未来への小さな一歩
「あ、浩太お兄ちゃん」
「おう元樹、待たせたな」
先生と別れた後、俺は最後の段ボールを体育館へと運び終え、元樹の待つ3-3組の教室へと戻ってきた。
「浩太、さっき元樹の事助けてくれたんだってな。ありがとな」
夕方の喧嘩なんてまるでなかったかのように、祐樹から元樹の一件について感謝の言葉を告げられる。
そんな祐樹の対応に「おう」と短く返事をしながら、俺は内心ホッとしていた。
「そうだ元樹。ほら約束のもの」
思い出したようにがさごそと鞄の中を漁りながら、俺は綺麗に包装されたあるものを取り出し元樹に渡した。
「ありがとう、浩太お兄ちゃん! でもこれ、本当に貰っちゃって良いの?」
「あぁ、いいさ。兄ちゃんと母さんと仲良く三人で食べな」
俺が言うと、元樹は嬉しそうに包装を開けだした。
「待て元樹っ! 浩太お前これ、もしかして……」
包装された“それ”を見て、祐樹は何かに気づいたのか慌てて元樹の手を止める。
けれど、祐樹の静止は一足遅く、元樹によって開けられた包装紙の中からは、四つ葉のクローバーに見立てられ並べられたハート型のクッキーが、あの日お店で見たままの綺麗な姿で顔を覗かせた。
「やっぱり……これって桜井の為に用意してたものじゃないのか?」
それを見て祐樹が申し訳なさそうに問い掛けてくる。
祐樹の疑問に俺は素直に頷いた。
「あぁ、そうだよ。卒業式の日に、バレンタインのお返しとしてあいつにあげるつもりだったものだ」
「そんな大事なもの貰えない!」
「良いんだ、これは元樹にやるよ」
「どうして? 浩太お前、もしかして諦めてるのか? 桜井がもしかしたら……もう戻ってこないんじゃないかって」
「それは違う!」
「じゃあどうして、こんな大切なもの………」
「腐らせて無駄にするより、今困ってる人の為に役立てた方が良いんじゃないかって、そう思ったから」
「やっぱりそれは……諦めてるんじゃないのか?」
祐樹の二度の同じ問い掛けに、俺はニッコリ微笑んで首を横に振った。
「違う。あの日交わした約束は、今もまだ果たせずにいるけど、でも俺は信じてる。あいつは死んでない。今もどこかできっと生きてるって。祐樹がそう教えてくれたんだろ。夢に出てくるのが生きてる証拠だって。あいつは毎日夢の中で俺に会いに来てくれるんだ。だからあいつは絶対生きてる! きっといつか約束を果たしに俺に会いに来てくれるって、俺はそう信じてる」
「なら尚更……」
「良いんだ。ホワイトデーに用意してたものは、まだ他にもあるから。そっちはお菓子と違って腐ったりしない。一生形に残るものだから」
「………」
俺はポケットから、包装されたもう1つの箱を取り出して見せた。
「自分の気持ちに気付けずに、恥ずかしがって一度は捨てようとしたものだったけど――」
――『ペンダントとかのアクセ類をプレゼントするのって、男の独占欲の表れだって言うしね〜』
あの日、あの場に居合わせた、女子高校生達の会話を思い出しながら、俺はふっと小さな笑いを溢した。
「でも、自分の気持ちに気付いた今なら、こっちを恥ずかしがらずに素直に渡せるって思うんだ。今の俺が真奈に本当に渡したいものは、今手にしてるこっちだって分かったから。だからこのクッキーは、今この瞬間に必要としてる人に食べて欲しいんだ」
「……浩太……」
俺と祐樹の間に、少し長めの沈黙が流れた。
その沈黙を破ったのは、俺達のやりとりをオロオロしながら聞いていた元樹の不安そうな声。
「ねぇ、兄ちゃん。これ……やっぱり食べちゃダメなの? 浩太お兄ちゃんに、返した方が良いの?」
「良いんだよ元樹。返さなくて良い。そのクッキーはお前に上げたものだから、好きなだけ食べて良いんだ」
「……でも……兄ちゃんが……」
元樹は困った顔で祐樹の顔を見上げていた。
元樹の問いかけに、祐樹は小さく頷き言った。
「…………分かった。……じゃあ、遠慮なく貰うよ。ありがとな浩太。元樹も、浩太にちゃんと御礼を言って。そしたら食べて良いぞ」
祐樹の言葉を合図に、元樹は嬉しそうにクッキーを手に取り俺を見る。
「浩太お兄ちゃん、ありがとう!」
「どういたしまして。いっぱい食って、大きくなれよ」
