生徒会の名の元に
「先生っ! 拡声器借りてくよ!!」
次の日、朝の8時。
避難所の朝食の配給が始まる時間帯。
その時間を今か今かと待ちわびていた俺は、8時丁度を見計らって職員室へと駆け込んだ。
「おぉ〜分かった…………って浩太?! お前、拡声器なんて何に使うつもりだ? お前一体今度は何を仕出かすつもりだ?」
「仕出かすなんて酷いな~。ま、今は細かい事は気にしないでさ、俺達がやろうとしている事を温かい目で見守っててよ先生」
「見守ってろって、おいっ! こらっ! お前が問題起こす度に叱られるのは担任の俺なんだからな、わかってんのか!」
杉崎先生の歎きを背中に訊きながら、俺はそれを無視して走り出す。
もの凄い勢いで階段を駆け降りて行き、目指す場所は
配給が行われている調理実習室!
そこには既に配給を待つ人々の長蛇の列が出来ていた。
その列を目で追いながら、大きく息を吸って、ニッと俺は笑みを浮かべる。
「うわ〜、嫌な笑い方」
いつの間に隣にいたのか、祐樹がそんな俺の顔を見てぼそりと呟いた。
「仕方ないだろ。これからやろうとしている事に俺は酷く興奮してるんだ!」
「興奮って、一体何をするつもりなんだか」
「まあ見てろって。生徒会の名の元に、俺は今まで以上に面白くて、想い出に残るようなでっかい事してやるから」
祐樹と2、3交わした会話の後、俺は大きく息を吸い、呼吸を整える。
そして拡声器を構え、配給の列に向け大きな声で叫んだ。
「南一中全校生徒につぐ! 南一中生徒は、1時間後、午前9時に体育館前の広場に集合せよ! 繰り返す。南一中生徒は、体育館前の広場に集合せよ!」
拡声器を通して流れる俺の呼び掛けに、配給の列に並んでいた人々からは色々な視線を向けられた。
迷惑そうに睨みつけてくる視線。
冷ややかな視線。
好奇の視線。
だが、注がれるそれらすべての視線を一身に受けながら、尚も俺は繰り返す。
「南一中生徒は1時間後、体育館前の広場に集合せよ!」
そして、何度となく同じ内容を繰り返し叫びながら列の後方へ向かって走り出した。
とその時、配給の列の中から、見知った二人の生徒に声を掛けられた。
「あ~会長! それに沢田先輩も! おはようございます。何ですか何ですか? 二人揃って騒いでるって事は、またお騒がせ生徒会が動き出すんですか?! 今度は何を始めるつもりなんですか~?」
「楽しい余興、待ってた」
「おお、 お前達は昨日の――」
声を掛けて来たのは、昨日祐樹を探していた際に出会った、俺のファンを自称するあの二人の女子生徒達。
何か面白い企画をと熱望していただけに、物凄く熱い好奇心を向けてくる。
「ふふふ。まだ余興の中身は秘密だ。けど俺達3年の卒業前に、最後もう一発、ドカンとでっけ~花火打ち上げるつもりでいるから、お前等も協力してくれよな」
「勿論です。任しといて下さい会長! 9時に体育館前の広場ですね。学校に避難してるクラスメトは全員連れて参加しますよ!」
「お、頼もしいね~! んじゃ、頼んだぞ! 頼りにしてっからな」
「うん、会長も頑張って」
「おう、ありがとな!」
二人に別れを告げ、俺は再び呼び掛けを再開する。
配給の列も最後尾まで来ると、次は校舎内を巡回する。
集合時間に掲げた9時までの間、俺はありとあらゆる場所を回って呼び掛けに奔走した。
その中で、迷惑そうな冷ややかな声を向けられる事も勿論あったが、先程の少女達のように俺達元生徒会に期待してくれる声や応援してくれる声も少なからずはあって、そんな温かな声に元気付けられながら、およそ1時間に及ぶ人集めを駆け抜けた。
***
「5、4、3、2――」
腕時計の秒針を見つめながら俺はカウントダウンを口にする。
長針と秒針が12を指し示した瞬間、俺の隣で祐樹が呟いた。
「9時になったな。集まったのは、ざっと30人てところか。思ったより少ないな」
「ん~まぁ、地震後、学校で避難生活送ってる奴ばっかでもないしな。集まりが悪いのは仕方ない。でもここにいる皆はよく集まってくれた! 感謝する!」
集まってくれた生徒達に俺は大きな声で感謝の気持ちを伝えた。
突然の召集に、これだけの生徒が集まってくれたのだから立ち上がりとしては上等だ!
