進路志望
「浩太、お前高校はどこ行くんだ? 進路希望の紙が、今だに白紙なのはクラスでお前だけだぞ」
「………分かりません」
「……とまぁ、本人はずっとこんな感じなんですよ、お母さん」
高校受験が3ヶ月後に迫っていた12月のある日、進路先が決まらずにいた俺を心配した先生が、臨時で開いた三者面談の席。
学校へと呼ばれた母さんはどこか不機嫌な表情を浮かべながら俺と先生のやり取りを聞いている。
「浩太の成績なら、まぁ、どこの学校でも行けるだろうが、本気でそろそろ決めて貰わないと、何処にも願書を提出できず受験出来なくなるぞ?」
「わかってます。でも……自分がこの先何をしたいのか、将来何になりたいのかがまだ分かりません。それが分からないのに高校は決められません」
「ん~……真面目と言うか、不器用と言うか……」
俺の返答に苦笑いを浮かべながら先生が漏らした言葉。その言葉をかき消して、ずっと黙って話を聞いていた母さんが突然口を開いた。
「あんた。そんなに学校行きたくないなら、高校行かずにお父さんの仕事手伝ってくれても良いんだよ」
母さんの放った第一声は俺の全く予想していた通りの言葉で、俺は溜息が出た。
「お父さんいつも言ってたでしょ。漁師の世界は若い人が減って人材不足だって。浩太が早く漁師の世界に入ってくれたらどんなに助かるかって」
「だから俺も何度も言ってるだろ。それは嫌だって。漁師にだけは絶対ならない!」
「じゃあ、あんたはこの先何がしたいの。何になりたいの。言っとくけど、学校に行く気がない人間を無駄に通わせておける程、ウチにお金の余裕なんてないからね。行きたい学校がないんなら、父さんの後を継いで漁師になりなさい!」
「別に、高校に行きたくないなんて言ってないだろ! 自分のやりたい事が分からないから選べないって言ってるだけで」
「だから! やりたい事がないなら家を手伝いなさい」
「だから! 漁師の仕事だけはやりたくないんだって! それだけは自分の中ではっきり分かってるんだ! 昔っから何かって言うと漁師になれ漁師になれって、あんな不安定な仕事、俺は絶対嫌だ! 漁師なんかやってるからうちにはお金がないんだろ!」
「あんた、何偉そうな事言ってんの!」
平行線な言い争いに、お互い睨み合う。
こうなる事が分かっていたから、俺は母さん達の前で進路の話をして来なかったんだ。
「まぁまぁ二人共、そう熱くならずに。少し落ち着いて下さい」
「「………」」
先生の制止に、俺達は鼻息荒く睨み合っていた視線を俺は右に、母さんは左に向けた。
そして互いに顔を背け、背を向け合って座った。
そんな俺達親子の態度に、先生は更に深い苦笑いを浮ながら頭を掻いていた。
「お母さん、浩太君の成績は特に何も問題はありませんので、行こうと思えばきっとどこの高校でも行けるでしょう。私もそちらの心配はしていません」
「……そうですか」
「はい。そして今本人と話して、どうやら私が思っていた以上に将来について真剣に考えている事が分かって、少し安心しました。今日の話を聞いて私としては浩太君の導き出す答えをもう少し待ってみようかと思ったのですが、いかがですか?」
「……まぁ、あぁは言いましたが本人に行く気持ちがあるのでしたら、私達も浩太を高校に行かせる気持ちはあります」
「そうですか! ありがとうございます。だそうだ、良かったな浩太」
「……はい」
「いいか? もう少し待つとは言っても、そこまで長くは待てないからな。今年中だ。今年中に自分の中で答えを出せ」
「……はい」
結局その日は、考える時間を少し長くしてもらっただけで、何も答えが出せないまま三者面談は終わった。
「「では、失礼します」」
先生に軽く会釈した後、俺と母さんは二人揃って教室を出て行く。
ガラガラと、教室のドアを閉め終わるや否や、どちらからともなく互いの顔を見合って睨み合った。
絡まる視線にバチバチっと火花が散っていた。
「言っておくけど、やりたい事もないのに高校に行かせてあげられる程、ウチにお金の余裕なんてないんだからね」
「分かってるって。さっきも聞いた、その台詞。 やりたい事がないなら漁師になれって台詞も、小さい頃から散々言われて聞き飽きた。だから俺も何度も言ってるけど、俺は漁師にだけはなりたくないんだ!」
先程と全く同じ言い争いを繰り返しながら、俺と母さんは昇降口を目指して歩いた。
その間、何人もの生徒とすれ違い、奇異の視線を向けられる。
中にはすれ違い様、コソコソと話す声や、クスクス漏れ聞こえる笑い声があって、俺は途中から恥ずかしさに逃げ出したい気持ちに襲われた。
「もう良いだろ! 今年中に行きたい高校を決めるって事で、もう話はついたんだから、こんな人目につく所で言い争わなくったって。もう、恥ずかしいからさっさと帰れよ母さん!」
「まだ話は終わってないでしょ。やりたい事が何もないなら、父さんの仕事を手伝って――」
「あ~~~~~もう、しつこいっ!」
