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その時

地震が起こった時間、俺達3年は午前から午後にかけて行われた卒業式の練習を終え、明日の本番に向けて会場準備に追われていた。


練習中はガランとあいていた体育館の後方に、父兄席を用意したり、卒業証書授与式が行われる体育館前方のステージに『卒業おめでとう』と書かれた垂れ幕を設置したり、無機質だった体育館の壁に紙で作った花を飾りつけたり――


生徒それぞれが其々に与えられた準備に精を出す中、何の前触れもなく突然に地面が揺れ始めたのだ。


最初は、目眩と錯覚するような静な横揺れ。けれどもその横揺れは、目眩にしては妙に長く感じられて、何かがおかしいと気づいたい時には立っていられない程の大きな揺れへと変わっていた。


ステージに飾り付けられたばかりの垂れ幕は、ゆさゆさと大きく左右に揺れ、縦横綺麗に列を揃え並べられたパイプ椅子は、あちらこちらに大きく乱れる。

全く予想だにしない突然の事態に、俺達生徒の間にざわめきが起こった。



「だ、大丈夫だ、おちつけ! 良いか、頭を低くして絶対にその場から動くな!」



すかさず先生達が俺達に落ちくよう呼びかけた。が、初めて経験する恐怖に俺達が冷静でなどいられるはずもなく――


ざわめきが悲鳴に変わるのに、そう時間はかからなかった。


辺りは一時騒然となる。


一体どれ程の時間揺れていたのだろう。

並べられていたパイプ椅子に夢中で掴まり、頭を隠しながらきつく目を閉じ、揺れがおさまるのを必死で祈ったあの時間、俺にとっては1時間にも2時間にも感じられる長い時間だった。


ようやく揺れがおさまったと、ほっとして顔を上げたのも束の間、俺はガラリと変わった目の前の光景に絶句した。



「……んだよ……これ……。何なんだよ……一体……」



先程、やっと縦横綺麗に列を揃え並べ終えたはずのパイプ椅子は床一面に乱れ散り、俺達卒業生の晴れの舞台になるはずだったステージには、上から吊り下げられていたはずの照明がいくつも落下して、ステージに大きな穴をつくっていた。落ちたは照明は跡形もなく割れ、もう二度と光を放つ事は叶わないだろう。


体育館に暖かな日の光を降り注いでいた窓ガラスもまた、甚大な被害を受けたようで、粉々に割れた箇所がいくつもあった。そしてそのガラスの破片によって、壁際にいた複数の生徒達が血を流し、泣いている姿も目についた。


今目の前に広がる光景は到底現実とは思えない――まるで悪夢のような光景だと思った。


けれどこれはまだ、これから始まる本当の悪夢の、ほんの序章でしかなかった事を、この時の俺はまだ知らない。



***



悪夢のような光景に呆然と立ち尽くした、その後の事はあまりよく覚えていない。

周りが行動するままに身を任せ、断片的な記憶しか思い出せない。


気付いた時には安否確認の為にと校庭に移動させられていた。

そこには俺達3年以外にも全校生徒が集められていて、全員の無事を確認した後、其々の教室に戻るよう指示を受けた。


そして教室に戻って来た俺達は今、手持ち無沙汰の状況で何か動いていないと落ち着かないと、クラス全員で協力しながら散乱した机や椅子の片付けをしている。片付けながら、担任の杉崎先生の帰りを待っている。


先生達はと言えば、安否確認後に職員全員が職員室に集められ、今後についての緊急会議が現在進行形で行われているらしい。


そろそろ教室の片付が終わろうかと言う頃になっても、なかなか先生が教室に戻って来る気配を見せない中、俺達は不安や焦りを益々募らせていた。


一体いつになったら帰宅が許されるのだろう。

学校の状況を考えるに、俺達の家だってきっと被害を受けているはずだ。

家にいたはずの父さんや母さんは無事だっただろうか?

じいちゃんやばあちゃんは?

早く帰って家族の安否を確認したい。

それに、早退した真奈の事だって心配だ。

あいつは大丈夫だったのだろうか?