「感謝なんてされる程の事もない。この退屈な避難所生活に飽き飽きしてたからさ。ここにいる奴らは佐々木の馬鹿騒ぎを、心のどこかで期待してたんだ」
俺と祐樹のクラスメイト、大久保が集まった生徒の先頭をきって口を開いた。
大久保の発言を合図に、あちらこちらから和気藹々と様々な声が上がる。
「そうそう、会長は特に何も行事がない月でも、何かしらゲリラ的に企画して騒いで、会長の思いつきに振り回されるのは、一中生徒にとっちゃ、もう日常みたいなもんですよ」
「と言うか、会長が大人しい方が逆に怖いですよ」
「で? 会長、今回は何を企んでるんですか~?」
「聞いて驚け! 俺が昨日から寝る間も惜しんで考えたとっておきの企画! それはな、アートだよ、アート!」
「「「………?」」」」
俺の言葉に、さっきまでの和気藹々とした笑い声はどこへやら、皆一斉に無言になる。
ポカンとした表情で?マークを浮かべながら俺を見ている。
「ん? なんだ、どうしたその反応は?」
「いや……反応も何も、大雑把過ぎてどう反応したら良いのか、分からないだと思うぞ」
皆の戸惑いを代表して、俺の隣に立つ祐樹が言った。
「そんな事言われてもなぁ、俺も正式な名前、知らないんだよ」
「おい浩太、発起人のお前がそんなんで、俺達にいったい何をしろと?」
「写真を集めて欲しい」
「は? 写真?」
「そう。俺達の――ううん、この町中の思い出を集めてそれを壁いっぱいに貼るんだ。そしてそれを遠くから眺めた時に一枚の大きな絵に見えるようにするんだ。テレビとかで見た事あるだろ?」
「フォトモザイクアート」
俺の頭の中の構想を、漠然とした言葉で伝えた時、一人の女子生徒が呟くように発言した。
俺をはじめ、その場に集まっていた生徒全員が、発言の主へと視線を向けた。
皆の集まる視線の先には、先程の呼び掛けで、真っ先に賛同を示してくれた自称俺のファンを名乗る女生徒のうちの一人、ショートカットが似合う物静かなあの子だった。
「司彩知ってるの?」
彼女の友達、ツインテールの子が驚いたように問い掛ける。
その問いに司咲と呼ばれた子はコクンと力強く頷いた。
「本当か? 作った事あったりするか?」
「ある。でも………多分今、ここでそれを作るの難しい」
「どうして?」
「あれを作るには一度パソコンで緻密なシュミレーションをしたうえで作る。今は電気が十分じゃない。パソコン……使えない」
「機械なんか使わなくたって、作れるだろ? 人間の感性で」
「出来ない事はない。けど……膨大な時間かかる。会長、卒業式に間に合わせたい? なら時間全然足りない……」
「…………」
司彩の言葉にどうしたもんかと俺は黙り込む。
「そもそも、どうしてその何とかアート? をやろうと思ったんだ?」
黙る俺に、心配そうな顔をした祐樹から、ある疑問を投げ掛けられた。
「それは……」
どうしてと訊かれても、俺自身まだ上手く自分の考えを整理出来ていない。そんな状態でどれだけ上手く説明できるか、一瞬答えに詰まった。
けど……俺自身も前を向くきっかけとなった想いを、どうにか皆にも伝えたい、届いて欲しい。ただその一心で、不器用な言葉を並べながらゆっくりと語り始める。
「地震で、俺達は多くのものを失っただろ。住み慣れた家や、見慣れた風景、大切な人達。大好きが詰まったこの町の多くを失った。皆が絶望を感じて、生きる気力を失ったこの町の人々は今、まるで時間が止まってしまったみたいに途方にくれている。つい昨日まで、俺自身もそうだった」
