救世主
「よお、浩太。通夜みたいな辛気臭い顔をして一体どうした」
「……じいちゃん? ばあちゃん? ……え、どうして二人がここに? 俺、夢でも見てるのか??」
いるはずのない二人の登場に、俺は夢でも見ているのかと頬をつねる。だが、頬に感じる確かな痛みがこれは現実だと教えてくれる。
ならどうして県外の病院に搬送されていったはずの二人がここに?
戸惑う俺を、じいちゃんはがははと笑い飛ばしながら説明してくれた。
「何をバカな事を。寝ぼけるにはまだ早いぞ。可愛い孫の晴れ姿を見ようと、故郷に舞い戻ってきたまでじゃ」
「晴れ姿って?」
「卒業式、明日なんじゃろ? お前の担任の先生がわざわざ病院を調べて、電話して教えてくれたんじゃ」
「……杉崎先生が?」
俺は近くに立つ先生を見る。先生は、じいちゃんとばあちゃんに深々と頭を下げてみせていた。
「で、でも、そうだとして、車もないじいちゃん達がどうやって県外からここまで来れたんだよ? 交通網も今はまだ復旧していないんじゃ……」
「病院でな、孫の卒業式をどうしても見たいと相談したらな、ボランティアで被災地に向かうって人を紹介してくれて、そのボランティアの人に連れて来てもらったんじゃ。世の中まだまだ捨てたもんじゃないのぉ」
「…………」
「そんなわけで、昼間のうちにこっちに到着してして、今に至るというわけじゃ」
「おい、昼間に着いてたなら、どうして今、このタイミングで現れた?」
「裕樹がな、知らせに来てくれたんじゃ。浩太が困ってるから助けてやってくれって」
「はぁ? 裕樹が?」
辺りをキョロキョロ見回し、裕樹の姿を探すも、いつの間にかそこに裕樹の姿はなくて、じいちゃん達の後ろからひょっこり姿を表した裕樹。
「あ、裕樹お前、いつの間にそこに? ってか、何で裕樹がじいちゃん達が来てる事知ってたんだよ」
「今日偶然会ったんだよ」
「いつ!」
「ほら、トイレに行った時に」
あぁと、俺は納得する。そう言えば裕樹の奴、フォトモザイクアートの貼り付け作業中にトイレに行くと言ってから、なかなか戻ってこなかった時間が確かにあったと。
きっと、あの時に二人に会ったんだ。
「そんなに早くから知ってたなら教えろよな、お前!」
「いやだって、知らずにいた方がサプライズになるだろ。だから二人には、明日の卒業式本番まで隠れててもらうつもりでいたんだけど」
「だけど何だよ!」
「お前が半べそかいて困ってたから、仕方なく二人を呼びに行ったんだ」
「半べそなんかかいてないだろ!」
「いいや、かいてたね。今にも泣きそうな顔してた」
「裕樹てぇめ!」
「こらこら、喧嘩はよさぬか。他の生徒さん達が困っておる」
じいちゃんの仲裁に、俺は裕樹を殴りに駆け出しそうな衝動をぐっと堪える。
そんな俺の元に、じいちゃんとばあちゃんはゆっくりと歩みを進めてきて
「ほら浩太。わしらはな、裕樹に頼まれてこれをお前に届けに来たんじゃよ。どうか役立てておくれ」
そう言って大切に紙にくるまれたものを手渡された。
「これは?」
「地震のあった日、京子さんと別れる前に京子さんがわし等に預けて行ったものじゃ。なくさないようにって、紙にくるんで、今の今までばあさんが大切に持っとった」
俺がばあちゃんを見ると、穏やかな笑みを浮かべながら「開けてごらん」と小さく言った。
包んでいた紙を丁寧に開いて出てきた中身に俺は「あっ」と声を漏らす。
中から出てきたのは、僅か数センチのマイクロSDカード。
「その中にはね、京子さんの携帯で撮り溜めた浩太ちゃんの写真がいっぱい納められているよ。別れる前、もしもの為にって私に唯一託して行ったものだ」
「……母さんが?」
ばあちゃんは優しい微笑みを浮かべながら頷いた。
「会長、ごめん。ちょっと見せて」
司彩が半ばうばうように俺からマイクロSDカードを受け取ると、自身が手にしていたノートパソコンに差し込み、すぐに中身の確認をする。
その中には、1000枚近い膨大な量の写真が納められていて、パソコンの画面いっぱいに写し出された懐かしい父さんと母さんの姿に、俺は込み上げるものを感じた。
「ばあちゃん……ありがとう………大切な思い出を守ってくれて………二人との大切な記憶を……守ってくれて………」
ばあちゃんに感謝の言葉を伝えると、ばあちゃんは優しく俺を抱きしめながら言った。
