空元気
「お帰り浩太」
死体安置所から学校に戻ってくると、自転車置き場で祐樹が俺の帰りを待ってくれていて、どこか緊張した声で俺を出迎えてくれた。
顔を上げるとそこには祐樹と一緒に6、7歳くらいの小さな子供も、祐樹の背中に隠れるように立っていた。
その子の顔が祐樹にそっくりで、何だかとても温かな気持ちにさせられた。
「弟か? 家族に会えたんだな」
「あぁ。浩太の方は? お前今日、遺体安置所に行ってたんだろ。何か収穫はあったのか?」
祐樹の問いに、俺は小さく頷く。
「…………そうか」
俺達の間にどこか気まずい沈黙が流れた。
その沈黙を破ったのは、“ぐ~”っと鳴った大きな大きなお腹の音。
その間抜けな音に、気まずく張り詰めていた空気がプツンと途切れて、思わず俺は大きな声を上げて笑ってしまった。
そして、手に持っていた自転車を置いて鍵をかけた後、お腹の虫の主の元へと近づくと、目線を合わせるためにしゃがみんだ。
「腹減ってるのか?」
祐樹の背中にべったり張り付いて、恥ずかしそうにもじもじしている弟、元樹。
彼の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でながらそう声を掛けると、プイと顔を反対側へ反らされてしまった。
「そんなに怖がるなよ。俺はお前の兄ちゃんの友達で佐々木浩太って言うんだ。元樹の話も兄ちゃんから良く聞いてたんだぞ。甘えん坊で、恥ずかしがり屋の弟だって。祐樹の話通りだな。なんだか初めて会った気がしない」
「…………」
「なぁ元樹、俺も腹減ったからさ、食べ物配ってる所に今から一緒に行かないか? さっき笑ったのは悪かったよ。いくらでも謝るから、だから機嫌直して元樹の顔を見せてくれよ」
そう言って、今度は優しい手つきで元樹の頭を撫でると、元気は怖ず怖ずとこちらに顔を向けてくれて、俺に向かって震える小さな手を差し出してくれた。
「お、やっと元樹の顔が見れた。機嫌直してくれてありがとな。よし、じゃあ行くか!」
俺は差し出された元樹の手を取って立ち上がると、元樹と二人配給場所である家庭科室を目指して歩き出した。
右手に感じる元樹の体温が、何だかとても温かくて、心地よく感じた。
もし俺に弟がいたら――
もう少し違った今があったのかな。
今、両親の死を、一人ではなく兄弟で悲しむ事が出来ていたのなら、寂しさも少しは分け合う事が出来たのだろうか。
そんな考えがふと頭に過ぎって、我ながら馬鹿な事を考えてしまったと渇いた笑いが零れた。
もしもの空想をした所で、現実は何も代わらない。
俺は、一人で両親の死を受け取めなくちゃ行けない。
この先一人で生きて行かなければいけない。
いや。生きて行くと誓ったんだ。
弱音なんて、吐いてる場合じゃない。
自分の心の中から一瞬、無意識に漏れ出てしまった『寂しい』と言う感情を心の奥底へと押し込めて、
俺は祐樹に向かって笑顔で呼びかけた。
「ほら祐樹も早く来いよ。置いてくぞ」
「おい、浩太………」
俺の笑顔が祐樹には空元気に見えたのか、どこか戸惑った様子の祐樹。
だから俺は祐樹に心配かけさせまいと、再び大きな声で祐樹に向かって呼び掛けた。
「心配しなくても俺は大丈夫だ。だから、変な気使うなよ」
「…………強がって、無理に笑ってないか?本当に、大丈夫なのか?」
「本当に本当に大丈夫だって」
「…………でも……」
まだ納得していない様子の祐樹。
でも俺は、それ以上は気付かないふりをして、祐樹の方を振り返る事はしなかった。
そして元樹を連れ、配給場所へと向けて歩みを進め続けた。
大丈夫。
俺は、大丈夫。
***
その日の夕食。
俺は、祐樹と祐樹の家族の輪に入れてもらって、久しぶりに賑やかな夕食を取った。
だが、せっかく久しぶりに会えた家族との食事だと言うのに、夕食の間中、祐樹の口数は少なかった。
せっかくの家族との再会、何故祐樹は嬉しそうにしないのか。
俺にはその答えが何となく分かっていた。
俺に遠慮しているからだと。
申し訳ない気持ちがした。
その気持ちから、俺はとにかく一生懸命に笑って見せた。
祐樹が心配しなくてすむように。
俺に気を使わずに済むように。
笑いながら俺は、ある決心を心に固めた。
祐樹から少し離れよう。
その方が、祐樹の為に良いのかもしれないと――
その日の夜、祐樹達家族が寝静まった事を確認して、俺は一人、寝床から抜け出した。
そして俺は、いつかのように生徒会室へと向かった。
「浩太? こんな時間に何処へ行くんだ?」
「……先生。ちょっと……外の空気を吸いたくて。先生こそ、こんな時間まで仕事? 大変だね」
向かう途中、廊下で杉崎先生とすれ違う。
もう11時を過ぎていると言うのに、手にはたくさんの荷物を抱えている。
そんな先生に俺は同情の眼差しを向けながら、俺は先生との会話を交わした。
「ん? まぁな。そう言えば……祐樹に聞いたぞ。遺体安置所でご両親を見つけたんだってな。残念……だったな……」
「あぁ。でも、そんな辛気臭い顔しなくていいよ先生。俺は、やっと見つかってホッとしたんだ。まだまだ沢山行方不明の人がいる中で、うちの親は運が良かった。見つけてくれた人には心から感謝してるんだ」
複雑そうな顔で俯く先生に、俺は言いながらニッコリ微笑んで見せた。
「じゃあね先生、おやすみなさい。先生も仕事頑張って」
「あ……あぁ………おやすみ浩太」
そして無理矢理話を切り上げて、逃げるようにその場を後にした。
「…………はぁ…」
曲がり角を曲がって先生の姿が見えなくなった所で、俺は一人ため息をついた。
祐樹だけじゃない、先生にまで気を使わせてしまった。
その事実が酷く申し訳ない気がして、情けなかった。
俺は本当に大丈夫なのにな。
寂しくなんかない。
だって俺は、二人の分も強く生きて行くって決めたんだから。
寂しがってなんかいられないんだから――
生徒会室に着くなり、部屋の中央に置かれたソファーの上で横になる俺。
「もっと笑え。もっともっと、笑って見せないと……皆に心配かけちまう。周りに心配なんてかけない為にも……もっと笑え、俺………」
そんな独り言を呟きながら横になっていると、俺の意識は徐々に朦朧としはじめて、意識を手放すように目を閉じた。
閉じた先で、懐かしい夢を見た。
進路の事で両親と喧嘩した、今となっては昔の……もう戻る事は敵わない、かけ換えのない時間の夢――




