東一中七不思議
「さぁさぁ、生徒会室が近づいて参りました。東一中に伝わる七不思議の4つ目、開かずの引き出しがある生徒会室です」
「ね、ねぇねぇ、慎ちゃん……卒業した僕たちが、こんな所まで忍び込んで本当に大丈夫かな? いくら今日が地域の人向けに学校が一般開放されてる日とは言え、見つかったら怒られたりしないかな?」
「大丈夫だって。約束しただろ、中学最後の思い出作りに、俺等3人でこの学校の七不思議を見て回ろうって」
「確かにしたけどさ……」
「今更びびってんのか、陽介? お前は昔から怖がりだからなぁ」
教室の外から聞こえる男子二人組の話し声。
本人達は3人と言っていたから、声は聞こえていないだけで、もう一人いるのかもしれないが。
会話からするに、どうやら彼等は卒業生らしい。
お互いを呼び会う名前から察するに、俺のクラスだった陽介と慎太郎か?
どうやら彼等の目的地は厄介な事に、この生徒会室のようだ。
「び、びびってなんかないよ! 僕だって4月からは高校生になるんだから、べべべ別に、怖くないもん」
「よし、その意気だ。じゃあさっきの話の続きからな。お前等知ってるか? 生徒会室の開かずの引き出しの噂。その噂によると――」
「ただ鍵がかかってるだけだろ」
やっともう一人の声が聞こえてきた。
この冷めた声とクールな返しは、二人と仲の良い颯太だろうか?
「こら颯太、人の話の腰を折るな! まだ続きがあるんだから最後まで聞けって!」
「……はぁ、アホらし。俺、もう帰りたいんだけど」
やっぱり颯太だったか。クールな颯太のうんざりした顔が目に浮かぶようだ。
だが、何故か颯太はなんだかんだと文句を言いながら、ガキ大将の慎太郎の我が儘にいつも付き合ってやるのだ。
いつかの俺と裕樹みたいだなと、会話を聞きながら思った。
「その噂によると、あの机を処分しようと言う話が持ち上がる度に、学校で事件が起こるらしいんだ。生徒が交通事故にあったり、集団食中毒にあったりな」
「はぁ、俺の帰りたいって意見は無視かよ」
「いつ頃から開かなくなったのかは分からないが、歴代の生徒会の誰かの怨念が篭ってるとか、10年前の地震で亡くなった生徒の呪いなんじゃないかとか、色々な憶測が飛び交ってる。けど、未だ謎は明かされないまま」
「で? 俺達が今からその謎を解明すると?」
「そうだ。さすが、分かってるじゃないか颯太」
「え? もしかして無理矢理あけるつもりなの? やめようよ慎ちゃん、本当に僕達呪われちゃうよ」
「ホ~ント陽介はビビリだな。大丈夫だって、この俺がついてんだから」
「……はぁ……アホくさ」
全くもって颯太の意見に賛成だ。3人の会話を隠れて聞きながら、俺も颯太同様ため息が漏れ出た。
「はぁ……たくあいつらは……」
さて、どうやってあいつらを追い払おうか。俺がそんな事を考えていると、隣から真奈が不思議そうに小声で尋ねて来た。
「ねぇ浩太、私達の時代にそんな変な噂あったっけ?」
「ん? まぁ、後で説明してやるよ。とにかく今はあいつらに見つかりたくないんだろ。なら静かにしてろ」
「う、うん、わかった」
そう言って真奈は自身の手で口を抑えてみせた。
「ん? 今、なんか……生徒会室の中から話し声が聞こえなかったか?」
「えぇ?! ま、まさかぁ。僕には何も聞こえなかったよ。し、慎ちゃんの気のせいなんじゃないの?」
「いや、俺にも聞こえた」
「だよな、颯太。気のせいなんかじゃないよなぁ」
「あぁ」
「……ちょっとやめてよ二人共~」
「馬鹿野郎。いちいちビビんな、陽介! 来月から高校生になるヤツがみっともないぞ」
「でも、だって僕やっぱり、高校生になろうと、お化けは怖いんだもん。怖いものは怖いんだもん!」
「ったく、情けない奴だな。いいか、俺が最初に入って確かめてやるから、お前は俺の後ろにでも隠れてろ」
「えぇ?! 本当に開けるの? ねぇ、やっぱりやめようよ、肝試しなんてやめようよ」
「いいか、開けるぞ。開けちまうからな。いちに~の、さんっ!」
慎太郎の掛け声と共に生徒会室のドアが一瞬激しく揺れる。
「あれ?」
「どうしたの、慎ちゃん?」
「……開かない」
「……え?」
「だ、だから、いちいちビビんな陽介」
「鍵がかかってるみたいだな」
