偏見
「ったくお前は、俺が頼んだ用事も放って祐樹を探しに行ったのは喧嘩する為だったのか?」
職員室まで連れて来られるなり杉崎先生の説教が始まる。
「……」
「で? 喧嘩の原因は?」
「…………」
「おいコラ、無視するつもりか。うんとかすんとか、何か言ったらどうだ?」
「………………」
「…………はぁ」
先生から視線をそらして、むすっとした表情で無言を貫く俺に、先生は盛大な溜息をついた。
「話たくないなら良い。お前達もお前達なりに色々と苦しんでいるんだろう。俺もこれ以上は聞かない。でも……」
「?」
「殴り合いの喧嘩騒動を起こした罰は与えないとな」
そう言って、真剣な顔で話していた先生が急にニヤリと嫌らしい笑みを浮かべたものだから、嫌な予感に俺は慌てて逃げ出そうと試みた。
「せ、先生、俺夕方こそは配給の列に並ばないと。晩飯まで食いっぱぐれちゃうよ。もう十分反省してるからさ、ね、先生許して?」
――が、逃げ出そうと先生に背を向けた瞬間、首ねっこを捕まれて
「さっきの態度の何処が反省してるって? 今度こそ逃がさないからな」
「せ、先生ぇ~勘弁してよ〜。また俺にあの重たい段ボール運ばせるつもり?」
「当たり前だろ。手伝うって言ったのはお前なんだ。自分の言った事には最後まで責任を持て」
「とかなんとかまともな事言ってるようだけど、ただ単に先生が運びたくないだけだろ」
「いやいや、これは人に迷惑をかけた罰だ、罰」
「嘘だ。絶対自分の嫌な仕事を生徒に押し付けようとしてるだけなんだ。汚ねぇぞ大人は! 汚なすぎる!!」
「なんとでも言え。ほら、早く終わらせないとそれこそ晩飯の配給に間に合わなくなるぞ。良いのかそれでも」
「う゛………」
「これ運び終わるまでは俺も解放してやらないからな」
「そんな~……俺朝も食べてないのに〜」
「だから、晩御飯を食べたかったら、いつまでも減らず口ばっかたたいてないで体を動かせって」
「………くっそ~~!この陰険教師!!」
「お、何だ? 先生にそんな態度とっても良いのか?他にもまだまだ手伝って欲しい仕事はあるんだぞ?」
「…………くっそ〜〜」
俺は悔しさに唇を噛み締めながら、先生に素直に謝った。
「すみま……せん……でした……」
「分かれば良いんだ分かればな。ほら、さっさと終わらせるぞ。先生も手伝ってやるから」
「手伝ってって、これ元々は先生の仕事だろ」
「あ゛ぁ? 何か言ったか?」
「……何も言ってません」
こうして祐樹と喧嘩してしまった俺は、感傷に浸る事すら許されぬままに、罰と称して強引に先生の雑務を手伝わされる事となった。
おかげで少し、頭が冷えた気がする。
今にして思えば、さっきは何をあんなに怒ってしまったのだろう。
祐樹が俺に何も報せずにこの町からいなくなると聞いて怒って、祐樹が俺の為にこの町に残ると聞いても怒った。
自分の矛盾した感情に我ながら呆れる。
俺は本当は何を望んでいるのかだろう――
***
答の出ない自問自答を繰り返しながら、黙々とこなした段ボール運びの仕事。
職員室と体育館をなん往復もして、やっと終わりが見えて来た頃、周囲はもうすっかり暗くなっていた。
先生から借りた懐中電灯のわずかな明かりを頼りに、最後に残った段ボールを取りに職員室を目指し一人歩 く廊下。
人気のない東校舎の静かな廊下には俺の盛大な腹の音が響き渡った。
「………腹……減った……」
もう今晩の配給も終る頃だろうか。
このままだと本当に晩飯まで食いっぱぐれちまう。
俺は足早に職員室へと急いだ。
東校舎から南校舎へと入り、職員室がある2階へと続く階段を駆け上がろうとした時、どこかから子供が言い争っているような声が聞こえて足を止める。