「今は違うのか?」
皆が静かに俺の話に耳を傾けてくれる中、隣に立つ祐樹が相槌をくれる。
「違う。俺は生きる希望を見つけた」
「生きる……希望? お前が見つけた希望って?」
「思い出だよ」
「思い出? だから写真、なのか?」
祐樹の言葉にコクんと頷く。
「先生が教えてくれたんだ。この地震で両親が死んで、迷路のような暗闇の中にいた俺に、二人はまだ生きてるいるんだって」
「どう言う事だ?」
「俺の記憶の中で二人はまだ生きてるんだよ。俺の中には二人と過ごした思い出が沢山あって、無くなってしまったと思っていた両親の温もりが、俺の記憶の中にはまだ鮮明に残ってる。二人と過ごした時間が今の俺自身に染み付いて、今も俺と言う人間を形作ってる。その時思ったんだ。この地震で全ての物を失ったと思ったけど、でもそれは、ただ思い込んでるだけで、実は俺達は“全て”無くたわけじゃないんじゃないかって。だって過去は何一つ無くしてないんだから」
「過去は……失くしてない……」
「そう。俺達は、大切な物を目の前から失くした“今”にばかり捕われて、身動き出来なくなってるけどさ、振り返れば忘れられない、忘れたくない過去が沢山あるんだ。大切な過去だからこそ、俺達は失ってしまった“今”に絶望を感じてるんだ。辛くて、悲しくて……途方にくれて、動けなくなってしまう程に」
「…………」
「けどさ、それは裏を返せば、それだけ大切な過去だったからこそ、俺達の未来への道標にもなるんじゃないのかな。震災って言う大きな困難にブチあたろうと、幸せだった過去の思い出が、俺達に元気や勇気を与えてくれるんじゃないのかな? 過去があるから今がある。今があるから未来がある。俺達の歩む道は全て繋がってる」
「…………」
「この町に溢れる、大切な思い出達を一つに集める事で、悲しみに溺れて止まってしまったこの町の“今”を、解き放つ事が出来るかもしれない。そして俺達は、この町で過ごした大切な思い出を胸に、これから先の未来へ向かって、歩き出す事が出来るかもしれない。これは俺の単なる願望で、核心はない。
けど……皆が離れ離れになる最後のぎりぎりまで、精一杯に“今”を楽しみたい。学校中の皆と一生記憶に残るような最高の思い出を作りたい! そして俺達の精一杯に楽しんだ"今"が、この町の人達にとっても、未来へと繋がる希望になればって思うんだ。それが俺のフォトモザイクアートに込める想い」
自分の気持ちを吐き出した俺は、集まってくれた仲間達一人一人の顔をじっくり見渡す。
下手くそな俺の言葉は、どれだけ皆に伝わっただろう。不安な気持ちを胸に皆からの反応を待った。
「あ、あの……か、会長……」
最初に反応をくれたのは、丸メガネをかけた大人しい印象の男子生徒。オドオドした様子で申し訳なさそうに手を上げた。
「どうした?」
「あの、えっと……うち、実は運よく津波の被害に合わなくてすんで……」
「うん」
「それで、えっと……えっと……」
「うん」
「うちに、発電機があるんです。昼間とかなら……多分、親に言って貸して貰えると……思うんです……けど……お役に立ちますか?」
「ホントか?! あぁ、でも……燃料とか……大丈夫なのか? 今は燃料も不足して……」
「足漕ぎ式なんで、大丈夫です!」
「バッテリーに問題なければ、パソコンでのシュミレーションは私に任せろ!」
丸メガネの男子生徒の申し出に、今度は司彩が自信満々に答えた。
