祖父母との再会
公民館に着くと、入口の所で杉崎先生が待っていた。
先生に案内されて連れて行かれた先は、ここの避難者の人達から医務室と呼ばれている場所。
医務室と言っても、公民館に併設する体育館、その一角に簡易的な仕切りが施されただけの空間。
その空間へ恐る恐る入って行けば、無事を願い続けたじいちゃんとばあちゃんの姿が確かにあった。
「じいちゃん! ばあちゃん!!」
「浩太!」
俺の姿を見るなりすっくと立ち上がったじいちゃんは、目をうるうると潤ませながら俺の名を呼んだ。
俺は直ぐ様じいちゃんの元へと駆けて行く。
「じいちゃん! 無事だったんだな、良かった」
「お前こそ!無事で良かった。ちょっと痩せたか?」
「じいちゃんこそ。肉が無くなったぶん皮が弛んで、更にシワが増えたんじゃない?」
「こいつは、相変わらず口の減らないガキだ」
憎まれ口を叩く俺に、ガハハハと大声で笑いながら、俺の頭をグシャグシャに撫で付けるじいちゃん。
そしてそんな俺達をばあちゃんは穏やかな微笑みを浮かべ見守っていた。
ほんの数日前まで当たり前だった日常が、一瞬戻った
気がして、とても懐かしく感じられた。
「痛い、痛いよじいちゃん。ばあちゃんも笑ってないでイジメられてる孫を助けてよ」
「………」
ベッドの代用として簡易的に作られたのだろう、体育などでよく使う固めのマットが数枚、重ねて敷かれたその上に仰向けに横たわっているばあちゃんは、ただ微笑むだけで何故か何も言ってはくれなくて――
「ばあちゃん?」
不思議に思って俺はじいちゃんに尋ねる。
「なぁじいちゃん、ばあちゃんは体の調子が悪いのか?」
「あぁ。糖尿病の薬が津波に流されちまってな。この数日間、薬が飲めてないんだ」
「え? それってやばいんじゃ――」
「おかげで体が怠いらしい。動くのが辛いからってトイレにも行こうとしない。飲み食いしたらトイレに行きたくなるからってそれもしやしない。だからこのざまさ。弱って喋る気力もないんだろう」
「そんな……ばあちゃん……ダメだよ。ちゃんと食べないと……」
心配になって俺はばあちゃんの顔を覗き込む。
よくよく見れば、ふっくらと肉付きの良かった頬は痩せこけて、ほんの数日前までの面影が薄れていた。
どうして気付いてあげられなかったのか。
ばあちゃんの穏やかな微笑みはいつもと変わらないから、俺はその笑顔に安心してしまったのだ。
せっかく生きてじいちゃんとばあちゃんに会えたのに、もしこのままの生活が続いたら、ばあちゃんはどうなってしまうのだろうか。
会えた喜びもつかの間に、俺はどうしようもない不安に襲われた。
不意に込み上げるてくるものを感じて、慌てて顔を上げる。
弱っているばあちゃんに、涙なんて見せられない。
俺は態とはしゃいだ声を出して――
「待ってて、俺が二人のご飯貰って来てやるから。そろそろ夕方の配給が始まる頃だろ?」
「そう言えば、もうそんな時間か」
腕時計をチラリと見て、じいちゃんが言った。
「俺がわざわざ長い列に並んで貰ってきてあげるんだから、ばあちゃん絶対食べてよ。食べたくないって駄々をこねても無理矢理にでも食べさせるから! 待ってて!」
一方的に約束すると、俺は二人の前から逃げるように走り出した。
「大丈夫か?浩太」
気付けば後ろには、当たり前のように俺に付いてきてくれる祐樹の姿があった。
「……………」
祐樹の問い掛けに、言葉が詰まって上手く返事が出来ずにいたけれど、それ以上何を言うでもなく祐樹は、配給を貰う列に並ぶ間、ただただ俺に寄り添っていてくれた。
ばあちゃんの姿に不安で押し潰されそうになっていた俺が、祐樹の存在にどれ程救われたか。
心の中で祐樹にありがとうと呟いた。
一時間近くかかってやっと今晩のご飯を貰う事が出来た俺達は、急いでばあちゃんの元へと向かう。
「ばあちゃん貰って来たよ! ほら食べよ。トイレ行きたくなったら俺がおぶって連れてってやるから、だから安心して食べて」
俺がそう言うと、ばあちゃんは怠そうに体を起こして、俺達と向かい合って座る。とニッコリ微笑んで、貰ってきたおにぎりを一口かじる。
「ありがとう、美味しいよ」
弱々しい声だったけど、ばあちゃんの口からやっと聞けた言葉に、俺もばあちゃんに微笑み返す。
ゆっくりとしたペースではあったものの、貰ってきたおにぎりを全て食べてくれたばあちゃんの姿に、俺はほっと胸を撫で下ろした。
ばあちゃんが食べ終わるのを見届けながら、俺とじいちゃん、それに祐樹も今晩のご飯を食べ始める事にした。