「やめて、返して! やっと貰ったご飯なんだから返してよ!」
「貰った? 盗んだの間違いじゃないのか。お前に食わせるような食べ物は、この避難所にはないんだよ」
耳を澄まして声を辿って行くと、階段の下、普段人が近付かないような物置と化したその場所に、小学校低学年くらいの子供が数人、一人を取り囲むようにして立っていた。
「おいお前等、そこで何やってるんだ?」
そう声を掛けながら、手にしていた懐中電灯で子供達の顔を照らすと、驚いたように肩をビクンっと跳ね上がらせて、その場にいた子供達は一斉にこちらを振り返った。
床に一つ、おにぎりが転がる。
どうやら驚いたあまり、手から離してしまったらしい。
「あぁ~~……」
無残に転がるおにぎりに、大きな悲鳴が上がった。
声の主は慌てたように床に落ちたおにぎりを拾う。
その姿を追って照らした懐中電灯の明かり。その明かりがはっきりと照らし出した子供の顔に俺は息を呑んだ。
「…………元樹?」
おにぎりを拾う元樹の顔は今にも泣きそうで――
いじめられていた子供は元樹だったのだと理解した俺は、慌てて元樹の元へと駆け寄った。
「お前等いじめてたのか?」
「「「……………」」」
俺の怒りに元樹を取り囲んで囲んでいた数人の子供達は気まずそうに視線を泳がせた。
「どうしてこんな事した?」
「だって……そいつ福島からの避難者なんだろ?」
「それがどうしたって言うんだ」
「お母さんが言ってたんだ。福島から避難して来たコイツは、ほうしゃのう?ってやつを運んで来たんじゃないかって。ほうしゃのうってのは人の体に害を与える物凄く怖いものだから、そいつに近付くとそれをうつされるんだって」
「……よくもそんなでたらめを……」
怒りが言葉となって零れた。
「だから絶対に近付いちゃいけないのよって、お母さん言ってた。そんな危ない奴にいつまでもこの避難所にいて貰ったら困るだろ。だからオレ達で退治しようと思って! お兄ちゃん邪魔しないで!!」
「そんなの運んで来てなんてないもん! 僕は危なくなんてないもん!!」
「嘘つけ! お前は危険な存在だ。早くこの避難所から出てけ! お前に食べさせるような食べ物、ここにはないんだよ!」
「これは……僕だけじゃない。お母さんとお兄ちゃんの為に貰ってきたものだったのに……。お母さん達お腹すかせて待ってるのに……返してよ僕のおにぎり、返して!」
「お前、よそ者のくせに生意気だぞ!」
子供達の言い争いはエスカレートして、次第に暴力へと発展して行く。
一人の子供が元樹めがけて握り拳を振り上げた。
俺は慌ててその手を乱暴に掴んだ。
何の根拠もない、一方的な言い分に怒りを我慢出来なくなっていた俺は、掴んだその手に無意識に力を篭めていた。
「痛いっ!痛い痛い痛い!! 骨が折れちゃうよ。離してよ」
痛みを訴え怯えた瞳を、俺は真っ直ぐに見据える。
「もう一度言ってみろ。元樹がなんだって?」
「だからこいつは危険な存在だって……」
「何が危険だって?」
「だから……ほうしゃのうが……」
「放射能がどんなものなのかお前は知ってるのか?」
「……そんな難しい事は……わかんないけど………」
「分からないのにどうして危険だと言い切れる?」
「それは…………」
「分からないくせにどうして元樹を責められるんだ」
「…………」
「何の根拠もないのに勝手な想像だけで危険だなんて決め付けるな!」
「でも……だって……だってお母さんがそう言ってたんだもん!」
「だとしたらお前の母親は子供に根拠もないでたらめを教える最低な母親だな」
「っ! お母さんを悪く言うな!お母さんの事何も知らないくせに!」
