ラストスパート
そして迎えた最終日、一晩ぐっすり眠った俺達は朝の早い時間からフォトモザイクアートの仕上げに向けて動き出していた。
最終日は思っていた以上に忙しく、目まぐるしい1日となった。
フォトモザイクアート作りに加えて、体育館を使用していた避難者の場所移動を手伝い、そして明日の卒業式に向けての会場セッティングもしなければならなかったから。
フォトモザイクアートの進捗状況はと言えば、舞台上の壁はおよそ6割程が写真で埋まっている状態。残り4割を今日中に張り終わらなければならないわけだが、果たして今日1日で残り全てを貼り終える事がきるのか。まだはっきりとは見えて来ないゴールに、俺は若干の焦りを覚えていた。
不安を抱いていたのはどうやら俺だけではなかったらしく、作業を始めてさ程時間を経たずして、フォトモザイクアートの中心メンバーとして動いてくれていた1年の司彩からも同様の相談を持ちかけられた。
「会長、今少し良いか? ちょっと相談があるのだが」
「どうした、司彩?」
「正直な話、今日1日でこれを完成まで持っていけるのか、まだはっきりとした見通しがたたない」
「……」
「そこで会長に相談なんだが、今日は写真の貼り付け作業と仕分け作業に人手を割きたい。写真収集班をこっちに回してくれないか?」
「それは構わないが、写真の枚数は足りそうなのか?」
「まだ全ての枚数を把握しているわけではないが、これだけあれば多分大丈夫だ」
「そうか。今一番状況を把握してるだろう司彩がそう言うなら、試してみよう。それに俺達三年は明日の卒業式の設営にも人手をとられそうだったからありがたいよ。1、2年には俺から伝えてくる」
「ありがとう会長。今日は徹夜する覚悟で頑張る。だから絶対、完成させよう」
「あぁ、そうだな。一緒に頑張ろう!」
後輩の力強い言葉に励まされながら、とにかく今は出来る限りの事を精一杯頑張らなければと気合いを入れ直した。
***
三年の俺達が、フォトモザイクアート作りに参加出来たのは、お昼を過ぎてからだった。
結局午前中いっぱい、避難者の場所移動と卒業式の会場設営に時間がかかってしまったから。
「浩太、会場設営ありがとな。助かったよ」
「ううん。もともと俺達の仕事だったし」
昼休憩をとってた俺と祐樹の元に杉崎先生がそう声を掛けて来た。
「どうだ、フォトモザイクアートの方は。間に合いそうか?」
「正直まだわからない。作業時間が7時までとなると難しと思う」
「そうか……。仕方ない、なら今日だけは特別に7時以降の作業も許可してやるよ」
「え……いいの、先生?」
「あぁ。ここまで来たら俺としても完成させて欲しいしな。それに今日1日は他の避難者の方々に迷惑をかける事もないだろう。ただし、遅い時間まで生徒だけ残して作業さけるわけにもいかないから、監督として俺も一緒に残るぞ。だから俺にも何か手伝わせてくれ」
俺と祐樹は、先生からの思いがけない提案に、互いに目を合わせる。
「先生、ありがとう!」
「ありがとうございます、先生!」
「おう、頑張れよ」
そしてどちらからともなく感謝を口にする俺達の頭に両手を乗せると、先生はポンポンと穏やかな笑顔を浮かべながら俺達の頭を優しく撫でた。
俺は何だかくすぐったい気持ちになってはにかんだ。
丁度その時、「杉崎先生」と、体育館の前方の入り口から、先生を呼ぶ声が掛かる。
「おっと、悪い。呼ばれてるから俺はもう行くな。また夕方戻ってくるから」
何か用事があったのか、杉崎先生を呼びに来た女の先生と一緒に体育館を出て行った。
先生の後ろ姿を見送った後、俺と祐樹は昼休憩をしていた他の生徒達にも先程の杉崎先生の提案を伝えた。
