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魔術師の杖外伝 王都の恋物語①  作者: 粉雪
キスから始まる婚約破棄
10/11

10.会いたい人に会いにいく

次回、『魔術師の杖』と同時に2月2日0時更新で完結です。

 〝メローネの秘法〟はどんなに泣いても翌朝には目元スッキリ……な、魔術学園の女子たちに伝わる口伝の魔法だ。


 でも朝まで待てない……いますぐ泣きはらした目をスッキリさせたい、そんなときにはコツがある。


 身支度の魔法〝エルサの秘法〟をいっしょに使うのだ。一瞬で寝起きのボサボサ髪もつやつやにまとまり、死んだ魚のような目もパッチリ輝き、シワだらけの服もシャンとして爽やかな香りがするという魔法。


 その昔「お寝坊エルサ」と呼ばれた魔女エルサが少しでも長く眠るために編みだし、覚えるのは面倒でややこしいがその便利さであっという間に女子たちにひろがった。


 しっかりと身だしなみをととのえて工房にもどったのに、ニーナを出迎えたミーナはとても不機嫌そうな顔をした。


「あらニーナ、もう帰ってきたの。ディンの見送りは?」


「もちろん済ませたわよ、さっそく春夏のデザインを考えなきゃ。ミーナ、マウナカイアのデザイン帳はどこ?」


 スターリャとネリィが染料の合成をしているほかは、ガランとした工房にすでにひと気はない。


 アンガス公爵邸での夜会が終われば貴族たちはみな自分の所領に帰る。それにあわせるように冬の休暇がはじまる。


「いっとくけど職人たちは休暇よ、工房だって閉めるのよ」


「わかってるわよ、だから今のうちにデザインを考えておくの。布の発注とかは年明けでいいから」


 ミーナがあきれた顔をした。


「ニーナってば……服に関しては情熱的なくせに、行動力があるわりに恋には臆病よねぇ……妹としてちょっと情けないわ。ディンのことはどうするのよ」


 ミーナがめずらしく毒舌だ。いつもだったら毒舌はニーナの得意技なのに。なんだかカチンときて、言うつもりがなかった言葉が口をついてでた。


「どうもしないわよ、せっかく店が軌道にのってだいじな時期なのよ。ミーナだってそう思ったから前にディンを追いかえしたんでしょ?」


 ミーナが眉をひそめた。


「……追いかえした?ディンがその話をしたの?」


「そうよ、成人したばかりのころに王都まで私に会いにきてくれたって。その話なんでしてくれなかったの?そりゃ私だって彼とキスしたことだまってたけど……!」


 食ってかかるニーナにミーナは冷たい視線をよこした。


「ブサイクね……ブサイクだわ。こんなのが王都じゅうの女子たちが憧れるデザイナーだなんて見てられないわね。ディンのことを十年もほったらかしてたくせに、未練たらたらじゃないの」


 ニーナはさけんだ。うっかり気を緩めるとさっき出しきったと思った涙がまた溢れそうだった。


「ディンのことはもういいの!だからデザイン帳を見せてよ、服のことを考えたいの。私にはそれしかないんだから!」


 手を差しだしたニーナにミーナは首を横にふった。


「まだみせられないわ」


「なんでよ!」


「ゆっくり心おきなくみられるように、あとでちゃんと時間をとってあげるわよ。それにブサイクすぎるあなたのつくる服なんて着たい人いないわ!」


「ちゃんと〝メローネ〟も〝エルサ〟も使ったわよ!」


「そのふたつを使ったってことはビショビショに泣いたってことでしょ、情けないわね」


「うるさい!ミーナのバカ!」


「考えなしのニーナにいわれたくないわ!」


 言い争いをはじめた二人を、スターリャとネリィがぼうぜんと見ている。





「ディンがいったのよ、ミーナと賭けをしたって……『賭けは俺の勝ちだが気にするな』ってミーナに伝えとけって。私にはそんな話してくれなかったくせに!」


「『賭けは俺の勝ち』?ふん、あいつ……まだ勝負はついてないわよ。ねぇちょっとネリィ!」


「はいっ⁉」


 いきなりミーナに名前を呼ばれたネリィは飛びあがった。


「悪いけど届けものをたのまれてくれないかしら?」


「届けもの?」


「そ、けど困ったことに相手は移動中なのよ。私には無理だけどネリィは相手の顔を思い浮かべたら跳べるでしょ?」


 ネリィは一瞬きょとんとしたけれど、すぐに心得たようにうなずいた。


「あー、〝麦わら王子〟でしょ?もちろん覚えていますとも。バッチリみましたからね、キ……強烈な印象の人でしたから」


「いまキスっていおうとした⁉それに〝麦わら王子〟じゃないから!」


 ニーナが抗議する声は無視して、ミーナはまるで荷物のようにニーナを指さした。


「じゃ、お願いね。()()届けてくれる?」


「これ⁉」


「ええ、いいですよ。ばっちゃが前にいってました、『やらない後悔より、やって後悔するほうがずっとまし』って!」


 ふわふわした赤茶の髪をした小柄な娘が元気よくいうと、一瞬でニーナのまわりに転移魔法陣が展開する。


「ニーナさん、思いのたけを吐きだしちゃいましょうよ。そうしないと彼、ニーナさんの手が届かないところにいっちゃいますよ!」


「えっ、ちょっとネリィ⁉」


 ぎょっとしたニーナにミーナが手をふった。


「いいかげん認めなさいよ、あなたが王都で成功したのは()()()()()()()()()()()じゃないわ、心の中に()()()()()()()()()()()よ」


