真奈の行方
祐樹の旅立ちを見送った後俺は、久しぶりに生徒会室へと足を向けていた。
教室へ入るなり、窓際にある俺の特等席、会長専用の机に腰かけて、ぼんやりと外を眺めた。
――『卒業式が終わった後、生徒会室に来てくれないか?』
『分かった。約束ね』――
あの日、真奈と交わした約束を果たす為に――
真っ赤な夕日に照らされながら、俺は何をするでもなく窓から見える景色を眺めながら、ただただ静かに時が過ぎ行くのを待った。
日が沈み夜になっても、暗い部屋の中、ただ静かに待ち続けた。
「…………やっぱり……来ない……か……」
どのくらいの時間が過ぎただろうか。
待ち疲れて不意に弱音が零れ出た時、静寂の中、こちらに向かって近付いてくる足音に気が付いた。
「……え?」
もしかして……?
俺は驚きと期待を持って後ろを振り返ると、ガタガタと大きな音を立てて生徒会室のドアが開かれた。
「真奈?!」
机から立ち上がり、扉の方へと振り返ると、懐中電灯を片手に、荒い呼吸を整える杉崎先生の姿があった。
「…………って、なんだ。先生か……」
「やっと……やっと見つけたぞ浩太……」
「? 見つけたって……どうしたの先生、そんなに息切らして。もう歳なんだから無理するなって」
「バカ野郎。俺はまだ20代……って、そんな話をしてる場合じゃなないぞ浩太!」
どこか興奮した様子の先生に俺は何事かと首を傾げる。
すると先生は、俺の近くまで来たかと思うと、両腕を強く掴まれ、激しく体を揺すられた。
「ちょっ、先生痛いよ?! 何をそんなに興奮してるのさ?」
「見つかったんだよ!」
「は? 何が」
「真奈が、見つかった!!」
「えぇ?!」
先生の言葉に、俺は息が止まりそうなくらい驚いた。
「何処で? 真奈は何処で見つかったの? 生きてるの? 元気にしてるの??」
「あぁ、生きてる!真奈は生きてるぞ! どうやら病院に向かう車の中で津波にあったらしいんだが、真奈だけはなんとか息のある状態で見つかって、今は県外の病院に入院してるって!」
「ホントに?!…………良かった……」
先生から返って来た答えに、俺は途端に体の力が抜けて、情けなくもへなへなとその場に座り込んでしまった。
でも、先生の説明の中に含まれていた「真奈だけは」と言う言葉に違和感を覚えて……俺が感じた違和感を率直に先生にぶつけてみた。
「……ねぇ先生、真奈だけはってどう言う意味? まさかおばさんは……?」
俺の問いかけに先生の顔が曇る。
「……………残念ながら……」
「…………亡くなったの?」
「あぁ。どうやらそうらしい。真奈も意識不明の状態で見つかって、インフラが停止した市内の病院じゃ手に終えなくて、県外の病院に運ばれて治療を受けてたんだって。そこでもずっと目を覚まさなくて……」
「…………真奈は……そんなに……大変な目にあってたの?」
「どうやらな。でも安心しろ。やっと昨日目を覚まして、それで真奈本人の口から住んでた場所や学校を聞く事ができたって。それで身元確認が出来て、学校まで連絡が来たんだ」
「…………」
確かに真奈が生きてくれていた事は素直に嬉しい。
けれど……震災で真奈が負ったであろう心や体の傷を想像して、俺は喜んで良いのか悲しんで良いのか、わかならなくなった。
「浩太?お前、泣いてるのか?」
「だって……真奈の辛さを思ったら……真奈はこの先どうなるの? もともとあいつ、父親を小さい頃に亡くして母子家庭で育って来たのに……おばさんまでいなくなったら……」
「詳しい事は先生にもまだわからない。けど東京に住んでるって言う真奈の母親の妹さんと連絡が取れて、その人が心配して病院に駆け付けてくれたって話だ。真奈はしばらくそのおばさんの元で暮らす事になるんじゃないかな」
先生の話に、俺は真奈が前に話していた仲の良い従姉の話を思い出していた。
確かその子とは同い年で、夏休みなどの長期休暇にはよく東京のその子の家に遊びに行っていたと。そう楽しそうに話していたっけ。
きっとおばさんとは、その子のお母さんの事だろうと浩太は思った。
「……そっか。俺にじいちゃんやばあちゃんがいてくれたみたいに、真奈にも真奈を大切に思ってくれてる人がいてくれたんだね」
「あぁ。だから真奈は大丈夫。浩太が心配する事なんて何もないさ」
先生から聞かされた一つの救いに、俺は涙を拭った。
「うん。そうだね。生きてるって事が分かっただけでも、今は十分。生きてさえいれば、きっとあいつの未来は開ける。生きてさえいれば、必ずまたあいつに会える。その時に真奈の口から色々な話しを聞くよ。それまで俺は真奈が幸せに生きててくれてるって信じて待ってる」