「颯太は反応がクール過ぎ。クールが過ぎて逆につまらん。何で誰もいないはずの生徒会室に鍵がかかってるのかって、不思議に思わないのか、お前は?」
「不思議もなにも、誰もいないから鍵がかかってんだろ。特別教室なんて、だいたい鍵がかかってるもんなんだよ」
「え? でもさっき、中から話し声がしたって……慎ちゃんも颯ちゃんも言ってなかった?」
「た、確かに。中からは確かに話し声が聞こえた。のに鍵がかかっているのは、やっぱり不自然だよな」
「え? え? じゃあ、ここは本当に東一中の心霊スポットなの?」
「んなわけないだろ。馬鹿な事言ってないで、鍵がかかってたら中にも入れないし、これ以上陽介を怖がらせるのは可哀想だ。ここは素直に諦めて帰ろうぜ、慎太郎」
「嫌だね。声の正体を確かめるまで俺は帰らない!」
「ならどうするつもりだ? 職員室に鍵を取りに行くか?」
「ば、ばか言え。そしたら俺達が無断で学校に忍び込んだ事がバレちまうじゃないか」
「じゃあ、諦めて帰るしかないだろ」
「ここまで来といて帰るって、颯太、お前はどうしてそんなつまんない奴なんだよ」
「だって面倒だろ?」
「お前は気にならないのか? 七不思議の真相が! あの声の正体が!」
「別に、興味ないし」
次第に言い争いを始める慎太郎と颯太。
「ったくあいつらは何やってんだ。諦めてさっさと帰れよな」
「どうするつもりなのかな?」
不安そうな真奈が、無意識に口許を抑えていた手を緩めながら、不安そうに口を開く。
「さあな。まぁ、でも帰らないって言うなら、無理にでも帰らせるまでだ」
「え? ちょっ……浩太、何するつもり?」
「へへへ、こうするつもり」
そう言って俺はズボンのポケットからライターを取り出すと、火をつけた。
そして内側からドアをかたかたと小刻みに揺らしてみせた。
「っ!? ね、ねぇ、慎ちゃん、颯ちゃん、喧嘩してる場合じゃないよ。中を見てよ。すりガラスの向こう、なんか赤く光ってる。あれって……火の玉? それになんか急にドアも小刻みに揺れ出して……」
「あ、あぁ……確かにぼんやりと明かりが………」
会話から伺える生徒達の動揺。
途中から何だか面白くなってきた俺は、ドアを揺らす力を更に強くした。
そんな俺の行動に、真奈はといえば、顔を真っ青にして頭を抱えている。
焦った様子の真奈に、俺はニッと悪戯に笑って見せながら、「まぁ見てな」とでも言いたげに、大きく頷いてみせる。
そして、力を加減しつつドアの上部、スモークガラスがはめ込まれた部分を“バンっ!“ と、ガラスが割れない程度には力を加減しつつ、できる限りの強さで叩いてみせた。
「うわ、わ、わ、わぁぁーーーっ! で、出た~~~~~~~!」
「こ、こら陽介、お前、俺達を置いて一人で逃げるなぁ!」
陽介の叫び声は遠くへ離れていきながら、慎太郎の怒鳴り声が聞こえる。
どうやら陽介は一人先に逃げ出したらしい。
よし、一人目脱落。
この調子で次は――
「呪ってやるぅ、ここを開けた奴は、呪ってやるぅ。帰れ……帰れ………今すぐここから、立ち去れぇ……」
出来るかぎりの低い声で、唸るようにそう吐き出しながら、ドアを激しく揺らした。
「ちょっと浩太。そんな子供だましの脅しなんて、すぐばれちゃうよ!」
声を潜ませながらも、焦ったような口調で真奈が隣から野次を飛ばす。
それでも俺は、続けて唸り続けた。
「呪ってやる……呪ってやる……呪ってやる~」
そしてもう一度、ガラスを“バンっ!“と思いきり叩いた瞬間
「ゴ、ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい! もうしません。二度とこの場所には近付きませんから、どうか、どうかお許し下さいっ」
慎太郎の悲鳴と、ドタバタと走り去って行く足音を最後に、辺りは静寂に包まれる。
「ふう、どうやら行ったみたいだな」
俺が小さな声で真奈に向かって話しかけると、真奈は「……みたいだね」と少しホッとした顔で言った。
薄暗い部屋の中、互いに顔を見合せながら、どちらからともなく大きなため息が漏れる。
「おい、真似すんなよな」
「ちょっと、真似しないでよ」
「そっちこそ!」
「そっちこそ!」
似たような台詞を同じタイミングでハモる俺達。
12年ものブランクがあっても、妙に息の合ったやり取りは健在で、どちらからともなく今度はクスクスと笑い出した。
