10年後の約束
「終わっちゃったな、卒業式」
「あぁ、終わったな」
「目茶苦茶な式だったな」
「あぁ、お前のせいでな」
「でも、ある意味で忘れられない卒業式になったよな」
「あぁ、お前のせいでな」
「そこは、せいじゃなくて、おかげだろ?」
「よく言うぜ。俺は破天荒なお前に振り回されて疲れたよ。
おかげで……何で今日の主役であるはずの俺達が、体育館の後片付けなんてさせられないといけないんだ。全部お前のせいだからな浩太!」
式の後、卒業式を目茶苦茶にした罰として俺達卒業生は、何故か会場の後片付けを言い渡された。
俺と祐樹、二人並んでパイプ椅子を運びながら、少しご立腹の祐樹。
「ははは。そんな冷たい事言うなよ。俺達運命共同体だろ。それに、おかげで別れが少し伸びた」
この片付けが終わったら、本当にこいつとはお別れ。
やっぱり別れが目前に迫っているのかと思うと、込み上げてくるものがあって、努めて俺は平静さを装った。
「よし、これでラスト! 終わった~~~~~!!」
最後の椅子を舞台下の収納スペースへと片付け終えた俺達は、大きく伸びをしながら誰からともなくバタバタと体育館の床へと倒れこんだ。
「寝不足の中での肉体労働って結構しんどいな。あ~マジ疲れた~」
「おいおい、じじくさい事言ってんなよ佐々木」
体育館に仰向けに寝転びながら、3年間同じ時間を共有してきた仲間達と最後のくだらない談笑を交わす。
「本当に今日で皆とはお別れなんだな。なんか想像できないな。ずっと一緒に過ごして来た奴らと、明日から会えないなんて」
「あぁ。卒業式もなんか目茶苦茶に終わって」
「でも最後の最後まで楽しかった。私は佐々木君が生徒会長として、私達をぐいぐい引っ張ってくれた事、感謝してるよ。ありがとう」
「よせやい横山、照れるじゃないか~」
「浩太、キモい」
「祐樹っ!てめっ」
「僕達の代の生徒会メンバーのはちゃめちゃぶりと言ったら、歴代で一番最悪なんじゃないのかな」
「大山、てめぇもっ! その台詞は聞き捨てならないな。俺達が“歴代で最高の生徒会メンバー”の間違いだろ」
「待て浩太、それは俺も聞き捨てならないな。“メンバー”なんて一括りにしないでくれ。この際だからみんなの誤解を解いておくが、俺と桜井は、ただこいつに振り回されてただけで、諸悪の根源は全て浩太だったんだからな」
「何だよ祐樹。俺達運命共同体だろ。俺にだけ罪を押し付けようなんて酷いじゃないか」
「馬鹿な事言うな。俺と桜井が毎回どれだけお前の暴走を止める事に尽力してきか」
「でも、文句言いながらもいつも最後には力貸してくれたんだよな祐樹は。今日だってさ」
「そんな馬鹿な事あるわけ……」
「あれ~祐樹ってば顔赤い?もしかして照れてる?」
「照れてね~!」
「あれあれ~? 益々顔が赤い」
俺と祐樹のやり取りに何故か周りからはクスクスと笑い声が漏れ聞こえた。
「? なんで俺達、皆に笑われてんだ?」
「お前が馬鹿だからだろ!」
「佐々木と沢田のコンビが相変わらずだからだよ。あぁ、ここに桜井もいたらな。最後に三馬鹿トリオのコントが見られなかった事が、心残りだ……」
「三馬鹿トリオって……なぁ大久保、俺達いつからそんな呼ばれ方してたんだ?」
「さぁ? 気付いたらその呼び方が定着してた」
「あ、そ………」
「ねぇ……そう言えばさ、真奈ちゃんって………まだ行方分からないままなの?」
「そうみたい。心配だよね……」
「皆で卒業したかったのに……真奈がかけちゃうなんて………」
真奈の安否について女子から心配の声が上がる。
その会話を聞きながら、俺の中でまた一つ、妙案が閃いた。
「なぁ、みんな。また、卒業式をやらないか?」
「浩太おまえ……まぁた唐突に、何わけのわからない事を言い出すんだ。卒業式はさっき終わったばかりだろ」
俺の妙案に祐樹から突っ込みが入る。
「でもさ、今日の卒業式って、3年間共に時間を過ごした全員が揃って卒業できなかったじゃん。それが俺の中でも心残りなんだよ」
「心残りったって、こんな時なんだから仕方ないだろ」
「仕方ないって諦めるのは簡単だ。でもさ、諦めちゃった事で、俺はこの心残りが、ずっと俺達の中で残る気がするんだよね。だから俺は仕方ないなんて諦めたくない。やっぱり3年間共に時間を過ごしてきた皆と揃ってちゃんと卒業したい。だからさ……今日この場にいられなかった奴等の卒業式を、俺達の手で開いてやらないか? 今度こそ皆で卒業しようよ」
俺は俺の中で芽生えた思いを、真剣にみんなに訴えた。
「……確かに、俺もやっぱり皆で卒業したかった。俺は佐々木に賛成するぜ」
俺の訴えに、一人の男子生徒から賛成の声が上がる。
「大久保、浩太を甘やかさないでくれよ」
「悪いな沢田。でも俺も佐々木の言うように、やっぱり皆で卒業したい」
「………私も」
「僕も」
大久保の吐露した素直な意見に、一人、また一人と賛成の声が上がって行く。
「……はぁ、やっぱりまたこのパターンなのな。お前等みんな、浩太に甘すぎ」
「そう言う沢田君だって、本当は興味あるんじゃない? なんだか、嬉しそうな顔してるし」
「ははは。参ったな。バレバレか。分かったよ。俺も賛成だ。俺もまたこのメンバーで集まりたい」