「祐樹、久しぶりだな。暫くみない間に、また一段と男前になったんじゃないか?」
食べながらじいちゃんがまず口を開いた。
「源じいには敵わないけどね」
「ははは。お世辞言ったって何もでやしないぞ」
「本心だから、下心なんてないよ」
「…………」
「どうした浩太、苦い顔して?」
「お前とじいちゃんの会話に寒気を感じたんだよ。何が“源じいにはかなわないけど”だ。よくそんな胡麻すりみたいな台詞がポロポロ出てくるな」
「こいつは本当に可愛いげがない。誰がこんな生意気なガキに育てちまったんだか」
「じいちゃんの息子だよ」
「あぁ~あぁ~、そうだったな。お前の生意気な所は浩輔そっくりじゃ」
「そうだ、じいちゃん。親父と母さんはどうしたんだ? じいちゃん達が無事って事は、二人も無事なんだろ?」
「……………」
それまで機嫌良く話していたじいちゃんが突然口をつぐむ。
「源じい? 急に黙り込んでどうしたんだ?」
「じいちゃん? 親父と母さんは――?」
何か不穏な空気を感じて、俺と祐樹はそれぞれが感じた取った違和感を、質問として投げ掛ける。
「実は、行方不明なんじゃ」
「「――え?」」
じいちゃんの口から出た言葉に、俺達の驚きの声が重なった。
「どう……して……」
「地震が起こった後、浩輔は船が心配だと言ってな、船の様子を見に海へ行った。それっきり行方知れずなんじゃ。京子さんは津波警報が出るなり、わしとばあさん、それから近所連中と一緒に、この公民館へ避難しようとしたんじゃが……」
「じいちゃん達と一緒だったんなら、どうして母さんまで行方不明になってんだよ?!」
「途中で忘れ物をしたと言ってな、わしらを近所連中に預けて、来た道を戻って行ったんじゃ。それ以来、行方が分からないままなんじゃよ」
「そんな……どうして止めてくれなかったんだよ!!」
「浩太、落ち着け」
「落ち着いてなんかいられるか! 祐樹は黙ってろ!!」
「わしだって、二人とも止めたさ。でも浩輔は、『漁師は命と同じくらい船も大事なんだ』と言い張って、言う事を聞いてはもらえなかった。京子さんもまた、忘れ物なんかより京子さんの命の方が大事だとわしが諭せば『どうしても取りに行きたい忘れ物だから』と、そう言い張って……やはりわしの言う事は聞いてはもらえなんだ」
「何で、どうして二人とも……自分の命より大切なものなんてあるわけないだろ。なのにどうしてそんな、無理して……」
「悲しい事を言うな。浩輔は親として、一家の大黒柱として、家族を守りたいと必死だったたんじゃ。漁師が船を無くすと言う事は、職を無くすも同じ事。地震後家族を守る為には、船を無くすわけにはいかなかったんじゃ」
「………」
「京子さんだってそうじゃ。どうしても取りに行きたいと言った忘れ物、それが何を指していたか浩太は分かるか?」
俺は首を横に振る。
「浩輔の事じゃよ。きっとな。まだ浩太には分からないかもしれないが、夫婦ってのはな、互いに無くてはならない存在なんじゃ。自分の身を危険を晒してまでも守りたいと思う程に。人を愛するとは、そう言う事なんじゃよ」
「………」
「互いに、互いの事を想って行動した二人を、わしは止める事はできんかった」
「………」
じいちゃんの言葉に、俺は返す言葉が見つからなかった。
母さんの行動が、あの日の俺と重なったから――
あの日、窓から津波が押し寄せてくる光景を見て、周りの止める声すら聞こない程、必死になって津波に向かって突き進んで行った俺自身の姿に。
真奈が津波に襲われてるんじゃないか。
津波が俺から真奈を奪って行くんじゃないか。
このまま二度と会えなくなるんじゃないか。
そう思ったら、頭で考えるより先に体が勝手に動いていた。
ー『人を愛するとはそう言う事なんじゃよ』ー
じいちゃんの言葉が頭にこだまする。
俺は今になってやっと自分の気持ちに気付いた。
気付いたた事で二人の行動が理解出来る。
母さんは、父さんを愛していたから危険を侵してまで一旦家に戻ったんだ。
父さんは、母さんや俺を愛していたから俺達の為に船を守ろうとしてくれたんだ。
そんな事聞いたら、誰も責められないじゃないか――
このやり場の気持ちを、いったいどこに向ければ良いのだろう。
誰も悪くない。
皆誰かを守ろうと一生懸命だった。
ただそれだけだ。
それなのに、どうして行方不明なんて、こんな悲しい現実になってしまったのだろう?
何を恨めば悲しい現実を受け入れる事が出来るのだろう?
俺は、やり切れない思いで胸がいっぱいになった。
その思いを何とか押し殺そうと、きつく唇を噛み締めた。