「先生?」
「「っ?!」」
そんな俺達に、ドア一枚挟んだ廊下から不意に声がかけられる。
俺達は飛び上がって驚いた。
三人共逃げて行ったものとばかり思っていたが、まさかまだ一人残っていたなんて……
「中にいるのに鍵なんかかけて何やってんの? 佐々木先生」
口を押さえながら、息を殺して無言を貫く。
不味いことに俺の正体までバレるとは……
「今さら隠れても遅いよ。さっきから話し声やら笑い声やらこっちに洩れてきてるから」
「……その声、颯太か?」
「そうだよ」
「お前、陽介や慎太郎と逃げたんじゃ?」
「逃げる? なんで。だってさっきの全部先生の仕業でしょ? バレバレだっつの」
「う゛……」
「いい歳した大人が、幽霊の真似事して「呪ってやる~」とか、恥ずかしくない?」
「ゔぅ…………」
「そんな事した理由も、生徒会室に鍵かけて女連れ込んでる理由も、別に興味ないから聞かないけどさ」
「あ、それもバレていらっしゃる……」
「もしまた俺の友達イジメるような事したら、ただじゃおかないから、覚えといて」
「す……すみませんでした……」
生徒に脅されて、何も言い返せないまま謝る教師。
我ながら情けない……
「分かれば良いんだ。じゃ、俺は行くよ。あいつらほっとくとと、ろくな事しないから。先生も隠れてこそこそ、女遊びはほどほどにしなよ」
「ば、違、お前、何か変な誤解してるだろ? そんなんじゃないんだ。これはただ……」
俺が慌てて弁解しようとするも、既に足音は遠ざかっていて、再びの静寂が辺りを包んだ。
気が付けば、先程まで空を紅く染めていた夕陽も姿を消し、月明かりが差し込む暗い生徒会室に、二人取り残された俺と真奈。
「…………」
「…………」
颯太の捨て台詞のせいで気まずい雰囲気が俺達の間に漂う。
気まずさに、俺は立ち上がって電気を付けた。
パッと周りが明るくなって、お互いの顔が見えるようになった事で、何だか余計に恥ずかしい気持ちになって、どちらからともなく顔を反らす。
「……あ……と……えっと……」
更に気まづくなった空気に耐えかねて、何か話題を振らなくてはと俺が言葉を探していると、真奈も同じ気持ちだったのか、先に言葉を紡いだ。
「…………ご、ごめんね浩太。私のせいで恥ずかしい思いさせて……」
「いや……謝られると余計……恥ずかしいんだけど……」
「…………」
「……そんな事より……今更だけど、久しぶり……だな」
「う、うん…………そう……だね……12年ぶり」
「元気に……してたか?」
「うん。……浩太こそ、元気だった?」
「お、おう。俺は元気だ」
「そう言えば……さっきの子が浩太の事、佐々木先生って呼んでたけど、浩太は今、この学校で先生をしてるの?」
「おう、まぁ……な」
「そっか。夢、ちゃんと見つけられたんだね」
「……あぁ」
「よかったね、浩太」
「おぅ。お前こそ、看護師になりたいって夢は、叶えたのか?」
「うん、私は今、看護士として働いてるよ」
「……そっか、よかったな」
真奈の近況報告に、俺は嬉しくなって自然と笑みが零れていた。
「うん、ありがとう」
俺の笑みにつられるように、真奈も嬉しそうに笑っていた。
「所でさ、お前、12年もの間どうして誰にも連絡しなかったんだよ? 今までずっとみんな、お前の事を心配してたんだぞ?」
「それは………」
俺の問い掛けに、今度はすごく辛そうに顔を歪めながら、口を閉ざした。
「……あの地震で、おばさんが亡くなったって聞いた。お前は津波に巻き込まれて、県外の病院に運ばれたって。親戚のおばさんと連絡がとれて、真奈の事を引き取ったって聞いたけど、でもそれ以上の事は何も知らなくて、12年間ずっと音信不通で、ずっと心配してたんだぞ。この12年間、お前に何があったんだ? どうして今まで誰にも連絡しなかった? 俺も祐樹もクラスの奴らも、みんな本当にお前の事、心配してたんだぞ?」
「…………ゴメンなさい。怖かったの……。皆の顔見るのが……怖かったの」
俺達が怖かった?
「……どうして?」
思いもよらない言葉に、俺は衝撃を受ける。
「それは………」
ショックを受けた俺に、申し訳なさそうな表情を浮かべ、一度言葉につまりながらも、真奈は決心を固めたように真っ直ぐな視線を俺に向けて、ゆっくりと重たい口を開きはじめた。