皆、俺達同様に準備時間の延長を喜んでくれた。
***
先生の応援に元気を貰った俺達は、午後から更に気合いを入れて作業にあたった。
やはり貼り付け作業の人手が増えた事で、制作スピードは格段に上がっていた。
4割程あった壁の空白も、午後3時の時点では2割程にまで減っていた。
このままのスピードならば、今日中には完成させられるかもしれない。そんな自信から、皆の表情にも少しずつ余裕が生まれ始めていた。
「悪い浩太。俺ちょっとトイレ行ってくるわ」
「んあ? あぁ。分かった」
トイレに行く祐樹を見送る俺の視界に、ふと体育館の後方の出入口に佇む一人の男の人の姿を見つけた。
その人は40代くらいの細身の高身長で、何処か脱け殻のような顔でぼーっとこちらを眺めている。
何か用事があるのだろうかと、俺はその人の元に近づくと声を掛けた。
「あの、そこで何をしてるんですか? 誰かに用事ですか? なら俺呼んで来ますけど」
「ん?……あぁ、ごめんね。違うんだ。用事があるとかではなく、ただ君たちの作業を眺めていたんだ」
「もしかして、写真を探しに来た方ですか? ならどうぞ、もっと近くで探して下さい」
「いや、そう言うわけでは……」
慌てて否定する男性に俺が小首を傾げると、男性は一瞬何かを考えた様子で
「じゃあお言葉に甘えて、展示してある写真を近くで見させて貰っても良いかな」と言った。
男性は遠慮勝ちに舞台へと近付いて行くと、壇上に上り、一枚一枚の写真をゆっくりと丁寧に眺めて行く。
そんなおじさんの姿を少し離れた場所から見ながら、俺はふとある違和感を感じていた。
あれ、そう言えばあの人――何処かで見たことあるような? そんな違和感を。
何処で会ったかなと、写真の仕分け作業を続けながらあれこれ考えていると、トイレから帰ってきた祐樹に後ろから頭を叩かれた。
「おい浩太。手止まってんぞ。何サボってたんだよ」
「おぉ祐樹」
ふと時計を見れば、祐樹がトイレに行ってからもう20分近くも経っている。
「遅かったな。うんこか?」
「バカ行ってないでほら、手動かせ」
「いてっ」
再び頭をどつかれながら俺は、すっかり考え事も忘れて、写真の仕分け作業に集中した。
***
その後もあっと言う間に時が過ぎて、すっかり日も沈んだ頃――
杉崎先生をはじめとした数人の先生達が配給のおにぎりやら飲み物やらを持って体育館へとやって来た。
「ほらお前等頑張ってるか。みんなの分の夕飯運んで持って来たから、少し休憩とれ」
「お、杉崎先生、ありがとう。先生にしては気が利くじゃん」
「ありがとうございますだろ。ほら浩太、みんなに配ってやってくれ」
「了解。祐樹も手伝え。みんな俺と祐樹が配るかろ俺達の前に並べ~」
先生達が持ってきてくれた晩御飯の入った箱を受け取りながら、俺達の元にわらわらと集まって来た生徒達を準備に並ばせて、一人一人に配って行く。
「あれ、まだ余ってる。まだ取りに来てない奴いるか?」
俺の前に並ぶ生徒の列が捌け、一通り配り終えたはずの盆の中には何故かまだおにぎりが残っている。
そのおにぎりを見下ろしながら俺は声を上げた。
「あぁ、多分あの子達の分じゃないですか?」
そう言って一人の生徒が、壇上で何やら話している司彩達の姿を指差し言った。
「あぁ、成る程。じゃあ俺届けてくるわ。祐樹こっちはあと宜しく」
「あぁ」
残りの配膳を祐樹に任せて、俺は司彩達のいる壇上へと向かった。
「お~い。飯の時間だぞ。ちょっと休憩して、飯にしようぜ」
「あ、会長……」
俺が声を掛けると、司彩は何故か抜が悪そうに目を反らした。
「ん? 司彩、どうかしたか?」
司彩の態度を不思議に思って俺が首を傾げると、司彩は俯きがちに申し訳なさそに謝罪の言葉を口にした。