「ごめんね浩太ちゃん。写真しか守れなくて……海に向かう京子さんを止める事が出来なくて……ごめんね……」
「ばあちゃん……もしかして母さん達の事、もう知ってるの?」
横からじいちゃんが口を挟む。
「お前の担任の先生から全聞いたんじゃ。浩太が一人で二人を探してくれた事、遺体安置所で二人が見つかった事。やはり二人とも、わしら老いぼれより先にあの世へ行ってしまってたんじゃな。浩太、一人で両親の死と向き合って心細かったじゃろ。辛かったじゃろ。一人にさせて本当に悪かった。でも今まで一人でよく頑張ったな」
「………じいちゃん……」
「これからは、わしらが二人の分も親がわりとしてお前の側にいるから。だから何も心配はいらん。もう一人で頑張る必要などないぞ」
「じいちゃん……ばあちゃん……ありがとう……。俺の為に、またここに戻って来てくれて……ありがとう……」
じいちゃんと、ばあちゃんとの再会を喜び、俺が必死に涙を堪えていた間、他の奴らはと言えば、俺の家族の写真を見ながらワイワイ好き勝手な事を口にしていた。
「これ会長の小さい頃? 可愛い~!!」
「会長のお母さんて美人さんなんだね~。会長はお母さん似?」
「美女と野獣」
「浩太、良かったな。親父さんに似なくて」
どいつもこいつも、人んちの家族写真見ながら好き放題散々な事を言ってくれる。
「うっせーよ! 親父だってこう見えて中身はイケてるんだぞ!」
俺の怒鳴り声に皆がケラケラ笑う中、司彩がポツリと呟いた。
「写真はこれで十分補えそう。だけど問題は……印刷。紙もインクもないんじゃ……」
じいちゃん達の登場に、ぶち当たった問題の1つは解決したとは言え、もう1つ問題があった事を思い出して、俺たちから再び笑い声が消えた。
すると今度は、遠慮がちに「あの~」と声を上げる人物がいた。
声の方へと振り返ると、そこには昼間フォトモザイクアートを見学に来ていたあのおじさんの姿があった。
「あの……もし良かったら、そのSDカードを私に預からせていただけませんか?」
おじさんの提案に、俺を含めその場にいた皆がキョトンとした顔をしておじさんを見る。
「おじさん……誰?」
一人が皆の疑問を代弁して口にすると、今度は杉崎先生が口を開いた。
「誰って皆覚えてないのか? 菊池写真館の菊池さんだよ。ほら、学校行事の時にはいつも皆の写真を撮りに来てくれてただろう。3年生の卒業アルバム制作にも力を貸して貰ったんだぞ」
先生の説明に、皆が「あぁ」と声を上げた。
確かに、修学旅行や体育祭、文化祭と言った学校行事に、いつも大きなカメラを片手に撮影にきていたおじさんがいたっけと。
ん? 写真屋のおじさんと言うことは――
「おじさもしかしてこの写真、現像出来る?」
三人目の思いもよらなかった人物の登場に、俺は興奮気味にそう訊いた。
「……はい。うちの店も、震災の被害を受けてますが、津波の被害は免れました。一部の機械は壊れてますが、まだ僅かに動かせる機械はあります。数百枚程度なら、何とか皆さんのお役に立てるかと」
「「「本当に?!」」」
菊池のおじさんの言葉に、一度は諦めかけていた俺たちは、歓喜の声を上げる。
「はい。でも少し時間を下さい。明日の朝、そうですね……5時までには何とか間に合わせて持って来ます」
喜ぶ俺たちを他所に、司彩が菊池のおじさんにあるお願いを口にした。
「あの、印刷して欲しい写真を、先にこっちで指定しても良いですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます! うん。先に何処に何の写真を貼るかシュミレーションしておければ大丈夫! 卒業式までの残りの時間で何とか間に合うよ会長!」
誰よりもフォトモザイクアートに尽力してくれていた司彩の表情にも、元気が戻ってくる。
「よし、じゃあお前等、今ある残りの写真を貼り終えたら、今日の作業は終了。残りは明日の朝5時から作業再開だ! だから明日まで体力温存させる為にも、残りの今日の仕事を早く片手けちまうぞ!」
「おぉー!」
皆からも頼もしい声が戻ってくる。
無謀にも思えた俺達の挑戦が、沢山の人達の協力によって、今奇跡を起こそうとしている。
残された時間はあとほんの僅かしかないけれど、奇跡はきっと起きる。
ううん、俺達の手で起こしてみせる!
俺はそんな決意を胸に、少しでも早く今日の作業を終わらせ為、作業を再開させた。




