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15の春 未来を奪われた俺達が絶望の中見つけた希望は○年後に花開く  作者: 汐野悠翔


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おめでたい出来事

――2年後

寒かった冬が終わり、暖かな日差しにすっかり雪が溶けきった4月下旬のある日。



「佐々木先生! 今病院から電話があって、 奥さんが……奥さんが……」



平日の静かな午後、3年生のクラスで授業をしていた俺の元に、同僚の高橋先生が緊急の知らせを運んで来た。

俺は最後まで言葉を聞かずに慌てて廊下に飛び出す。



「すみません高橋先生、後の事は頼みます!!」

「えぇ? 佐々木先生、授業は? どこに行くんですか~?」


生徒達の戸惑いの声を遠くに聞きながら、俺は無我夢中で走った。


職員用玄関で靴を履きかえ、校舎を後にする。

校門から一歩足を踏み出せば、ため息が出る程に綺麗な景色が広がっていた。

学校から町へと続く坂道の、両側に植えられた桜の木は満開に咲き誇り、花びらがハラハラと舞い踊っているのだ。

そんな中を、俺は自転車に跨がり下って行く。

アーチのように頭上に広がる桜の景色は、まるで俺達を祝福しくれているかのようで、心が躍った。

そんな美しい景色に背中を押されながら、俺は更にスピードを上げた。

向かう先は、この小さな田舎町に唯一存在する総合病院。




「すみません! 妻の……妻の佐々木真奈は無事ですか?!」



病院に着くなり、産婦人科病棟のナースステーションに駆け込み、看護師さん相手に物凄い形相で詰め寄る俺に、看護師さん達は優しい笑みを浮かべながら言った。


「佐々木さん、少し落ち着いて下さい。奥さんは無事ですよ。母子共に元気です」

「本当ですか?! よ、良かった~」



看護師さんの言葉に安堵した俺は一気に力が抜けて、情けなくもヘナヘナとその場にしゃがみ込んでしまう。



「今は赤ちゃんと病室で休まれてますよ。だからくれぐれも騒がず、お静かに、安静にしてあげて下さいね、お父さん」

「は……はいっ!ありがとうございます!!」


看護師さんから掛けられた、聞きなれない単語に、俺は背中がむず痒くなるのを感じながら、再び力を奮い立たせて、立ち上がる。

そして真奈が待つ病室へと全速力で走り出した。


「だから、お静かに! 病院内は走らない!!」



遠くに看護師さんの怒鳴り声を聞きながら、俺は早歩きへと切り替え真奈の待つ病室へと急いだ。



「真奈っ!」

「よぉ浩太、久しぶりだな」



真奈のいる病室へと、早歩きで飛び込んだ俺を出迎えたのは、最愛の妻――ではなく久しぶりに会う友人だった。



「祐樹っ?! おまっ……どうしてここに……?」

「どうしてって、見れば分かるだろ、仕事だよ仕事。前にも話しただろ。スキルアップの為に月に一度、親父が昔働いてたこの病院で、非常勤として働かせて貰ってるって。で、休憩時間にふらっと寄ってみたら、グッドタイミングだったぜ」


白衣に身を包んだ祐樹がニヤリと勝ち誇ったように笑ってみせながらそんな事を言った。


祐樹は今、医者として祐樹のおじいさんが経営している病院で働いている。

おじいさんの病院は、震災後裕樹が引っ越して行った岐阜の地にあるのだが、将来はおじいさんの病院を継ぐべく、非常勤医師としてこうして他の病院へ修行に出されているらしい。



「グッドタイミング、じゃね~よ! お前、見たのか? もしかして俺より先に、俺達の子供に会ったのか?!」

「おう、見たぞ。ちっこくて真っ赤で、猿みたいだった」

「はぁ~? 猿、だと?! この野郎~、俺の可愛い子供に向かって猿とはなんだ! 俺より先に俺の子に会っておきながら失礼な奴だな!ってか少しは遠慮しろよ。何でお前が俺より先におれの子供を見てんだよ!」