「お前だって元樹の事を何も知らないだろ。俺はお前と同じ事をしただけだ。最初に見聞きした事だけで人を判断して、馬鹿にして。ただそれだけの事なのに何をそんなに怒ってるんだ?」
「………」
「親を馬鹿にされてムカついたか? 悔しいか? だったら元樹の気持ちも分かっただろ?」
「…………」
「もしお前が元樹と同じ立場だったらどうする。地震でただでさえ不安な中、離れて暮らしていた家族の安否は分からなくて、心配で、不安で、そんな気持ちを沢山抱えながらやっとの思いで見知らぬ土地まで来たんだ。それなのに、ただ福島から来たってだけで危険だと疎まれて、よそ者だと邪険に扱われて……おかしいと思わないか?」
「…………嫌だそんなの……オレは何も悪くないじゃないか」
「そうだ。何も悪くない。分かってるじゃないか。元樹は何も悪くない。ただ大好きな兄貴に会いたいと望んだだけだ。悪い事なんて何一つしてないのに、お前は……お前達はそんな元樹を責めるのか?」
「「「……………」」」
「ちゃんと分かってるよな。今自分がした事が良い事なのか、悪い事なのか」
先程までのきつい口調から少し穏やかものへと変えて、俺は優しく尋ねてみた。
「……ゴメンなさい。…………ゴメンなさい。……ゴメンなさい……」
不意に泣き出す子供達。
その姿にほっとため息が出た。
俺は泣きじゃくる子供達の頭を撫でてやりながら宥める。
「もうしないよな。こんな事、もう絶対にしないって約束できるよな?」
「しない。絶対にしないよ。約束する。本当に……ゴメンなさい……」
「よし、良い子だ。これからは自分が同じ立場に立ったらどんな気持ちになるのか、それをちゃんと考えてから行動するんだぞ」
コクンと小さく頷く子供達。
「自分がされて嫌な事は、絶対人にはしちゃダメだ。いいな」
またコクンと頷く子供達。
「よし、いい子だ。じゃあ仲直りの握手をしよう。ほら、みんな手を出して」
俺の提案に恐る恐る手を出す子供達。
「何ためらってんだよ。ほら、仲直りの握手」
互いに遠慮しあっている子供達の手を掴んで、俺は強引に握手させた。
すると、元樹をイジメていた子供達のリーダー格らしき子供が「ゴメンな」と申し訳なさそうに元気に向かって謝った。
その言葉に照れ臭そうに、でも何処か嬉しそうに微笑む元樹。
その姿が微笑ましくて、俺は子供達の頭をくしゃくしゃに撫でてやった。
「よし元樹、明日からオレ達の仲間に入れてやる。朝の10時にまたここに来いよ。明日は大人達には内緒のオレ達だけの秘密の場所に案内してやるよ。友達の証として元気にも特別にな。いいか、10時だぞ。絶対忘れずに来いよ」
「うん、分かった。10時にここに集合だね。絶対来るよ、ありがとう!」
「おう!じゃあ、明日な。大人達には絶対に内緒だからな」
「うん、内緒!」
「約束だぞ?」
「うん、約束!!」
互いにニッ!と悪戯な笑顔を浮かべる子供。
喧嘩しても直ぐに仲直り出来る。
自分が悪い事をしたらすぐに謝る事が出来る。
そんな子供達のやり取りを見ながら、自分の気持ちに素直に行動できる子供達の純粋さを羨ましいと思う俺がいた。
いつから俺は、素直に自分の気持ちを表現できなくなっていたのだろか。
外に出せなく出なっていたのだろうか。
我慢する事が当たり前だと思うようになってしまったのだろうか。
気付いた時には俺は一人ぼっちになってしまっていた。
素直に自分の気持ちを受け入れ、口に出せていたら、真奈との事、祐樹との事、両親との事、今とはもっともっと違った未来があったのだろうか?
一人そんな事を考えていると――
“グーッ“と言う間抜けな音が辺りに響いた。
今の音は?
