希望の花
「のぞみ。希望と書いて、のぞみって言うのはどうかな?」
「希望………ちゃん?」
「そう、この子は俺達の希望そのものだから。今までも、そしてこれからも」
突然起こった大地震によって俺はたくさんの大切なものを失った。
家も街も、そして両親までもを失って、未来に絶望しか見出だせなかったそんな時、夢で会う真奈の存在が俺を奮い立たせてくれた。
だから俺は、真奈の行方の分からなかった時も、真奈は生きてると信じる事ができたんだ。
真奈が生きてると分かった後も、あの日交わした真奈との約束がある限り、また真奈に会える日が来ると、信じて前を向く事ができた。
いつかまた真奈に会えると、信じる事が俺の明日へと繋がって、未来への生きる希望へと繋がって行った。
希望を信じてがむしゃらに走り続けた結果が、今の幸せに繋がって、今、目の前にいるこの小さな命へと繋がった。
だからこの子は、俺達の希望そのもので、この先もきっと、俺達に希望の光を照らし続けてくれる。
この先の未来、たとえどんなに辛い事があっても、この子が俺達家族に希望の光を照らし、導いてくれる事を。
そしてまた、この子の存在が俺だけじゃない、沢山の人にとっての希望となる事を願って――
「だから、希望ちゃん?」
「あぁ。だめ……かな?」
「ううん。私は気に入ったよ。ね、のぞみちゃん。あなたもこの名前、気に入ってくれるかな?」
真奈がそう語りかけると、希望は真奈の腕の中で一瞬笑ったように見えた。
「気に入ってくれたみたい?」
「だな。よし、今日からお前は希望だ!」
そう言って、俺は真奈の腕から希望を奪うようにして抱え上げた。
「あ~、ちょっと浩太、そんな乱暴に抱かないで。生まれたばっかでまだ全然首座ってないんだから、頭をしっかり支えてあげないと危ないよ」
慌てたように真奈が言う。
その声と同時に、希望が突然大きな声を上げて泣き出した。
「え? えぇ? 何で泣くんだ? パパだぞ? 俺はお前のパパなんだぞ? 頼むから泣かないでくれよ」
俺は慌てて希望を真奈の腕の中へ返した。
すると真奈の腕に抱かれた途端、何故か希望はぴたりと泣き止んで
「………何故だ? どうして? 何で真奈はよくて俺だと泣くんだ? 何が違うんだ?」
頭を抱えて悩む俺に、真奈がクスクスと笑っていた。
「笑うなよ。こっちは真剣に考えてるんだぞ!」
「だって、ねえ、希望ちゃん」
真奈の腕の中、気持ち良さそうにうとうとしはじめる希望。
そんな希望を優しい瞳で見守る真奈。
二人を見つめながら俺は、今流れるこの時間に小さな幸せを感じた。
そして、そんな小さな幸せに、自然とこぼれた言葉があった。
「真奈、ありがとう」
「? どうしたの、突然?」
「いや、急にありがとうって、伝えたくなって」
「? 変な浩太」
変なんかじゃない。俺は毎日、真奈への感謝の気持ちでいっぱいなんだ。
14年前のあの日、両親を失って、家族を失って、絶望を感じていた俺が、またこうして家族に囲まれて笑っていられるのだから。
「家族を無くした俺の、家族になってくれてありがとう。またこうして新しい家族をくれて、ありがとう」
「……浩太」
俺がニッコリと微笑むと、真奈も釣られて笑う。
その真奈の笑顔が愛しくて俺は無意識に真奈に向かって手を伸ばした。
そして真奈の顔を引き寄せると、真奈のおでこに、目に、頬に、そして唇にそっとキスを落として行く。
真奈はくすぐったそうに笑っていた。
そんな俺達の元に、下からじっと向けられる視線を感じて下を見ると、希望が手足をバタバタさせていた。
「どうした、お前もして欲しいのか? 仕方ない、希望にも」
そう言って俺は、希望のおでこにちゅっとキスを落とした。
「生まれてきてくれてありがとう。家族になってくれてありがとう、希望」
愛おしい愛娘の頭を撫でてやりながら、俺は希望にも感謝の言葉を伝えた。
「あ、そうだ浩太、写真撮ろうよ!初めての家族写真!」
そう言いながら突然、持ってきていた鞄の中から、がさごそとA5サイズ程のスクラッチブックを引っ張り出す真奈。
「見て見て、これが私達夫婦の記念写真」
そう言って、開いた一枚目のページには、2年前の卒業式に、同級生皆の前で俺が真奈にプロポーズした日の写真――体育館の壁一面に描かれたフォトモザイクアートを背に、皆で撮ったあの写真がおさめられていた。
次のページを開くと、そこには小学生の時の俺と真奈の写真が貼ってあった。小学生の入学式、遠足、運動会、修学旅行、小学生だった頃の思い出の写真。
「私と浩太の思い出の写真をね、このフォトブックに収めてるんだ。懐かしいでしょ?」
「あぁ。あの地震で、俺が無くしてしまった写真ばっかりだ。家族との写真は母さんが残してくれてたけど、学校の思い出写真は津波に流されてなくなっちまったから。でもよく残ってたな?」
「ふふふ、それね、タイムカプセルの中身。大切な思い出がつまった写真を抜粋して埋めてたんだけど、何故かほとんどの写真に浩太が写ってたんだよね」
「お前、そんなに前から俺の事が好」
「はいはい。好きだったみたいですね~。全然無自覚だったけど」
「んだよ。その他人事みたいな言い方」