何もできない時間が過ぎれば過ぎる程に、言い知れない不安が押し寄せてくる。

それなのに今の俺達はここに留まる事しか出来なくて――


何も出来ないもどかしさから、俺は苛立ちを周囲に向けてあたり散らした。



「あぁぁ~くそっ!」



机をバンと蹴りつけながら漏らした声に、クラスメイトの視線が集まる。

そんな俺をみかねて祐樹が宥めにやって来る。



「どうした浩太。元気ないお前なんて、らしくないぞ」

「元気でなんていられるわけないだろ。あんな目にあった後で。それに家族の事だって心配なのに、ここでじっとしてる事しか出来ない」

「まぁ、確かにそうだよな。でもお前は、いつもどんな時でも馬鹿騒ぎして、周りを元気付けてるイメージがあるからさ」



そう言って祐樹は小さく笑う。

だがその笑顔に元気はない。

無理に笑おうとしている。

そんな寂しそうな顔に見えて、不安を感じているのは何も俺だけではないのだと、少しホッとさせられた。と同時に、俺一人が感情的になってしまった事を深く反省した。



「なぁ祐樹、俺達いつになったら帰れるんだろうな?」

「さぁな。でも帰った所で家が無事とは限らないだろうし……」

「おまえっ、不吉な事言うなよな!」

「悪い。でも、あれだけの揺れだぜ。無事である保障なんて……」

「だからこそ早く帰りたいんじゃないか。親父や母さん、じいちゃんやばあちゃん、家族皆の無事を早く知りたいんだよ。それに……」



そこまで口にして、俺は真奈の席へと視線を向けた。

祐樹もまた無言で真奈の席を見つめていた。

俺達は互いに無言になる。



その時――



「おい、何だあれ?!」



クラスの中から突然上がった大きな声にはっとする。

一体何事かと声の方を振り返ると、窓際で数人のクラスメイト達が外を指差し騒いでいる姿があった。



「どうしたんだ、あいつら?」

「さぁ? 何かあったのかな? 俺達も見に行ってみようぜ」



何事かと首を傾げるだけの俺に、祐樹は窓際へと移動するよう促した。

祐樹に促されるまま窓際まで来た俺達は、人垣の隙間から窓の外を覗く。



「どうしたんだ? 外に何かあるのか?」



祐樹が騒ぎの中心にいるクラスメイト、大久保にそう声を掛けると、大久保はそっと身をひいて俺達に場所を明け渡してくれた。

そして窓の外を指差し言った。



「あれだよ、あれ!」



大久保の指し示す先、そこには目を疑うような、信じられない光景が広がっていて――


あまりの衝撃に、俺も祐樹も声が出せないままその場に固まってしまった。



「な……何だよあれ……」



やっとの思いで絞り出した声は震えていて、声だけでなく全身が恐怖に震えていて……それでも目の前に広がる光景に目を奪われ、目を放す事が出来なかった。


そこには俺達の町を多い隠すように、どす黒い液体が広がっていて、その謎の液体はまるで地面から染み出てているかのように、じわじわと俺達の町を飲み込んで行く。


よくよく目を凝らして見れば、その謎の黒い液体の中にはいくつもの家が流され、浮かんで見える。


つい十数分前までは、確かに広がっていたのどかな田舎の田園風景はもうどこにも存在せず、見渡す限り謎の黒い液体に覆われて、家も、田んぼも、道路も、何もないのだ。


俺達の町を飲み込み広がって行くあの黒い液体は一体なんなのか?

一体俺達の町に、何が起こったと言うのか?


目の前の状況に頭の整理が追い付かず、俺達はただ呆然と立ち尽くし、目の前に広がるあまりにも衝撃的な光景を眺める事しか出来なかった。




――『浩太っ』


「っ!……真奈?」



不意に名前を呼ばれた気がしてはっとする。


何故か目の前の景色に圧倒され、真っ白になっていたはずの俺の頭に、真奈の顔が浮かんだ。

数時間前に見送った、真奈のあの笑顔が――


今一瞬、真奈に呼ばれた気がして、真奈が俺を呼んでいる気がして、俺は急に言い様のない不安に襲われた。


体調が悪いと早退した真奈。

彼女の家は、まさにあのどす黒い液体が覆っている範囲にある。

もしかしたら、真奈の身に危険が及んでいるかもしれない。


そう思ったら、いても立ってもいられなくなって、気が付いたら俺は、一人教室から飛び出していた。



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