「ううん。僕一人だけ食べるなんてできないよ。兄ちゃんにもお母さんにも、それから浩太お兄ちゃんにも、み~んなでなかまっこ!」
思いがけず満面の笑顔で皆にクッキーを配りはじめた元樹。
「「…………」」
そんな元樹の優しさに、俺と祐樹は互いに顔を見合わせ笑い合った。
「そう言えば浩太、お前泣いたのか? 目が真っ赤だ」
元樹が分けてくれたクッキーを食べながら、俺の隣に座っていた祐樹がポツリと呟く。
「あぁ、泣いた。やっと泣けた」
「……そっか。なら良かった」
「お前の言った通りだった。泣いたら色々すっきりした」
「だから言っただろ?」
「あぁ、そうだな。だからもう俺は大丈夫だ。お前は、元樹やおばさんと一緒に行け」
「浩太、だから俺はっ!」
「いいから、行けって」
「でも……」
「お前がそんなに渋るんだったら、俺がお前の事追い出してやるよ」
追い出すと言った俺の言葉に、祐樹が悲しげな視線を寄越してきた。
俺はそれに気付かないふりをして話を続けた。
「近々、伸び伸びになってた俺達三年の卒業式をするんだって、さっき杉崎先生が教えてくれたんだ。その卒業式の場でさ、生徒会最後のでっかい花火打ち上ようと思うんだ。それがこの町を離れるお前への餞だ。それが成功したら、お前は素直に俺からの餞を受け取って、新しい場所で新しい道を歩き出せ。俺はこの町で俺の道を歩き出す。これから先俺達は、違う場所で別々の道を歩くんだ」
「………」
「悪いが否は認めない!」
「……おい」
「因みにこの計画には、祐樹も生徒会会計として強制参加だからな!!」
「おい、ちょっと待て。それはおかしいだろ! 俺を説得したいんならお前一人の力で何とかするもんだろ? 何で説得される側の俺が、わざわざお前に力を貸さなきゃならないんだ? 絶対何かおかしいだ――」
「否は認めない! これは会長命令だ!」
「お前な~~~~!!」
祐樹の言葉を遮って、強引に祐樹を巻き込もうとする俺に、祐樹は肩をプルプル震わせながら声を荒げた。
そんな祐樹の反応に俺はケラケラ笑った。
「ま、なんて偉そうな事言って、ぶっちゃけ具体的に何をやるのかなんて、まだな〜んも決めてないんだけどな〜」
「はぁ? あんだけ偉そうな事言っておいて、まだ何も考えてないのか?」
「おう! だってほんの今さっき思い付いた事だし」
「そんな事に俺を巻き込むな!」
「否は認めない! 俺達運命共同隊だろ?」
「またそれかよ。てか、誰がいつそんな事言った?」
「だって祐樹は、俺の事が心配で家族と離れてまで俺と一緒にいてくれるつもりだったんだろ? まさに運命協同隊!」
「それを拒んだのは浩太の方だろ! お前、言ってる事とやろうとしてる事が矛盾してるって気付いてる?」
「細かい事をいちいち気にすんな! ちっさい男は嫌われるぞ祐樹!」
「あぁ~~~お前は! いつもいつも思いつきで人の事振り回しやがって!」
「それがいつもの俺! だろ?」
「…………だな。紛れもなくいつものお前だ」
「だから言っただろ。俺はもう大丈夫だって」
「だな。何があったか知んないけど、知らない間にお前は自分一人で立ち直ったんだな。はぁ……お前の心配なんかした俺が馬鹿だった」
祐樹はどこか寂しそうに小さく溜息をついた。
「そんな事はない。お前がいてくれたから、俺はいつもの俺でいられるんだ。感謝してるぜ相棒。だから、卒業式までの残りの時間も……頼りにしてるぜ? 相棒!!」
「わ~かったよ。手伝えば良いんだろ手伝えば。ったく……調子の良い奴」
「へへ」
祐樹の言葉に照れ笑いを浮かべる。
「褒めてない!」
「よしっ!そうと決まれば、今夜一晩でアイデア練って、明日は朝から協力者集めだ! 生徒会の名のもとに、全校生徒を巻き込んで中学最後のでっかい花火を打ち上げんぞ!!」
「……はぁ。バカの相手はホント疲れる……」
こうして俺達は、3/11に一度止まってしまった俺達の刻を再び動き出させるべく、小さな一歩を踏み出した。
この一歩が、俺達以外にも未だ刻を止めたままうずくまってしまっている人達に少しでも伝染して、前を向く力になってくるたら良いな。
そんな事を願いながら――