一方的に自分の意見を押し付けてくるだけのこの人と、いくら話したところで埒があかない。
俺はついに我慢出来なくなって、強制的に話を終わらせようと声を荒げた。
――とその時
「あれ~浩太とおばさん? こんにちは~! お久しぶりです」
「あら真奈ちゃん。久しぶりね~」
不意に俺達の後ろから真奈が声をかけて来て、ぎすぎすしていた俺と母さんの周りの空気が一瞬にして和らいだ。
「でもどうしておばさん学校に?」
「浩太の進路の事で先生から呼び出されちゃったのよ」
「あぁ、なるほど。そう言えば浩太、まだ進路気まってなかったですもんね」
「なんでお前がそんな事知ってんだよ」
「そりゃねぇ、職員室にしゅっちゅう呼び出し受けてるし。それに浩太、生徒会の任期も終わったって言うのにここ最近、よく生徒会室に入り浸ってるでしょ。浩太は悩みがある時や考え事をしたい時にはいつもあそこに行くから、浩太の行動見てたら何と無く分かるよ」
「あっそ………」
真奈の推察は全て図星だった。
だからこそ返す言葉がなかった。
確かに言われてみれば、ここ最近先生にはよく呼び出されていて、その後には必ず生徒会室へと足を運んでいた。
別に用事もないのに、なんとなく一人になりたくて。
長い付き合いだからなのか、俺の行動は全て真奈に読まれていて、こいつに隠し事は出来ないのかと大きなため息が漏れた。
「浩太はさ、成績だけは良いんだから何処の高校だって行けるでしょ。適当に志望校書いて提出すれば良いのに。融通がきかないと言うか、勉強出来るわりにホント馬鹿だよね」
「うるせ~! 俺はバカじゃねぇ! ただ俺は中途半端な気持ちで将来に関わる大事な事を決めたくないんだよ」
「はいはい。浩太は頑固で不器用さんだからね~。それが馬鹿だって言ってるのに。おばさんも苦労しますね」
「そうなのよ。行きたい所がないなら漁師の世界に入れって言ってるのにそれも嫌だって言うし。じゃあ何かやりたい事があるのかって聞けば無いって言うし、馬鹿でおまけに我が儘で、ホント困っちゃう」
「馬鹿馬鹿って、お前等何度も何度も連呼しやがって。そもそも、融通の効かない頑固な所は明らかに母さん譲りだろ!」
「こらっ!母親に向かって“お前”なんて、何て口の聞き方してんのあんたは!」
「や〜い浩太、怒られてやんの。ざま~みろ~!」
「真奈! てめぇ!」
一人キレる俺に、真奈はからかうようにあっかんべーをして見せた。
「……この野郎〜〜〜」
イラっとした俺は、今にも真奈に掴みかかりそうな勢いで拳を握りしめた。
だが――
「所で真奈ちゃんは、何処の高校を受験するの?」
突然母さんが、俺の進路の話から真奈の進路の話へと話題を変えて、行き場を無くした俺の拳はゆっくりとポケットの中へとおさまった。
「私ですか? 私は白峰高校を。あそこ看護学課があるじゃないですか。私、看護師目指してるんで」
「真奈ちゃん、看護師目指してるの? いいわね~真奈ちゃんには立派な夢があって」
「はい。もう小学生の時からなんですけど、看護師になろうって決てて、高校は絶対白峰入ろうって決めてたんです」
初めて訊く真奈の夢に、俺は驚きを隠せなかった。
小学生の時から?
そんなに前から真奈はその夢に向かって努力していたのかと思ったら、何だか急に遠い存在に感じらるて仕方なかった。
同じく時間を同じ場所で過ごしていたはずなのに、どこで差が生まれてしまったのか?
羨ましいま思う反面、この時の俺は酷く焦りを感じたんだ。
「偉い! しっかり進路計画立てて! 真奈ちゃんみたいな子だったら、私も何の文句言わずに全力で協力してあげるんだけどねぇ」
「……悪かったな。無計画で……」
進路の話にキラキラと瞳を輝かせて、夢中になって話をする真奈を、これ以上見ていたらもっと自分が惨めになりそうで、俺は二人の世間話から逃げるようにその場を離れる事にした。
そして、逃げた末に俺が向かった場所は――
お気に入りの場所。
生徒会室。
丁度今日は生徒会の活動が休みだったようで、現生徒会メンバーの姿はなく、俺は一人窓際に置かれた会長席の椅子へと腰かけた。
そして窓から見える大好きな景色をぼんやりと眺めた。
ふと視線を校庭に向けると、陸上部の練習に励む祐樹の姿を見つけた。
祐樹は引退した今でも陸上部に良く顔を出しては、一人黙々と高跳びの練習をしている。
祐樹は、高跳びでスポーツが盛んな私立高校に推薦を貰ったらしい。
祐樹は大好きな高跳びを、高校では今以上に真剣に取り組むのだと意気込んでいた。
祐樹には一つの事に執着出来る程好きなものがある。
真奈には将来の夢がある。
じゃあ俺には?
「俺は、何がやりたいんだろうな?」
ため息と共にそんな独り言が虚しくこぼれ落ちた。
「そんなに無理に答えに辿り着こうとしなくて良いんじゃない?」
その時、一人だと思っていたはずの生徒会室の中から、急に誰かに声をかけられて、驚いた俺は慌てて後ろを振り返る。
するとそこには、いつの間にいたのか、母さんと話していたはずの真奈が立っていた。




