって……だけど夢のためには諦めなきゃって……」


 抱きしめられたまま白状すると、ディンの顔がみるみるうちに上気していく。


 彼がこんなに顔を赤くしたところを、ニーナははじめてみた。十年ぶりだと幼馴染でもいろいろと……はじめてが多すぎる。


「うわ、もう俺サイコーなんだが。タクラから王都行き魔導列車に乗ったときはまさかな、そんな夢みたいなセリフお前がいってくれるわけがない……って」


 ニーナが自分の耳を疑うようなセリフを吐いたあと、真っ赤になったディンは自分の顔を押さえてうめくようにつぶやいた。


「くそ、マズい」


「何がマズいのよ」


 悔しそうな顔で吐き捨てるようにディンがいう。


「ミーナだよ!俺あいつにもう一生頭あがらねぇ、ちくしょう!」


「は?」


 ニーナが気になってディンの顔から手をのけると、彼は気まずそうな顔をしてニーナに教えた。


「ミーナが連絡よこしたんだよ!『くるなら今よ』って」


「……ミーナが?」


 ミーナがディンを呼んだの?


「で、俺はバカみたいにノコノコやってきて、お前にすげなくフラれて傷心旅行にでかけるつもりだったのに。何この展開……サイコーとか、マジかよ」


「ミーナが……『くるなら今よ』ですって……?」


 信じられない思いでニーナがディンの言葉を繰り返すと、ディンはニーナを抱きかかえたまま天を仰いだ。


「クソ、どうしたって俺はお前のことじゃミーナにかなわない」


「ディンがかなうわけないじゃない……ずっと一緒にいる私がかなわないんだから」


 ニーナがぼんやりと返事をするとすぐ近くで咳払いが聞こえた。


「コホン、あとから乗車されたお嬢さん……切符を購入されますかな」


 制服を着てかしこまった車掌に話しかけられたニーナは、そこでハッとして我にかえった。


「あ、そうね……じゃ次のエレント砂漠まで」


「おい、膝のうえで俺に告白しといて、途中で降りる気かよ!」


「だってこのままタクラにむかったら、ディンのご両親だけじゃなくウチの親にも会うじゃない!私にもいろいろ心の準備とかあるのよ!」


 ニーナがそういうと、ディンは深くため息をつきぶつくさとつぶやく。


「あーもぅ、なんでミーナのヤツ、こういうとこまでお見通しなんだよ……姉妹だからなのかもしれないけどお前らの絆にほんと腹たつわ」


「何なのよもう、とにかくエレント砂漠までお願いします!」


 ニーナは切符を買おうとしたけれど、魔導列車の車掌は困ったような顔をした。


「左様ですか……しかしこの列車はエレント砂漠にはとまりませんで」


「は?タクラ直通なの?じゃ……タクラまででいいわ」


「タクラ……でございますか?」


 車掌はますます困ったような顔をしてディンの顔をみる。ディンはポンポンとニーナの背中をかるく手でたたいた。


「落ち着けよ、いったろ傷心旅行って。行く先はタクラじゃない」


「どういうこと?」


 ニーナはもう一度ディンの顔をのぞきこんだ。タクラじゃないならディンはどこにいくというのだ。


「ミーナがいったんだ、『ニーナがゴチャゴチャいってまだ逃げるようならコレを使え』って。クソ、絶対使いたくなかったのに!」


 そういって隣の席においた鞄からディンが取りだしたものをみて、ニーナは目を丸くした。


「これ……デザイン帳!ネリィがマウナカイアからお土産で持って帰ってきたデザイン帳じゃない!」


 そうだ……ミーナはデザイン帳をせがんだニーナにむかって、「まだみせられないわ」と首を横にふったのだ。


『ゆっくり心おきなくみられるように、あとでちゃんと時間をとってあげるわよ』


 ……()()()()()()()()()()()()()……。ニーナはハッとして目をみひらいた。


「まさか……まさか、この列車がむかっているのって……」


 そういえば魔導列車の乗客たちがみなくだけた格好をしている。そしてミーナはこれを持ちだせばニーナが()()()()()()()ことを知っている。


「そのまさかだ!この魔導列車の目的地はマウナカイア!俺がいくのは傷心旅行じゃなくて世界最高のリゾートでハネムーンだ!ヒャッホー!」


 ディンがおたけびをあげると、デザイン帳を掲げてニーナに問いかけた。