「あぁ、そうだな」
「真奈はいつかきっとこの町に帰ってきてくれる。絶対また会える」
俺はまるで自分自身に言い聞かせるように言った。
そんな俺の頭を先生はくしゃくしゃと乱暴な手付きで撫でてくれた。
先生のその大きな手が、不思議とまた俺に信じる勇気を与えてくれた。
***
その後、先生が去った部屋の中――
俺は裕樹にメールを打っていた。
真奈が生きてていた事実を伝える為に。
打ちながら、真奈が生きてくれていた、その喜びを噛み締めていた。
そして俺は、左ポケットから小さな箱を取り出すと、すぐ目の前にある机の引き出しを開け、その箱を引き出しの中に丁寧にしまった。
箱と引き換えに鍵を引き出しから取り出て、静かに閉じた引き出しに、俺はそっと鍵をかけた。
いつか再びこの場所で、真奈と再会できる日を夢見て――
「待ってるからな、真奈。俺は……いつまでもここで……待ってるから………」
そんな独り言を零しながら、俺は引き出しの鍵を制服のズボンのポケットに押し込んだ。
「待ってるから――」
***
その後、そのまま生徒会室でうたた寝してしまった俺は、夢を見た。
懐かしい夢。
幼い真奈が俺に向かって微笑んでいる。
「楽しみだね、タイムカプセル開けるの。浩太は何を埋めたの?」
「教えない」
「え~ケチ~」
「じゃあ、お前は何埋めたんだよ?」
「教えな~い」
「真似すんなよな。いっつもいっつも俺の真似ばっかりしやがって」
「そっちこそ。いっつも私の真似ばっかして」
「お前が俺の真似してるんだろ!」
「違う、浩太が私の真似してるんだよ!」
小学校の卒業を数日後に控えたある日。
どんな経緯でそう思ったのかは、もう覚えてはいない。
いや、きっといつもの思いつきだったのだろう。
俺は小学校時代の思い出をタイムカプセルに埋めようと、暗くなった学校に忍び込んだ事があった。
忍び込み、小学校の校庭の片隅にある一本の大きな大きな桜の木の下にタイムカプセルを埋める準備をしていた。
そこに何故か真奈もやってきて
「え、浩太?!何やってるの?」
「お、お前こそっ!こんな時間に何やってんだよ?」
「……………」
「…………」
何の偶然か。俺達は同じ目的で夜の学校に忍び込んだ事を知る。
夜の学校に忍び込んで、もし先生達にバレたその時は、きっともの凄く怒られるだろう。もし怒られるなら一人より二人の方が……
そんな意見の一致から、二人共同作業でタイムカプセル埋める事になり――
先程の会話へと繋がる。
そう言えばこの時も、真奈と約束を交わしたんだっけ。
『大人になったら二人でこのタイムカプセルを開けに来よう』と。
今にして思えば、いつ開けるかとか。具体的な約束ではなかったけれど、これもまた大切な真奈との繋がり。
思い起こせばこの9年の間、知らぬ間に真奈とは強い絆を築いてきていたのだなと、あいつとの絆の強さを改めて実感した。
そして、離れ離れになってしまった今、その絆があいつと再会できる望みであるのだと俺は思った。
あいつとの絆が、あいつを俺の元へと導いてくれる唯一の希望なのだと。
この日見た懐かしい夢が、俺にある閃きを導いてくれた。
「…………朝…か……」
窓から差し込む朝日の眩しさに目を覚ました俺は、一度大きく伸びをして、その勢いで立ち上がる。
「さ~て。いつか来る未来の為に、希望の種を蒔きに行くとしますかね」
一分一秒だって無駄に出来ない。
今起こした些細な行動が、未来にどんな大輪の花を咲かせるのか分からないのだから。
今出来る精一杯の行動をしておかなければ。
***
「お、蕾だ」
希望の種を蒔きに、中学校から町へと続く桜並木の坂道を下って行くと、桜の木には小さな蕾がつきはじめている事に気が付いた。
寒い冬の終わり。暖かな春の訪れを告げる桜。
その桜がつけた蕾。それはまるで、この町の止まってしまっていた“時”が、再び動き出した事を告げているかのようだと、俺はふとそんな事を思った。
「いつの間にか、春がもうすぐそこまで迫ってきてたんだな」
俺は桜の木を見上げながらそんな独り言を呟いた。
桜の蕾が花開く頃、新しい場所で、新しい環境で、俺の新たな生活が始まる。
この先、どんな未来が俺を待ち受けているのだろうか。
そんなまだ見ぬ未来に、俺の胸は高鳴った。
それから数週間の後。
俺は無事、高校生として新たな道を歩き始めた――