「会長……すまない」
「?? どうした司彩。そんなに泣きそうな顔して」
「…………実は……私の見立てが甘くて、集めた写真だけでは足りなさそうなんだ」
「えぇ?」
すっかりゴールを確信し始めていた俺にとって、司彩の語った内容は全く思いもよらなかった事で、俺は思わず大きな声をあげて驚いてしまう。
そんな俺の声に、休憩中の生徒達が「何だ何だ?」と食事の手を止め、ぞろぞろ俺達の元へとやってくる。
意図せず集まって来てしまった皆の姿を前にして、司彩は急いで壇上を降り、皆の前で再び深々と頭を下げながら申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。
「皆もすまない。せっかくここまで頑張って貰ったのに……残りの写真だけではフォトモザイクアートを完成させられそうになくて……」
「は? 今さら何言ってんだよ」
「何だよそれ。ふざけるなよ!」
司彩の謝罪に多くの生徒達から口々に不満の声が上がった。
皆から向けられる怒りの声に、司彩の肩はどんどん萎縮して小さく丸まって行く。
俺は慌てて司彩の前にを立ち、この場を宥めようと必死に皆を説得した。
「ま、待ってくれ。司彩は何も悪くない。司彩はここまでよく頑張ってくれた。皆もよく知ってるだろ」
「頑張ったって完成させられなきゃ意味がないじゃないですか。枚数的には写真は十分足りそうだって言うから、俺達今日は写真集めを止めて先輩達の作業を手伝ったんですよ。それが今になって足りないって、もし今日も写真を集めてたら足りたかもしれないのに」
「それだと貼り付け作業が間に合わなかったかもしれない。司彩の判断は別に間違ってたわけでもないだろ」
「でも結局写真が足りないんじゃ完成させられないじゃないですか」
生徒達からぶつけられる不満。
でもあの時こうしておけば、ああしておけば、なんて議論を今ここでしても、何の解決にもならない。
ならば、何かこのピンチを打開できる良い策を考えなくてはと、俺は頭をフル回転して解決策を模索した。
「時間はまだある。なら今からでも撮りに――」
「それはダメだ。こんな時間に生徒を外へ出歩かせるわけにはいかないぞ、浩太」
俺の提案に、杉崎先生から待ったの声が掛かった。
「な、なら、撮影班が撮り貯めた写真を、もう一度印刷して使い回せば――」
「ごめんなさい会長。実はインクも紙も、もう在庫が殆ど残ってなくて……印刷できて数十枚だけなんです」
「司彩、あと何枚足りないんだ?」
「多分だが、200枚くらい」
「…………」
撮影もできない、印刷も出来ないとなると、結局はもうどうする事もできないのではないか? 八方塞がりの状態に、俺はそれ以上の言葉を失った。
皆の間にも、諦めムードが漂っていて、一番責任を感じているだろう司彩からは、ひっくひっくと涙を堪えてしゃくりあげる声が背中越しに聞こえていた。
司彩が責任を感じる必要など何もないのに。
フォトモザイクアートをやりたいと言い出したのは俺なのだから。
ここまで皆を巻き込んで迷惑をかけて来たのは俺なのだから。
だからここは、俺が何とかしなければ――
そう気持ちが焦れば焦る程、俺の頭は意思とは反対に思考が止まって行くばかり。
結局何の解決策も思い付かないまま、まるでお通夜のような暗く静かな空気が体育館中に流れていた。
そんな最悪の空気を打ち砕くように、突然ガラガラと大きな音を立て、体育館の後方の入り口のドアが開かれる。
静まり返っていた体育館に、突如響いたその音に、皆はっとして後方を振り返る。
するとそこには、思いもよらなかった人物が立っていて、俺は目を丸くした驚いた。