「さぁニーナ、どうする?このデザイン帳を描いた当人に直接あって話を聞きたいんだろ?俺といっしょにいくか?」


「何よそれ、まるで私がデザイン帳に釣られているみたいじゃないの!」


「風のように自由に飛びたつことを許したんだ、もうそろそろ俺のところに戻ってきてもいいんじゃないか?」


 せがむようにディンがいう。ニーナは首を横にふった。


「私……私、奥さんらしいこと全然できないのに!」


 いつだって服作りのことを考えている。領主の妻なんてつとまりそうにない。


「知ってる。だけどニーナ、お前は世界に一人しかいないだろ?」


 ニーナをしっかりと抱きしめたまま、ずっと大好きだった彼の瞳がニーナにむけられている。


「俺の大好きなニーナ、服づくりが好きでどこまでも飛びだしていって、世界の果てまで行ったとしてもきっと服のことを考えてる。そんなときのお前は若草色の瞳が輝いてほんとうに綺麗だ。お前のデザインはろくに見なかったけど、水車小屋で俺はお前の顔ばかり見ていた」


「あぁもう!」


 もう迷わなかった。結局デザイン帳に釣られたけれどそれでいいのだ。だって私は〝ニーナ&ミーナの店〟の女主人ニーナだもの!


「……いくわ!私と結婚してください、ディン・クロウズ!」


 太陽の光をあびて波打つ麦畑……乾いた麦わらは太陽のにおいがして、彼の髪はそんな香りした。いまはそれがニーナのすぐ近くにある……乾いた土の色をした彼の瞳が、ニーナを見つめて優しく細められた。


「……喜んで。俺の〝初恋〟……バーデリヤのニーナ・ベロア」


 二人の顔が近づいた瞬間、車掌が気まずそうに咳払いをした。


「コホン!その……お邪魔したくはありませんが私も仕事でして……」


「あっ、すみません!じゃあマウナカイアまで一枚お願いします」


 真っ赤になったニーナがあわてて返事をしたけれど、車掌は渋い顔で首を横にふった。


「いいえダメです。お売りできません」


「なんで?席はあるでしょう?」


 さすがに大騒ぎしすぎただろうか、もしかしたら次で降ろされるのかもしれない……いまになって反省していると、車掌は手元のチケットに何か書きこんで、それをピッとちぎり二人に差しだした。


「個室を手配いたしますのでそちらにお移りください。こちらですとその……本物の〝傷心旅行〟をされている皆様の妨げになりますので」


 そのとたんいままで息をひそめて見守っていた魔導列車の車内は、それはもう大騒ぎになった。





「チクショー!うらやましぃーっ!おめでとう!」


「やったな兄ちゃん!」


「おい、あやかれ!マウナカイアで彼女ができるかもしれん!」


「あんたたち最高だぜーっ!」


「ありがとう!」


 車内に巻き起こった祝福の嵐のなかを、ディンがニーナを抱えるようにして走り抜けた。


 どうにかこうにか二人がコンパートメントに逃げこむと、案内してくれた車掌が帽子をとりうやうやしく頭をさげる。


「ではマウナカイアまで四日間の旅となります、どうぞゆっくりおくつろぎください」


 車掌はコンパートメントのドアがしまりきるまで絶対頭をあげなかった。


 だって二人はもう、ゆっくりくつろぐどころじゃなかったのだから。

お読みいただきありがとうございました!

『魔術師の杖』なろう版100万字達成!

『魔術師の杖③ ネリアと二人の師団長』発売記念として書かせていただきました。

ニーナは1~3巻を通じて登場しますが、メインキャラではないためスピンオフに。

本編より糖度高めです。麦わら王子ディン君もよろしくお願いします。

この後に続けて書こうとした『魔道具師メロディとコーヒーの妖精』ですが、別の連載として投稿する予定です。

挿絵(By みてみん)

『魔術師の杖③ ネリアと二人の師団長』発売記念イラスト!

(画:よろづ先生)

ニーナが作った〝羽をもがれし妖精の受難〟正面バージョンです。

可愛すぎる……「背中推しで!」とお願いしていたものの、ラフを見て「うおおお!正面も可愛いんですけど、どうしたらいいんですかぁ!」と叫びました。

よろづ先生、ありがとうございます!

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