未来への希望
「卒業証書授与。3年1組、安藤行孝」
「……」
「安藤? 安藤行孝!」
「…………っ、え、ふわいっ!?」
――3月31日、午前10:00
予定通り俺達の卒業式が体育にて執り行われていた。
校長先生の延々と続く挨拶に、連日の作業で疲れきっていた俺達の多くは爆睡をかまし、やっと回ってきた出番、卒業証書授与式になっても未だ寝ぼけた様子で壇上に上がる生徒達に、卒業式を見に来てい沢山の大人達からはクスクス笑い声が漏れていた。
そして更に式は進み――
「答辞。卒業生代表、佐々木浩太」
「……………」
「佐々木~!いい加減起きんか佐々木!」
答辞代表として名前を呼ばれていた事にも気付けない程、深い眠りに落ちていた俺。
そんな俺についに司会の教頭先生から、本気の怒りの声が飛ばされた。
「っ!」
その声にはっとして目を覚ました俺は、半分まだ寝ぼけた頭で壇上へとあがる。
ふらふらとおぼつかない俺の足取りには、大人達だけでなく生徒達からもクスクスと隠しきれない笑い声が上がっていた。
「え~と……このような良き日に皆さまお集まり頂きまして誠にありがとうございます……? え~と……ん~と……あれ、なんだっけ?」
頭が働かないせいなのか、はたまた3月12日の為に用意していた答辞の台詞をすっかり忘れてしまっていたのか、それ以上俺の口からは先へ続く言葉が出てこなくて、俺はポリポリと頭をかいて苦笑いを浮かべた。
「やっべ、台詞忘れた」
正直に口から漏れた本音に、会場中から更なる笑いが巻き起こる。
卒業生が眠りこける卒業証書授与式といい、もうすでに散々な卒業式になってしまっているのだから、今更真面目ぶらなくたって、まぁいいか。と開き直った俺は一度大きく深呼吸をした後、自身が思った事を飾らずに正直に、言葉に乗せる事にした。
「えぇ~お集まりの皆様、今日は俺達卒業生の門出を祝福して下さり誠にありがとうございます。本当は3月12日に行う予定だったこの式は、前日の大地震で今日まで延期になってしまいました。そのせいで、3年間同じ時間を共有した仲間全員で卒業する事は叶わなかった。その事はとても残念に思っています。
あの日以来、行方不明のクラスメートがいます。この町から離れて行った同級生がいます。俺達は、あんな事が起こる瞬間まで、皆で一緒に卒業出来る事を信じて疑いませんでした。
でも地震が起こって、この学校で出会った仲間達が当たり前に側にいてくれた3年間は、実は当たり前なんかじゃなかったんだと言うことを知りました。
当たり前だと信じて疑わなかった俺達の日常が、実はどれほど恵めれたもので、幸せなものだったのか、こんな事になって初めてその大切さに気付きました。
俺は、この地震で両親を亡くしました。
口うるさくて、反抗ばかりしてきたけど……失って初めて気付きました。親の存在の大きさ、温かさを。
親がいなくなって、寂しくて、悲しくて、心が押し潰されそうな程不安で、苦しくて……それでも俺は泣く事ができなかった。自分でもどうして泣けないのか不思議で仕方なかったけど、ある人が教えてくれました。それが両親の教えだったからなんだと。
どんなに辛い時でも男なら泣くな。俺は小さい頃からずっと両親にそう言い聞かされて育って来ました。だから両親の死を突きつけられた時でさえ、両親の教えを無意識に守っていたのだと思います。
他にも俺は沢山の事を両親から教えられてきました。
弱い者イジメをするな。困っている人がいたら助ける。どんな時でもいつも笑え。今と言う瞬間を全力で楽しめ。後悔を残すような生き方をするな。
そんな両親の教えがあったからこそ、俺は生徒会長になって、今この場に立っています。
楽しい事が大好きな俺が生徒会長になったせいで、先生達にはいっぱい迷惑をかけたと思うし、生徒の皆も振り回して大変な思いをさせてきたんじゃないかなと思ってます。