「いいから、続き。続き見てみて」
「……はいはい」
次のページを開くとそこには、俺と祐樹、真奈の三人で生徒会就任記念に撮った、あの見慣れた写真が貼られていた。
「これ……まだお前も持ってたのか……」
「え? じゃあ浩太も?」
「あぁ、俺の手元に唯一残った、真奈との思い出の写真だった。今も手元に大事に残ってるよ」
「そうなんだ。浩太も大事に持っててくれたんだね。これね、いつも大事に鞄に入れて持ち歩いてたから、あの地震の後、私も唯一手元に残った写真だったの。東京にいた頃もいつもこの写真を見ては浩太の事を思い出してたよ」
「俺もだ」
「……同じことしてたんだね、私達」
そう言って、真奈はクスクスと笑った。
更にページを開く。と、そこには大人になった最近の俺と真奈が写っていた。
初めてのデート記念に二人並んで撮った写真。
同棲を始めた記念に、引っ越したばかりのアパートで二人で撮った写真。
結婚の報告に行った時に俺のじいちゃんとばあちゃんと写った写真。
東京に住む真奈の叔母さんと叔父さんと、そして真奈の従姉妹と撮った写真。
それから、結婚式の日に撮った写真。
お腹の大きくなった真奈と撮った写真。
真奈と再会してからの、この2年間の俺達夫婦の思い出の写真が並んでいた。
「一気に飛んだな」
「仕方ないよ。私達には12年の空白の時間があるから……」
少し寂しそうに呟く真奈。
「真奈……んな顔するなよ」
シュンと落ち込み顔の真奈に向かって手を伸ばし、俺は頭を優しく撫でてやる。
「俺達にはあの空白の時間があったから今があるんだ。もしあの時間がなかったら、俺はお前への気持ちに気付けなかったかもしれない」
「……浩太の意地悪……」
励ますつもりで掛けた言葉に、真奈はぷうと頬を膨らませて拗ねた様子を見せた。
「ゴメンゴメン。でも、俺はお前と離れていた12年と言うあの時間を忘れない。もちろん、その原因となったあの地震も……」
「…………」
「過去があるから今がある。今があるから未来がある。あの時間も俺達家族の今と言う幸せを形作った思い出の一部だから。そして、あの時の経験があるから、俺達の間には強い絆が生まれた。俺は、そう思ってるよ。そんな強い絆で結ばれたお前とだからこそ、俺はお前となら絶対、幸せな未来を辿って行けると信じてる」
「……そうだね。きっと、そうだね。ねぇ浩太、これからも沢山の思い出を一緒に作って行こうね。そうして、私達家族の記念をこのフォトブックにおさめて行こ」
真奈の言葉に、俺もニッコリ微笑んで
「そうだな。これから先、沢山の思い出を共に築いて行こう」
「約束だよ、浩太」
「あぁ、約束」
そう言って俺は真奈のおでこにキスをした。
真奈との新しい夫婦の約束を交わしながら、俺達は希望を囲んで家族3人での初めての記念写真を撮った。
また一つ、俺達家族の思い出が、フォトブックに刻まれて行く。
この先もきっとこうして、沢山の思い出が刻まれて行くのだろう。
そんな未来を想像しながら、俺はまだ見ぬ未来に胸を踊らせた。
一分、一秒も後悔しないように、俺は真奈と希望と共に今と言うかけがえのない時を刻んで行こう。
たとえ未来に楽しい事ばかりじゃない、辛い出来事が起こったとしても、日々重ねた幸せな時間が俺達の力になるから。
生きる希望に変わって行くから。
だろう?父さん。
――『浩太、父さんのモットーをお前にも教えてやる!』
『モットー?』
『そうだ。目標って言えばお前にも分かるか? 人生生きて行く上での父さんの目標』
『それなら分かる! 父さんの目標て何? 教えて教えて!』
『それはな、どんな時でも楽しく生きる事だ。どんなに辛い時でも、どんなに嫌な事があっても、それを辛い、嫌だと思わずに、楽しむんだ! 今を楽しむ。それが父さんのモットー! いいか浩太、一瞬一瞬を一生懸命に楽しめ!そうすればどんなに辛い過去も未来では良い思い出としてお前の心に残り続ける。お前と言う人間を形作る糧となる。いいな浩太。今を全力で楽しめ!』――
だから父さん、母さん、俺は生きて行くよ。
新しくできた俺の家族と共に。
父さんと母さんがくれた幸せを胸に。
そして、父さんが教えてくれた言葉を胸に。
今を全力で楽しんで生きて行くよ。
だからこれからも俺達家族を、見守っててね。
Fin
「15の春 絶望の中見つけた希望の花は○年後に花開く」
これにて完結です。
ここまでお付き合い頂き誠にありがとうございました。
東日本大震災から10年以上経った今も、毎年のように自然災害、戦争、物価高による生活の困窮と、辛いニュースばかりが続くご時世ですが、日々の暮らしの中にある小さな幸せを一つ一つ拾い集めながら、頑張ろうと前を向いて貰えるような、そんなエールを贈れる物語に少しでもなれていたら嬉しく思います。
浩太の物語は、これにて完結となりますが、実は真奈目線から綴った物語もあったりするので、近々そちらも御披露目できたらなと思っております。
改めてになりますが、ここまでお付き合い下さいまして、本当に本当に、ありがとうございました!
また新たな物語でお会いしましょう。




