告白
「私ね、あの日病院から家に帰る車の中で被災したの。車の中で流れていたラジオから津波の避難勧告を聞いて、お母さんが慌てて車を海と反対方向に走らせた。でも……逃げ切れなくて………押し寄せる水と、瓦礫の山に車が襲われて……」
そう話す真奈の体が小さく震えている事に気付いた。
俺は真奈の手をギュッと握った。
その手はまるで氷のように冷たかった。
「その衝撃で私は気を失って……そこから先の記憶が途切れてる。どうやって助かったのか、何も覚えていないの。気が付いたら病院のベッドの上にいて……知らない看護士さんとお医者さん達に囲まれてた。
後から看護士さんが教えてくれた話によれば、私はお母さんと二人、瓦礫の中から自衛隊の人に助けられたんだって。そして……一緒に見つかったはずのお母さんは、見つけられた時、既に体が冷たくなってた。私を瓦礫から守るように覆いかぶさって……」
「……おばさんに守られたんだな」
真奈は小さく頷く。
「私だけが微かに息をしていたらしくて、自衛隊の人が急いで病院に運んでくれたんだって」
「……そうか、大変だったな……」
「……」
先生から聞かされていて、おばさんが亡くなった事は知っていた。けど真奈の口から直接聞くと、何と声をかければ良いのかわからなくて、俺は月並みの事しか言ってやれなかった。
そんな俺の言葉に、真奈はと言えば苦しそうな顔で俯いて、咄嗟に俺は今度は自分の事を話していた。
「………実はさ、あの津波で俺の両親も死んだ」
「えぇ?!」
真奈は目を大きく見開いて、信じられないと言った顔で俺に向けてきた。
「そんな顔すんな。両親が死んでも、俺にはじいちゃんとばあちゃんがいたから。だから俺は今、こうして教師としてここで働けている。お前にもいたんだろ? 身寄りの無くなったお前に、手を差し延べてくれた人が」
真奈はコクんと再び小さく頷く。
「いたよ。お母さんの妹の美智子おばさんが。あの地震で、私達家族の事心配しててくれたみたいで、病院の人がおばさんと連絡を取ってくれたら、その日のうちに病院まで飛んで来てくれた。お母さんの事話したら、家においでって言ってくれて、私を家族として迎え入れてくれた」
「……そっか。良かった。お前が一人じゃなくて」
「……」
「大変な目にあったお前が一人じゃなくて、本当に良かった」
俺の何気なく言った言葉に、真奈は一瞬泣きそうな顔をしながら視線を更に下へと反らした。
そして、消え入りそうな声で、こう言葉を漏らした。
「………大変なんかじゃ……なかったよ」
「え?」
「だって……皆が地震で怖い思いをしたのに、私にはその記憶がないんだもん。それに……私は一人だけ安全な場所に逃げた。私は、あの時の地震の悲惨さをテレビの映像でしか知らない……。皆が辛い思いをしていた時に私だけが………」
はっとした。
真奈が俺達に会う事を恐れた理由はそれだったのかと。
「お前……もしかして……それが皆に会うのが怖い理由か? この町に帰ってこれなかった本当の理由は、俺達に後ろめたさを感じたからなのか?」
また小さく真奈は頷く。
俺は悔しさに唇を噛んでいた。
「ばっかやろう!! そんな事、責める奴なんて誰もいねぇよ。そんな事でずっと自分を責めてたのか?」
「だって………」
「馬鹿野郎……そんなくだらない事、気にしなくて良いんだよ! 真奈が生きてるって聞かされた時、皆がどれだけ喜んだか。なのに12年もずっと連絡が取れなくて、どれだけ心配してたか。俺は、俺達はこの12年間、何度も何度もお前に会いたいって願ってきた。生きてさえいればまたきっと会えるって、心のどこかで不安に押し潰されそうになりながらも、ずっとずっと、お前の事を信じて待ち続けた。なのに……それなのに……そんな……そんなくだらない理由で音信不通になってたなんて、そっちの方が俺は許せない!」
俺は、きつい口調で言い放った。
と同時に、真奈の手を握る俺の手にも自然と力が入ってしまった。
「……………ゴメン……なさい」
俺の態度に怯えているのか、真奈の頬に一粒の涙がこぼれる落ちる。
「12年だぞ? 卒業式の後に、ここで待ってるって約束してから、12年もの間、俺はずっとお前の事を待ってたのに……」
「……ゴメンなさい」
ポロポロと涙を零れ落としながら、何度も何度も謝る真奈。
そんな真奈の姿に俺は小さくため息をつきながら、握っていた真奈の手を俺の方にぐいっと引き寄せた。
そして、震える真奈の体をきつく抱きしめた。
「もういいよ。もういいから泣くな。もう自分を責めたりなんかするな。お前が無事に生きていてくれた。そしてまたこうしてお前と再会する事ができた。それだけで俺は本当に嬉しいんだ。あの時の約束を、今の今まで信じて待っていて良かった。これでやっと、お前に伝えたくても、ずっと伝えられなかった言葉を伝えられる」
「……え?」
抱きしめていた真奈を一度解放してやりながら、俺は窓際の机へと近付いて行く。
そしてズボンのポケットから鍵を取り出して、机の一番上の引き出しをその鍵で開けた。
「……その机の引き出しが、さっきあの子達が言ってた開かずの引き出し? どうして浩太がその鍵を持ってるの?」
俺の行動を不思議そうに目で追いながら、キョトンとした顔で真奈がそんな疑問を投げ掛けてくる。
「そりゃ俺が、引き出しを開かなくした張本人だからな」
「浩太が? どうしてそんな事したの?」
「この中に、大事な物を隠してたから」
「大事な物?」
「そう。本当なら12年前の今日、お前に渡すはずだったもの」
俺は12年ぶりに引き出しからから“それ”を取り出すと、大事に手に握りしめながら真奈の元へと近付いて行く。
そして真奈の目の前にしゃがみ込んで、ニッと悪戯に笑って見せながら、真奈の首元へ“それ”をつけてやる。
「12年もかかっちまったけど、あの時のバレンタインのお返しだ」
「え?」
「あの時の約束を果たしに、いつかお前が生徒会室に来る日を信じて、ずっと引き出しに隠してたんだ。鍵までかけて厳重にな。まさか12年も待たされるとは思ってなくて、怨念だのなんだの変な噂がたっちまったけど」
「……」
“それ”をつけている間、ずっと真奈は放心状態で返事をしてくれない。
仕方なく俺は、一方的に話し続ける事にした。
「ったく本当に……待たせ過ぎだっつの」
「…………」
「でも、これでやっと……お前に気持ちを伝えられる。よし、出来た」
「…………」
俺は、クローバーの形をしたネックレスを真奈の首につけ終えて、真奈から体を離そうとした、その瞬――真奈の耳元でそっと囁いた。
「好きだ、真奈」と。