でもそれは全て、両親の教えに従って行動した結果だと言う事だけは伝えておきます。まぁ、恨むなら俺の両親を恨んで下さい」
会場から、またどっと笑いが起こった。
「え~と……なんか話が反れてきちゃったな。何が言いたかったかと言えば、両親を失った今も、俺の行動や考え方には両親の教えが染み込んでいて、それに気付いた時、二人は俺の中で今も生きているのだという事に気付きました。
俺が生きている限り、二人も俺の中で生き続けていくのだと言う事に気付きました。
その事に気付けた時、俺の中で止まってしまった時間がまた動き出しました。
俺達はこの地震で、大切な人やもの、家や町、沢山の“大切”を奪われました。奪われた事に絶望して、悲しい思いも、苦しい思いも、辛い思いも沢山しました。
でも、裏を返せばそれは、今までの生活が幸せだったからこそ感じている悲しみや苦しみなんですよね。俺は、そう思います。
今まで当たり前に過ごして来た日々が、俺達にとってどれ程幸せで掛け替えのないものだったのか。どうして失くした今になってそんな大事な事に気づくのか。もっと早く気付いていたら、もっと違った今があったのかもしれないのに……
もっと素直に大切な人達に思いを伝えていたら……そんな後悔を俺はあの日以来、何度となく繰り返しています。
後悔に押し潰されそうな今になって初めて俺は、親の教えでもある『今と言う瞬間を全力で楽しめ』、『後悔を残すような生き方をするな』この言葉の本当の意味を理解できたような気がします。
いくら後悔してももう遅いけど、身を持ってその意味を知る事が出来たのだから、いつまでも後悔してばかりもいられません。
この教訓を、未来へ活かさなければ。
二度と後悔なんてしないように、未来へ向かって今を全力で生きる。俺はそんな決意を胸に、今日という日を迎えています。
皆さんの中にはまだ、絶望と言う暗闇の中から歩き出せずにいる方も多くいるかもしれません。それは決して悪い事だとは思いません。
でも、せっかく俺達は生き残ったのに、いつまでも過去や今に捕われて、時間を止めてばかりもいられない。だって俺達は生きているんだから。この先も生きて行かなければいけないのだから。
俺達が生きる事を諦めてしまったら、生きたいと強く願いながらも、生きる事が叶わなかった人達に申し訳ない、そう思うから……
絶望を感じでしまう程に大切な過去があるのなら、きっと俺達はまた歩き出せる。大切な過去を生きる希望に。そんな想いで、今日まで俺達生徒皆で協力して作り上げてきた物があります。
電気もない、設備もない、完成させるまでには沢山の困難があったけど、でもここにいる1年から3年、多くの生徒が力を貸してくれて、生徒以外にも多くの人達が協力してくれて、何とか今日と言う日に間に合わせる事が出来ました」
そこまで言って俺はマイクを置き、壇上の後ろの壁へと近づいて行く。
壁一面を覆っていた紅白色の段幕を思いっきり引っ張って、俺達が寝る間も惜しんで完成させた渾身の作品を、この場にいる全ての人々に向けて披露してみせた。
紅白の段幕の下から現れたのは一枚の大きな絵。一枚一枚小さな写真を寄せ集めて、壁一面に張り合わせて作った大きな大きなその一枚の絵には、まだあどけない赤ん坊の笑顔が描かれている。
目の前に突如現れた光景に、会場中から「わっ」と感嘆の声が上がった。
じいちゃんやばあちゃん、菊池写真館のおじさん、そして多くの生徒達の協力のもと、卒業式が始まる30分前ギリギリの時間に、何とか完成させる事ができたこのフォトモザイクアートは、会場中から上がったその声に、今までの苦労の全てが報われた、そんな気がした。
そして俺は再びマイクを手に持って話し始める。
「この絵に込めた意味は『ゼロからの挑戦』です。
まだ何色にも染まっていない無垢な赤ん坊は、どんな可能性をも秘めた存在。環境次第でどうにでも成長していく事が出来る存在。それはまるで、今のこの町のように。