はっと我に返って音の方を振り返る。と、元樹をいじめていた子供達の姿はもうなくて、一人恥ずかしそうに顔を染めながらお腹を押さえている元樹の姿があった。
今の音が元樹の盛大な腹の虫の音だと理解した俺は、思わず大きな声を上げて笑った。
「腹減ったのか?」
元樹は恥ずかしそうにコクンと小さく頷いた。
そんな元樹の姿に、俺は元樹の手を繋いで配給場所へと行ってみることを進めた。
「もっかい配給場所に行ってみるか」
「でも一人一回しか貰えない決まりじゃ……」
「俺がまだ貰ってないから、俺のぶんをやるよ」
「…………いいの?」
「いいよ。子供が変な気なんか使うな」
「……ありがとう、浩太お兄ちゃん」
「おう!」
だが、俺達が配給場所に着いた時、既にそこには人の気配はなくなっていて――
「……いないな」
「うん、いないね……」
「終わっちゃったみたいだな」
“グー”
元樹の変わりに、元樹の腹が返事をする。
腹を撫でながら寂しそうに俯く元樹の姿に俺は慌ててガサゴソと体中を探り始める。
「ま、待て。もしかしたら何か食べるものがある……」
わけないと思いながらも、何とかしてやりたい、そんな気持ちからもしかしたらの奇跡を信じて、着ていた学ランの上着ポケットからYシャツのポケット、あらゆるポケットに手を突っ込んで何か食べる物を探した。
そしてズボンのポケットに手を突っ込んだ時、“ゴソッ”と、手に何かが当たる感触があった。
「おっ?」
俺は慌てて手に触れたそれをポケットから引っ張り出す。
「…………これ……」
ポケットから出てきたもの。それは綺麗に包装が施された小さな箱だった。
その箱を見て、俺は記憶を手繰り寄せた。
――『大切なあの人へ大切な気持ちも一緒に届けたい。そんな貴方は、幸せを運ぶペンダントも一緒にどうぞ』
『あ、このクッキー可愛い!』
『本当だ〜。ハートが並んで四つ葉のクローバーになってるんだね〜』
『ねぇ、見て見て。このペンダントも可愛くない? 幸せを運ぶ四つ葉のペンダントだって〜。可愛い! ちょっと欲しかも』
『でもこれってホワイトデーの商品でしょ〜? うちら自分達で買うのって、なんか虚しくな〜い?』
『……確かに』
『あ~ぁ、こんなのくれる彼氏欲しいな~』
『だよねぇ。バレンタインのお返しにお菓子は貰えても、ペンダントなんてなかなか貰えないよね。それこそ彼氏とか本命相手じゃないと選ばないだろうし』
『ペンダントとかのアクセ類をプレゼントするのって、男の独占欲の表れだって言うしね〜』――
――思い出した。
真奈にバレンタインのお返しとして、買ったんだ。
でも、女子高生達がしている話を聞いて、恥ずかしくなって、慌ててポケットに隠した。
そして、これとセットで買ったクローバーの形をしたクッキーをホワイトデーの3日前、卒業式の前日に真奈に渡そうとした。
でも結局その日、真奈は風邪をひいて渡すタイミングがなくて、早退する真奈を必死に追いかけた。
――『……浩太?』
『良かった……間に合った』
『………どうしたの? そんなに慌てて』
『お前に渡したいものがあって』
『渡したいもの?』
『あぁ。バレンタインのお返し。今は急いで来たから持ってないんだけど……明日、卒業式が終わった後、生徒会室に来てくれないか?』
『分かった、約束ね』
『意地でも風邪治して、明日絶対来いよ』
『分かってるって』
『約束だからな!』
『約束!』――
そう真奈と交わした約束。
でも、あの後すぐに地震が起こって、結局まだ約束は果たせずにいる。
俺は手にした箱を握りしめて、改めてポケットへと押し込めた。
「元樹あったぞ! 食べる物、あったぞ」
「本当に?」
「あぁ、ちょっと待ってろ。先に頼まれ事を片付けてくる。お前は先に祐樹達の所へ戻ってろ」
そう言って俺は元樹の頭を軽くポンポンと叩いた。
「………うん。分かった」
トボトボと歩き出した元樹の小さな背中を見送った後、俺は残りの段ボール箱を取りに足早に職員室へと続く階段を駆け上がった。
早く仕事を片付けて、元樹に届けてやらなきゃ。
あの時のクッキーを。
このまま、真奈に渡せないまま腐らせてしまうくらいなら、今この時、この瞬間を苦しんでいる人の為に役立たせよう。