「良いだろ別に、減るもんじゃなし」

「減るわ! お前が見たら減るんだよ!!」

「ちょっと浩太、さっきから聞いてれば、何馬鹿な事言って騒いでるの? うるさいんだけどっ!」



俺と祐樹の言い争いに、病室の奥から不機嫌な声が飛んでくる。

病室の一番奥のベッドを隠していたカーテンが開いたかと思うと、そこから真奈が不機嫌な顔を覗かせた。



「っ!真奈!」



真奈の姿を見るなり、俺は急いで真奈の元へと駆け寄った。

そして、近付くなり真奈の腕に抱かれてスヤスヤ気持ち良さそうに眠る小さな小さな赤ん坊の姿が目に入った。

初めて見る我が子に、俺は嬉しさのあまり言葉を失う。


「…………」

「良かったな、浩太。元気な女の子だそうだ」


そんな俺に、祐樹が言った。


「…………」



祐樹の言葉にまた俺は違った意味で言葉を失う。



「…………」

「どうした浩太、黙り込んで。嬉しくないのか?」

「…………何で……」

「ん?」

「何でお前が俺より先に俺の子供の性別知ってるんだよ!」

「何でって、お前が来るまでの間に抱かせて貰ったからな。そのついでに色々と話を聞かせて貰ったんだよ。性別だけじゃなくて身長も体重も知ってるぜ」

「な、お前っ……俺の子供を俺より先に抱いたのか?! 許せねぇ、それだけは絶対許せねぇ!よくも俺の初めてを奪いやがったな!!」



裕樹の胸ぐらを掴んで激しく揺さぶっていると、俺の声に驚いたのか、真奈の腕の中で気持ち良さそうに眠っていた赤ん坊が、急に大きな声を上げて泣き出した。



「ちょっと浩太! 騒ぐんだったら病室から出て行って! 浩太の声に怯えてるじゃない! 可愛そうに。ゴメンね、びっくりしちゃったよね」

「だって、だって祐樹が~」

「もぉ、いちいち嫉妬するの面倒臭いからやめてよね」

「そうだぞ浩太。嫉妬深い男は嫌われるぞ。なぁ真奈。真奈は本当にこんな奴と結婚なんてして良かったのか?」

「祐樹てめぇっ! 今、俺の嫁さんを名前で呼び捨てしやがったな!」

「仕方ないだろ。結婚して苗字は佐々木になったんだし、もう桜井なんて呼べないだろ。だったら名前で呼ぶしかないじゃないか。なぁ真奈」

「うん。私は全然構わないよ。て言うかゴメンね祐樹君、こんな馬鹿な奴に付き合わせちゃって」

「おい真奈、何でお前まで()()君なんて、名前で呼んでんだよ? 今までは沢田君だったじゃないか!」

「もぉ浩太、ホントに面倒臭い。いちいち反応するから、沢田君に弄られるんじゃない。いい加減にしないと本気で怒るからね! 」

「ゔぐっ……」



真奈の“本気の怒り”を感じて俺はシュンとする。

そんな俺を見て、裕樹は楽しそうにクスクスと笑っていやがるもんだから、余計に腹が立って仕方がない。

クソ、覚えてろよ、祐樹の奴!



「さぁてと、これ以上浩太をいじめるのも可愛そうだから、俺はそろそろ退散するとしますかね」

「ゴメンね沢田君、騒がしくて」

「いいよ。相変わらずな二人が見れて楽しかったし。じゃあ俺は仕事に戻るわ。お二人さん、末永くお幸せにな」

「ありがとう沢田君。沢田君も元気でね」

「おう。って言っても俺は仕事でちょくちょくこっちにも戻ってきてるから、そのうちまた顔出させて貰うよ」



そう言って、病室から去って行こうとする祐樹。

その背中を見ながら、昔聞いた祐樹の言葉が一瞬頭に過った。


―ー『好きだよ、桜井の事。一目惚れだった』


「祐樹っ!」



気が付くと、俺は慌てて裕樹を呼び止めていた。

真奈の事が好きだと言った祐樹は、いったい今どんな気持ちで俺達を見守ってくれているのだろうか。ふとそんな事が気になって。



「あ、ありがとな、祐樹……」



だが、呼び止めてみたものの裕樹の思いを聞く勇気も出せなくて、俺は遠慮がちにお礼を言った。



「おう」

「お前も……」

「ん?」

「お前も早く幸せになれよ?」



裕樹の事情を知っていながら、いったい俺はどんな顔してそんな言葉を口にしているのだろうか。

何度となく俺の背中を押してくれた親友に、俺からは何の気の聞いた台詞も掛けてやれなくて、自己嫌悪に陥る。

けれど祐樹は、「おう。任せとけって!」と、爽やかな笑顔を浮かべながら、ただ一言、そう言い残して病室を後にした。

祐樹が消えて行った病室のドアを、いつまでも見つめている俺に、真奈がこんな話を聞かせてくれた。


「大丈夫だよ、浩太。前に沢田君が話してくれたんだけどね、沢田君にはずっと好きな人がいるんだって。その人は生まれながらに重たい病気を背負ってて、沢田君が医者を目指したきっかけも、その人に出会ったからなんだって。その人の病気を治す為に医者になって、いつか絶対病気を治して、その人にプロポーズするんだって言ってたよ」


「……裕樹がそんな事を?」



真奈が聞かせてくれた話は、俺は初めて聞く話で、少し驚きながら聞いていた。



「うん。でね、これはさっき教えてくれた話なんだけど、ついに沢田君、その人にプロポーズするんだって言ってたよ。だから大丈夫。沢田君なら絶対その人と結ばれて幸せになるよ。だってずっと一途に思ってその人の為に頑張って来たんだもん。カッコイイよね、沢田君」

「そうだな、カッコイイな。だから尚更、幸せになって欲しいよ、あいつには」



臆病だった俺の背中を押して、自分を犠牲にしてま

俺達に幸せを与えてくれた裕樹。

そんなかけがえのない友の幸せを、今度は俺が願う番だ。


神様、どうか祐樹にも、最高の幸せが訪れますように。どうか、どうか見守っていてください。

祐樹が消えていった病室のドアを見つ続けながら、俺は心の中でそう強く願った。



「浩太?」



不意に真奈に呼ばれて振りかえる。



「どうしたの、ぼ~っとして?」

「いや、何でもない」

「そう? なら良いけど。ねぇ、そう言えば浩太が来たらまず最初に聞こうと思ってた事があるんだけど」

「ん? 」

「名前。この子の名前、何て付けようか?」



優しく微笑みながら、赤ん坊をあやしている真奈。

その顔は今までとはどこか違って見える。

それはもう立派な、母親の顔。


真奈と真奈の腕に抱かれた赤ん坊の姿を視界に映しながら、俺はベッドの脇に置いてあった丸椅子に腰かける。


「実は、ずっと前から考えてた名前があるんだ」

「え、本当?聞かせて聞かせて!」


はしゃぐ真奈の姿にクスリと小さな笑いを零しつつ、俺はずっと考えていた俺達の子供の名前を口にした。


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