この町は、俺達の手によって今からいくらでも生まれ変わる事が出来る。赤ん坊同様に、どんな可能性をも秘めている。
俺はそう思います。
だから、今後未来を担う俺達が、必ず今まで以上に暮らしやすい町に……この赤ん坊のように笑顔の溢れた町に育て上げてみせる。そんな想いを込めて作りました。
実はこれ、写真を一枚一枚貼り合わせて描いているんです。
この町に溢れた沢山の思い出の写真を張り合わせて。
これは、沢山の人達の協力あって、沢山の優しさがあって、絆があって、こうして完成させる事が出来ました。
協力して下さった皆さんには、心から感謝致します。ありがとうございました。
これを完成させるまでには、沢山の困難や、苦労があったけど、でもやり遂げた今、俺達に残ったものは達成した喜び、ただそれだけです。
苦労した日々は、今となっては全て、今この瞬間の喜びを作り上げてくれる掛け替えのない思い出です。
この思い出はきっと、この先も忘れたくない、忘れる事なんてできない大切な思い出として、俺達の心の中残って行く事と思います。
過去があるから今がある。今があるから未来がある。今がどんなに辛くても、今と言う時間はいつかきっと過去になります。
過去になった時、地震が起こってからの出来事を、ただただ辛いだけの思い出にはしたくないから……だから俺は、両親の教えでもある『今と言う瞬間を全力で楽しめ。後悔のない人生を』その言葉を胸に、“今”と言う一瞬一瞬を一生懸命に生きて行こうと思います。
このフォトモザイクアートは、これから未来へ旅立つ俺達なりの決意の現れとして。そして卒業して行く俺達から、今までお世話になったこの町の皆さんへの餞として。そして、約束の証として捧げます。
願わくば、一人でも多くの人の未来への希望へと繋がりますように――
俺達は今日、この卒業式を一つの区切りに、それぞれの未来へ向かって歩き出します。
正直、今まで当たり前に一緒にいた奴らが明日からは側にいないなんて、まだなんか実感わかなくて変な感じなんだけど、でも不思議と寂しい気持ちはありません。
だって歩く道は違うけど、目指す未来は同じだから。俺達が目指す未来――この町復興させてみせる、この町に笑顔を取り戻してみせる、そんな望む未来は同じだから。なぁ、お前等!」
「「「おぉ~~~!!」」」
返ってきた頼もしい返事に、俺は満足して自然と笑顔が零れた。
「どうか、俺達の事を信じて待っていてください。絶対……絶対にこの町を生まれ変わらせてみせます。何年、何十年かかるか分からないけれど、絶対に!
だからどうか、希望を捨てないで下さい。未来を諦めないで下さい。俺達を信じて待っていて下さい」
そう言って、俺は深く深く頭を下げた。
「よく言った浩太!それでこそわしの自慢の孫だ!」
「……じいちゃん」
頭を下げる俺に最初にかけられた言葉は、じいちゃんから励ましの言葉。
そんなじいちゃんの言葉に重なるように、パチパチと手を叩く音がした。
顔を上げ音の行方を探すと、じいちゃんの隣でばあちゃんが立ち上がり、一人拍手してくれている姿が目に飛び込んできた。
「ばあちゃん………」
ばあちゃんの打つ拍手の音に更なる音が加わって――
「先生、祐樹」
二人もまた、俺に向かって拍手を送ってくれていた。
そして一人。また一人と拍手の音が増えて行き、体育館中に大きな大きな拍手の音が鳴り響いた。
嬉しさのあまり俺は体中に鳥肌が立つのを感じた。
俺の思いは通じた、そう信じても良いのだろうか。
俺達に期待してくれている、そう信じても――
とにかく、こんなに大勢の前で大見えきったのだからもう後戻りは出来ない。
俺達は必ず、この町を元の元気な町へと再生させてみせる。
笑顔の絶えない明るい町へと、再生させてみせる!
改めて心に固く誓った。
その決意を胸に今一度深く、深く頭を下げた。
「卒業生代表、佐々木浩太」
そして、締めの言葉を最後に俺は壇上を後にする。




