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15の春 未来を奪われた俺達が絶望の中見つけた希望は○年後に花開く  作者: 汐野悠翔


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真奈を助けに

「浩太っ?!」


教室を飛び出し廊下を全速力で翔ける俺の背中に、慌てた様子の祐樹の声が掛かる。



「おい浩太?! お前どこいくつもりだ?」



前方からは、職員室から丁度戻って来たらしい担任、杉崎先生の怒声が飛んでくる。



だが俺は、誰の呼び止めにも応じる事なく、無我夢中で走った。




「待て! おい待て浩太! 止まるんだ佐々木浩太っ!! 止まれ! ――あんの馬鹿っ!」

「先生、浩太が……」

「分かってる裕樹。先生が追いかけて必ず連れ戻してくるから、だからお前は心配するな。クラスに戻って、他の奴等に大人しく教室で待ってるよう伝えてくれ。いいか、絶対誰も教室から出すな。絶対だぞ!」

「………はい」



廊下まで俺を追いかけてきた祐樹と、杉崎先生との間にそんなやり取りがあった事など知るはずもなく、俺は急いで階段を駆け降りて行く。


昇降口まで来ると、何人もの見知らぬ大人とすれ違った。

中にはまだ生後まもない赤ちゃんを抱いている人もいる。

学校は災害時の緊急避難場所に指定されていたから皆、学校へと避難して来た人達だろうか。



その人達を横目に見ながら、真奈も無事避難してくれていれば良いのにと思った。

けれど、帰り際の真っ赤に染めた頬と、苦しそうに呼吸をする真奈の姿が俺の頭から離れない。

風邪で弱っていたあいつに、果たして逃げうるだけの体力が残っているのだろうか?

真奈の無事を願えば願う程、不安ばかりが頭を過って気が狂いそうになる。


ほんの数時間前に、ここであいつの姿を見送ったのに。

「また明日ね」って、約束したのに。

俺はまだ、あいつに謝っていない。

伝えてない言葉があるんだ。

謝って、仲直りして、これからも変わらず腐れ縁を続けていくはずだったのに――


嫌だ。

嫌だ嫌だ嫌だ。


今まで当たり前に側にいたあいつが、この先永遠に俺の前からいなくなるなんて、そんなの絶対に嫌だ!!

俺はあいつを助けに行く! 絶対助けるんだ!!

込み上げる決意を胸に、靴をはきかえる事も忘れて、俺は上履きのまま外へと飛び出した。



どうか、どうか真奈が無事であってくれと、心の中で何祈りながら、俺は学校から俺達の住む町へと続く坂道を、必死になって掛け降りて行く。



「学生さん?! ダメだよ、この坂を降りて行ったら。あんたまで津波に流されちまうよ」



途中、見知らぬおじさんおばさんに何度となく声を掛けられる。


でも俺は、全ての制止の声を振り切って、とにかく必死で坂を降りて行く。


それほどに俺は、無我夢中で周りが見えていなかった。

制止の声も聞こえていなかった。

そう言った方が正しいのかもしれない。



そんな無謀俺を



「馬鹿野郎! 死にたいのかお前は?!」



止めたのは担任の杉崎先生だった。

不意に後ろから強く腕を引かれ、はっと我に返る。


無我夢中で全く気付いていなかったが、教室の窓から見えていたあの“どす黒いもの”が、今俺のほんの数メートル手前にまで迫っていたのだ。


目の前を無数の瓦礫が、水の力で無残にも押し流されていく。


我に返って初めて気付く。

水の流れが早過ぎて、一歩でもあの中に入ろうものなら、前に進む事など愚か、足をとられて確実に俺自身も瓦礫同様飲み込まれていただろう。

そう思ったら、一瞬にして恐怖が押し寄せて来た。

込み上げる恐怖に追い撃ちをかけるように、衝撃的な光景が目についた。



人が――


人が――――


瓦礫と一緒に成す術なく流されている――



目を覆いたくなった。

ぐったりとして、動かない身体。

瓦礫と共にただ無情に流されて行く人の姿。


その姿を目の当たりにして、恐怖のあまり俺は腰を抜かした。

へなへなとその場にしゃがみこみ、まるで金縛りにでもあっているかのように動くことが出来なくなった。


見たくない。

今すぐにでもこの場から逃げ出したい。

そう思うのに、体が言う事を聞いてくれなくて、俺はただただ情けなく座り込む。



そんな俺の視界が、急に暗くなったかと思うと、体中が何か温かなものに包み込まれるのを感じた。



「見るな……」



耳元で聞こえた先生の声。

たった一言、短い言葉だったけど、先生の声は微かに震えていた。


体中に、じわじわと広がる温もりに少しずつ冷静さを取り戻して行く。

冷静になって俺はやっと理解した。

先生が俺を抱き締めてくれている事を。

体をはって、視界を遮ってくれている事を――


身体中に感じる杉崎先生の体温。

生きている人間の温もりに包まれて、俺の頬には涙が、とめどなく流れ落ちていく。



「……先……生…………」

「だから行くなって言っただろ」

「だって……真奈が……もしかしたら真奈があの……津波に襲われてたらって思ったら………」

「だからって、お前に何が出来る? 死にに行くようなもんだろ」

「…………」


先生の言う通りだ。

俺に何が出来ると言うのか。

目の前で流されて行く人を助ける事も出来なかったちっぽけな俺に。



「今は信じろ。桜井はきっと無事だって。信じよう。な?」

「……うん」

「ほら、泣くな」

「………かった。…………怖かった………先生……」

「あぁ、そうだな」

「情けないよ……俺……結局何も出来なかった……」

「あぁ、そうだな」

「自分の無力さが……悔しいよ……先生……」

「俺もだ。俺だって怖いし、悔しい。みんな一緒だ。自然の前で人は皆、無力なんだよ」

「……」

「でも良かった……。お前が無事で、本当に良かった……」

「………先生………」



先生の優しさが、妙に心に響いて涙が止まらない。

後から後から情けないほど零れ落ちてくる。



「だからもう泣くなって。祐樹やクラスの奴等も心配してる。ほら、皆の所へ帰ろう、浩太」



笑いながら言う先生の言葉に、俺はコクんと小さく頷いた。

俺の背中をいつまでもいつまでもさすってくれる先生の手が温かくて、とても大きく感じられた。



***



先生に連れられ戻って来た教室。

そこには俺を心配して待っていてくれたクラスメート達の姿が。



「馬鹿浩太っ! お前、何やってんだ!! 俺達がどれだけ心配したと思ってるんだ」

「悪い、祐樹……」

「謝って済めば警察はいらない! 本気で……本気で心配したんだからな!」

「……ゴメン」

「もう一人で勝手に突っ走ったりすんな! いいな、分かったか? 今度また同じ事をしようとしたら、俺達が全力でお前を止めるからな!」

「そうだぞ佐々木、反省しろよ」

「あぁ、分かった。本当にゴメン……祐樹、皆」



俺の周りに集まってくるなり、ぼろくそに俺を叱り付けるクラスメイト達。


でも――

皆のそんな優しさもまた、温かく感じられた。



学校にいた事で無事被害を免れた俺達。

逆に早退した事で真奈は――

地震の被害を免れる事は出来たのだろうか?

俺の家族は?

祐樹や、みんなの家族は?

町の人達は?


胸に沢山の不安を抱えながら、俺達は変わり果てた町の様子を、安全な学校から見守り続けた。


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