「ミーナ⁉」


「五番街の店でぼんやりしているとき、この工房でふと作業の手をとめたとき、あなたがだれのことを考えているか私がわからないとでも思ったの?」


 ミーナの表情をみてニーナは悟った。やっぱりミーナにはかなわない……ミーナは私のことなんて何でもお見通し。


 風もないのにネリィのふわふわした赤茶の髪がそよいだ。黄緑の瞳をキラキラとかがやかせ、ネリィはあわてた顔をしたニーナにまぶしい笑顔をみせる。


「『会いたい人に会いにいく』の!ニーナが今いちばん会いたい人に!さぁ、ちゃんと考えて!わたしにニーナの願いをかなえさせて!」


「ネリィ⁉ちょっと待っ……!」





 それは一瞬だった。まばゆい光とともに転移したニーナとネリィを見送って、ミーナはふっと寂しそうに笑った。


「ねぇスターリャ、十年ぶりに会ったらふつうはがっかりすると思うのよね、おたがいに。それなのにますますイイ男になっちゃって……私もニーナも、男を見る目があったってことよね」


 二人を見送っていたスターリャは、ミーナに話しかけられてうなずいた。


「ディンさん素敵な人でしたね。あの、ミーナさんはディンさんとどんな賭けを?」


「ん?ニーナにはないしょよ、王都にきたディンにね『いまがニーナには大事なときだからこのまま帰れ、ニーナはディンのことが大好きだから、待ってれば絶対ディンのお嫁さんになる』っていったの」


「まあ!」


「そしたらあいつ『絶対それはない、ニーナはきっと俺のことなんか忘れる』っていうから賭けをしたのよ。ニーナがディンのお嫁さんにならなかったら、私がなってあげる……って」


 スターリャは紅の瞳を大きくみひらく。


「ミーナさん、それって……」


()()()()初恋だったの」


 ミーナがそういってお団子から櫛をぬき黄緑色の髪をほどいた。


「豊かに実った麦畑そのもの、太陽の光を閉じこめたみたいな髪に……乾いた大地の色をした瞳……ぶっきらぼうだけどちょっと優しいの」


 ニーナはずっとディンを見ていたけれど、ミーナはそんなニーナとディンを見ていた。


「そしたらあいつ何ていったと思う?『ミーナがそこまでいうなら待つ。ニーナのことは俺よりお前のほうがよく知ってる』って。それで本当に五年も待つなんてバカじゃない?だから私も負けるわけにはいかないの、だいじょうぶよ切り札があるから」


 そういってミーナは倉庫から少し大きめの収納鞄をだしてきた。


 せっかく自分たち用にも作ったのに、ネリィと出会ってから怒涛の忙しさで使うのははじめてだ。


 ネリィに教えてもらった金具〝ミストレイ〟のしっぽをつまんでひっぱると、鞄からは真新しい生地と染料の香りがふわりと香った。


「これで私も初恋にサヨナラできるしそれに……大好きな姉と大好きな幼馴染がそろってハッピーになるんだもの。それって最高じゃない?」


 スターリャは目をまたたいた。いえたのはこれだけだった。


「私、ミーナさんもすごく素敵な女性だと思います」


「ありがと。次はちゃんと本物の恋をするわ。さてと、私もタクラにいく準備をしなきゃ。まずは両親に謝り倒してから物件を探すの。スターリャ、あなたもいっしょにいくわよ」


「物件?それに私もいくんですか?」


 ミーナは目を丸くしたスターリャに笑いかけた。


「あたりまえでしょ、冬の王都にひとりで置いてったりしないわよ。それにタクラにも急いで拠点をつくりたいの。染織と収納鞄……それに麦わら帽子ね、その製造ができる工房がほしいわ。港の近くで倉庫街を探せばいい物件がありそう」


 拠点をタクラにつくると聞いてスターリャは紅の瞳を輝かせた。


「それならニーナさん、ディンさんの近くで働けますね!でも……王都の店はどうするんですか?」


「工房はこのまま私が監督するとして……五番街の店はスターリャ、あなたが次の女主人をつとめるのよ」


「えっ……」


 スターリャは息をのんだ。自分はまだ雇われたばかりの見習い魔道具師だ。魔道具師の資格だってとっていない。それなのにミーナは自信たっぷりにいった。


「立ち居振る舞いも完璧でだれよりも令嬢らしい令嬢、あなたより綺麗な子なんてこの王都にいないわ。しかもだれよりも熱心だもの、わたしの新しいパートナーになってくれる?」


「で、でも私は〝罪人の娘〟です。とてもお店で接客なんてできません!仕事だってまだ……」


 自分が魔術学園を中退してこの店にきたいきさつは、ミーナだってよく知っているはずだ。


「仕事なんてこれから覚えればいい……私たちだって五年かかったわ。ニーナなんか子どものときからだから十年以上かかってるわよ。ねぇ、ここは魔導国家エクグラシアの王都シャングリラ……それぐらいワケありのほうが売りになるのよ、あなたは堂々としていればいいわ。たった一度のしくじりぐらいであなたのことを落ちぶれたと思っているやつらなんて、笑い飛ばしてやりなさい」


「ミーナさん……」


 スタ―リャが言葉を失っていると、ミーナは明るく歌うようにいう。


「どんなときでも私たちはおしゃれだし可愛いものが大切なの。おしゃれってときに命がけよね。でもまずはタクラで休暇よ、美味しいものいっぱい食べなきゃ。私の傷心旅行につきあってくれる?」


 ミーナはスターリャに軽くウィンクをすると荷造りをはじめた。

やっぱネリィでしょ!そしてここへきてミーナがカッコいい……次回で完結です!

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