光電話
じいちゃん達を見送った後学校へ戻ると、校庭に数十メートルもなる人の列ができていた。
「何だあれ?」
「さぁ?」
俺が疑問を口にすると、祐樹も不思議そうに首を傾げた。
なんだか気になって、列が続く先を辿って行くと、謎の列は校庭から昇降口付近まで続いていた。
そしてそこには、昨日までは存在していなかったはずの見知らぬテントが立てられていた。
「何だろう、あのテント?」
更に沸いた疑問に俺は首を傾げる。と、祐樹は俺の腕を掴んで言った。
「おい、あそこにいるの、あれ杉崎先生じゃないか?」
祐樹の差し示す先へと視線を向けてみれば、確かにそこには杉崎先生がいて、列の先頭に並ぶ人をテントへ招き入れる姿があった。
「本当だ、先生だ。お〜い先生~!」
俺と祐樹はどちらからともなく先生の元へ駆け寄った。
「おう、お前ら。お帰り」
「ただいま先生。ところでさ、これって何の列? いつの間にか立ってるこのテントは何?」
「これか? これはな電話だよ。電話」
「……電話〜?」
テントを見上げながら電話とは、一体何を言っているのか。俺と祐樹は呆れ顔で先生を見ると、先生は至極真面目な顔で説明を続けた。
「そう光電話だ。実は企業が電話機を無償で提供してくれてな、みんな家族や知り合いと連絡をとろうと並んでるんだよ。お前達は? 家族の安否は分かったのか? もしまだわかっていないんだったら並んでみると良い」
先生の話に、俺と祐樹は互いに顔を見合わせる。
と、互いに無言で頷き合って、先生の話もそこそこに
、二人揃って競うように列の最後尾へと駆け出した。
「――ておい、こらお前ら! 人の話は最後まで聞け! ったくあいつら、人の好意を無視しやがって。でも、少しは元気戻ったみたいだな。良かった……」
長い長い列に並んで、どれ程の時間が経った頃だろうか。
立ちっぱなしの足も疲れて、そろそろ根をあげそうになっていた頃、やっと俺と祐樹は列の最前へと辿り着く。
そこでは杉崎先生が電話を使用する際の注意事項を簡単に説明してくれていた。
一人が電話を使用出来る時間は3分間だと言う事。
今回の電話設置の目的は、災害用伝言ダイヤルへ残された伝言の確認と、こちらからの安否に関わる伝言を残す為のものだと言う事。
そして最後に、災害用伝言ダイヤルの使い方を教えて貰った。
「お、あそこの台空いたな。浩太、お前の番だ」
先生に促されて、俺は6台あった光電話のうち、一番遠い位置にある一番右の電話へと近づいて行く。
歩みを進める間、期待や不安、あらゆる感情から心臓はバクバクと高鳴っていた。
電話機の前に立つ頃には、俺の手は隠せないほど激しく震えていて、必死にそれを押さえつけながら俺は受話器を握った。
一度緊張を落ち着かせようと、大きく息を吐いた。
その後で、まずは家族からの伝言が残されていないかを確認する為に171の後に2を押して、市外局番から家の電話番号を押して行く。
そして電話の向こうから聴こえてくるアナウンスに沿って、操作を進めた。
だが操作の果てに聴こえて来た声は、「伝言はありません」と言う無機質なアナウンスだけで――
俺の期待した声が聴こえてくる事はなかった。
もしかしてと、期待していただけに小さくため息が溢れた。
今度は自分からの伝言を残す為に171の後に1を押して、自宅の電話番号を市外局番から入力して行く。
「父さん、母さん、俺は無事だよ。じいちゃんとばあちゃんも無事だ。でもばあちゃんは少し体調を崩してて、今は二人で県外の病院にいるよ。俺は今、中学校に避難して、母さん達の事探してる。この電話聴いたらさ、俺に会いに来てくれよ。待ってるから。俺……ずっと待ってるから……。じゃあね」
伝えたい事は山程あったけど、録音出来るのはたった30秒と決まっていたから、出来るだけ伝えたい内容をまとめて、早口にそれだけ言い残す。と、俺はゆっくり受話器を置いた。
置いてすぐに、一度は電話から離れようとした。
でも……伝言を残しただけではやはり不安で、俺は先生の注意事項を無視して、母さんの携帯にも電話をかけようと番号を押して行く。
けれど、受話器の向こう側から聴こえてきたのはは“ツーツーツー”と言う虚しい機械音だけ。
俺はムキになって、父さんの携帯にもかけてみる事にした。それでもやっぱり聴こえてくるのは、先程と同じ音。
虚しく響く機械音を聴きながら、俺の頭には最悪のシナリオが過ぎる。
やっぱり父さん達は――?
信じたくない。
絶対信じたくない。
けれど――
未だ連絡すらつかない状況に、焦りを覚えずにはいられなくて、俺は唇をギュッと噛み締める。
地震が起こってから、こんな事の繰り返しだ。
希望が見えたと思えば、またすぐに絶望へと突き落とされる。
昨日だって――
――昨日?
そう言えばと、ふと今朝見た夢の事を思い出した。
そう、真奈の夢。
祐樹は言った。
真夏が夢に出て来たと言う事は、俺に会いたがっているんじゃないかと。それは真奈が生きてる証拠なんじゃないのかと。
両親の行方不明の知らせに絶望した俺に、かすかな希望の光を照らしてくれたのは、夢に出てきた真奈の姿。真奈の存在だった。
もし、祐樹が言った夢物語のような話が本当だったら、真奈は何処かで生きていて、また俺の希望になってくれるだろうか?
俺は1712の後に、9年間クラスの連絡網にかけ続けすっかり暗記してしまった、真奈の家の電話番号を無意識に押していた。
そして最後のボタンを押した時――
「君、交代の時間だよ。気持ちはわかるけど、決まりは守ってもらわないと。もしまだかけたい先があるのなら、申し訳ないがまた列の最後尾へ並んでくれ」
杉崎先生とは別に、もう一人の見知らぬスタッフのおじさんに、時間切れを告げられた。
「はい……すみません」
俺は受話器を静かに置いて、素直に次の人へと電話を明け渡した。
結局2時間以上並んだものの、得られたものは何もなくて、俺は肩を落としてテントを後にした。