「祐樹……」
そして、一人反対を示していた祐樹までもが賛成に転じてくれた。
「よし、じゃあ決まりだな!」
俺が満足げに宣言すると、一人の女生徒からある一つの疑問の声が上げられる。
「ねぇ、でも、どうやって“みんな”を呼ぶの? 引っ越して行っちゃった子達はまだしも、行方不明の真奈とは連絡のとりようがないよ」
「そうだよね。桜井さんに至っては安否すらまだ分かってないのに……」
「大丈夫。俺があいつも絶対に呼ぶ」
何の戸惑いもなく言ってのける俺に、多くの者達から不思議そうな視線を向けられた。
「え、どうしてそう言いきれるの? 佐々木君は真奈のこと何か知ってるの?」
「いや、知らない。俺も真奈が今どこにいるのか、なんも知らない。けど、あいつは生きてる。絶対生きてる。生きてる限りまたきっと真奈に会える。俺はそう信じてる」
「……あぁ、そうだよな。桜井は絶対生きてて、いつか絶対この町に帰ってくるよな」
俺の根拠のない自信を、祐樹が肯定してくれた。
俺一人ではなく、まだ他にも信じている奴がいる。その事実が、俺に更なる信じる勇気を与えてくれた。
「だからさ、10年後――10年後の今日、またこの場所で、皆で集まろう」
「10年後って……そりゃまた凄い先の話だな」
「それまでに絶対俺が真奈を探し出す。だから10年後にまた皆で、この町で、この場所で会おうぜ」
「分かった。10年後の今日、この場所で、俺たち南一中56期生の、本当の意味での卒業式を開こう。俺達の約束だ。なぁ皆、皆ものるよな? この約束」
皆を煽るような祐樹の呼び掛けに
「当たり前だろ沢田!」
「10年後にまた皆で」
「10年も経ったら私達もこの町も、どれくらい変わってんだろうね。なんか……ちょっと楽しみになって来た!」
「あぁ。でも10年経っても僕達南一中卒業生の絆は変わらないよ。その事を証明してやろうよ」
「だな!」
「お前等生徒会の途方もないその約束、俺達も乗ってやるよ。浩太、祐樹」
多くの生徒から頼もしい言葉が返された。
「………お前等~!やっぱり最高だぜ!!」
「うわよせ佐々木!抱き着くな!気色悪い」
俺は嬉しい気持ちを抑えられなくて、一人一人に抱きついて行く。
「………て、浩太。女子はだめだろ。調子に乗るな!」
女子にまで抱きつこうとした瞬間、祐樹に思いっきりげんこつを落とされた。
「い~~って~~~~!!」
そして男子数人に強制送還させられてしまう。
そんな俺達のやり取りに、どっと笑いが巻き起こった。
「兄ちゃんっ!」
「元樹」
そんな中、元樹がおばさんと、もう一人――40代後半くらいの男の人と手を繋ぎながら共に体育館へとやってきた。
「祐樹、あの人ってもしかして……」
俺が隣にいた祐樹にこっそり耳打ちすると
「父さん!」
祐樹が大きな声をあげた。
「祐樹、元気だったか? 心配かけたな。母さんからお前の卒業式があるって聞いて……覗きに来たんだ。こんな時に側にいてやれなくて……すまなかったな」
「ははは。何か、すっげー久しぶりだな」
「本当にすまなかった、祐樹。寂しい思いをさせて……父親失格だ。でも……医者としてどうしても病院に取り残されて不安がってる患者さん達を見捨てておけなかったんだ……」
「で、息子は見捨てたと?」
「そう言うつもりは……でも……結果的にはそうなってしまった……。本当にすまなかったよ……祐樹……」
「別に。俺はそんな医者として責任感の強い父さん嫌いじゃないよ。俺は分かってるつもりだよ、父さんの事」
「……祐樹」
「ところで、父さんがここにいるって事は、父さんも俺達と一緒に母さんの実家に行くのか?」
「いや……すまない……。父さんはまだ……ここに残るよ。残してきた患者さん達が心配だから」
「……そっか。やっぱり……そっか。二人一緒にいるから……変な誤解しちゃったじゃん」
「すまない……祐樹……」
「だから、別に良いって。さっきから父さん謝り過ぎ。最後に顔を見せに来てくれたんだろ。それだけで……それだけで十分嬉しいから。ありがとう、父さん。仕事忙しいのに、今まで俺を育ててくれて、ありがとう」
「祐樹………」
祐樹は不意におじさんから視線をおばさんへと移して
「母さん、もう行くの?」
一言、そう問い掛けた。
「えぇ、そろそろ……」
「そっか。分かった」
そう言って、祐樹は今度は俺達に視線を向けてきて
「じゃあ皆、俺そろそろいくわ」
「おう。………元気でな、祐樹」
「あぁ。浩太も元気で。それに皆も、約束、楽しみにしてる。10年後にまた、この場所で会おうぜ」
「あぁ、またな沢田」
「さようなら、沢田君。元気でね」
皆と短い会話を交わした後、祐樹は家族の元へと歩いていく。
俺は離れて行く祐樹の背中に大声で叫んだ。
「祐樹っ!」
「?」
俺の声に足を止めて振り返った祐樹に、俺は最後にただ一言、言葉を送った。
「行ってらっしゃい」
その言葉に祐樹は照れたように微笑んで
「あぁ。行ってきます!」
と言葉を返して家族と共に再び歩き出た。
俺達は祐樹達家族が見えなくなるまで、ただ静かに見送った。
仲間の旅立ちを、ただただ静かに――
こうして俺達は、それぞれ別々の道を歩き出して行く。
俺達が共に目指す、未来へ向かって。