二人の心強い申し出に、俺は自然と笑顔が溢れた。
「じゃあ、うちはデジカメ提供するぜ。つい最近充電したばっかりだから、まだまだバッテリーには困らないはず!」
「あ、私も! 私もカメラ持ってくる! 私のお父さん、写真屋やってるから、カメラならいっぱいあるよ!」
「え? でも思い出の写真だろ? 新しく撮った写真も使うのか?」
会話の中、ふと浮かび上がった疑問の声に、俺は暫く考えて、こう答えを出した。
「そうだな……。"今"もいつかは過去になる。“今“の思い出として、記録しても良いんじゃないかと思うんだけど」
「新しく写真を印刷するなら、きっと相当な紙とインク使う。印刷には学校の備品を借りるとして、枚数はそれほど期待できないかも」
俺の出した答えに、司彩が淡々とした口調で問題を指摘した。
「あ、じゃあ私、紙とインク持ってくるよ。買い置きしてたのがあるはずだから。今のこの状況下では家には不必要なものだしね」
「俺も! 俺も家にあるもので協力出来るものがあるなら何だって持ってくるぜ」
「…………皆……」
その場にいた者達が一人、また一人と協力を申し出てくれる。その姿に何だか胸がじんとした。
「私は……学校で今、避難生活をしてるから……何か物を提供する事は無理だけど、でも労働力ならいくらでも提供します。会長がやろうとしてる事を全力でお手伝いさせて下さい!」
「ウチも! ウチも労働力ならいくらでも!」
「じゃああたし、街へ出て写真提供して貰えるように町の人達に事情を説明してくるよ」
「オレは瓦礫の中から写真探す!何か今、思い出探しのボランティア的なのが増えてるって話、噂で聞いたし。その人達にも協力して貰って写真集めてくるよ!」
「僕、学校に残ってフォトモザイクアート制作を手伝います。僕一応美術部なんで。少しでも役に経てるように頑張ります!」
家を無くした者達からも、次々に協力の声が上がった。
皆、誰に言われたでもなく、自分が出来る精一杯の行動を起こしてくれる。
「じゃあ俺は、先生達に場所の提供をお願いしてくるとしますかね」
ついにはあんなに面倒がっていた祐樹までもが――
「祐樹……ありがとう……」
「こんなにも皆が一つになろうとしてるんだ。生徒会の一員である俺が、協力しないわけにはいかないだろ。感謝するなら俺じゃなく、ここにいる皆に言ってやれ」
祐樹の言葉に大きく頷く。
「お前等、本当に……本当にありがとな! お前等のおかげで、なんかやり遂げられそうな気がして来た!
一人の力は小さくても、皆の力が合わさればきっと――」
キラキラと瞳を輝かせてはしゃぐ皆の姿。
その姿に俺は、まだ見ぬ未来への可能性を感じた。
こいつらならきっと――
それが嬉しくて、俺の声も自然とはしゃいだものになった。
「よ~しお前等! 今日から寝る暇もないと思え!」
「「「おぉ〜!」」」
「絶対絶対、やり遂げるぞ!!」
「「「おぉ〜〜!!」」」
「期待してっからな!」
「「「任せといてよ!会長!」」」
「お前等、最高だ!」
「「「当ったり前だろ!」」」
「ははは。お前等ほんっと最っっ高! よし、じゃあ解散だ! 今から思う存分暴れ回ってこい!!」
「「「おおぉぉ~~~!!」」」
雄叫びにも似た、気合いの籠る声を上げ、皆それぞれの役目に向かって走り出した。
きっと大丈夫。
こんなに頼りになる奴らならきっと、絶望も希望に変えられる。
この先、俺達にどんな困難が待ち受けていようと、きっと皆で乗り越えられる。
俺はそう、信じてる!




