駄悪魔さんと僕。3
古来、悪魔は魂とやらを引き換えにあらゆる願いを叶えてくれるという。
死後の安寧を捨てる代わりに現世の充実を、ということなのだろうか。
魂が何かを証明した人は残念ながらいないし、これからもまあ、多分いないだろう。
人間は死ねば無になる。ただそれだけだ。
でも、目の前にいる自称悪魔はそうではないという。
彼ら、あるいは彼女らにとっては、魂は存在を保つのに必要なエネルギーであり、資源であり、労働力であり、嗜好品なのだ。
その為であればこの世の理や運命を捻じ曲げてもいい程、重要な。
「どんな願いでも、ですか?」
「いいえ。下級悪魔なら拒否できませんが、私は気に入らない願いは叶えません」
「叶えて貰えないんですか」
「言うだけならタダですよ。さあ、何を望みます?金銭?名誉?才能?幸運?それとも……不老不死?」
色々と言われたものの、連日の疲労で思考もままならない状態では何も浮かばなかった。
何か言わなくてはと、口を動かす。
「……僕の代わりに会社で仕事してきてください」
「……はい?」
何言ってんだコイツみたいな顔をされた。
自分でも何言ってんだとは思うものの、それ以外に何も思いつかなかったのだからしょうがない。
「僕の代わりに会社で仕事してきてください。もうしんどいんですよ。明日半年振りに休みですよ」
「あのですね。その場合もっと他に願うことってありません?」
「仕事に行かなきゃならないのに体が動かないんですから代わりに行ってきて貰うのは当然でしょう」
「健康とか疲労回復とか会社の労働環境改善とかそういうの願ってみては?」
「願ったくらいで!会社の!環境が!変わってたまるかあああああああああああ!!」
思わず叫んでしまった。
本当にそうだ。自分の会社だけ変わったところで潰れるのがオチだ。
なにせそもそもの取引先が無茶苦茶なスケジュールと金額で仕事を出してきている。
健康を願ったところですぐに身体を壊すのは目に見えているし、疲労が回復したところでまた蓄積されるだけだ。
「えー、では転職とか」
「行き先、あると思います?控えめに言って役立たずですよ?」
自慢にならないが資格と言えばAT限定の運転免許くらいで、技能と呼べる技能も無い。
最低限パソコンを触ることくらいはできるが、それこそ人並み未満だ。
勉強も運動も、どれ程頑張っても平均未満で、一体何処の会社が取ってくれるというのだろうか。
「じゃあお金はどうです?貴方の魂なら大体3億円程にはなりますけど」
「高いんですか、それ」
生活には困らなさそうだが、すぐに溶かしてしまいそうだ。
使い道を聞かれても大した趣味が無い以上、生活費くらいしかないのだけれど。
「総額で言えば8億円程ですが税務署に支払う分と工作費がありますので」
「ぜいむしょ」
「一応贈与税がかかります。書類申請等はこちらの者が代行するので心配はいりませんが」
「ぞうよぜい」
おかしい。僕は今悪魔と話をしていたはずだ。
なんで税金の話をしているのだろう。脱税講座ならギリギリ納得できる。受けないけど。
混乱している僕に悪魔は相変わらず無表情で問う。
「どうします?」
「悪魔なんですよね?」
「ご覧の通り」
「税金払うんですか?」
「え、払わないんですか?」
「魔法使うんですよね?なんで払うんですか?」
「駄目ですよ、ルールは守らないと」
僕がおかしいみたいな言い方をされた。
悪魔の魔法みたいなのでどうにかならないのだろうか、その辺り。
「悪魔がそれ言います?」
「悪魔はルールを守りますよ。約束は破らないし契約は絶対です。破った者は悪魔であっても恐ろしい目に遭いますよ」
「はあ、例えば?」
「町中でも存在しない扱いになるのでどれだけ酷い目に合わされても保護されません」
想像以上に陰湿だった。というか村八分だった。
「全ての魔力を封印されますから、まあ、基本的にはこちらの一般人と大差ない状態ですよ」
「よく分からないけど大変なのは分かりました」
「で、願い事は決まりましたか?」
「仕事の代行ぐらいしか」
「それは嫌です」
となると何を願えばいいのやら。
健康になったところで長生きしたいわけじゃなし。
お金があったところで使う趣味も無い。
仕事を頑張ったところで報われないし転職しようにも技能も、才覚もない。
「そう言われましても、健康も、お金も、仕事も、願ったところでって感じなんですよね」
「仕事、できるようにしましょうか?」
「今以上できたら給料据え置きで仕事が増えるだけなので」
「やっぱりその会社構造上の問題ありません?」
「もう思いつかないので決めて貰えません?」
「私クラスの大悪魔を呼んでおいてそんな事言ったの貴方が初めてですよ」
そう言われても呼びたくて呼んだわけでもないのに。
なんで僕がそうまで言われなくてはいけないのか。
「じゃあ、僕を幸せにしてくださいよ」
「そういう曖昧な願いは受け付けてないのですが……あ、そうです」
良い事を思いつきましたと言わんばかりの顔で、悪魔さんは僕の方を向き、口だけの笑顔でこう言った。
悪魔という以上、全くもって信用ならない相手ではあるのだけれど、それはまあ、仕方ない。
多分、イメージの問題だ。
人間なんてゴミくらいにしか思ってない存在で、何かあれば見捨てるのは当然、裏切りもする存在。
悪魔の良いイメージなんていうのは極々最近の話だろう。
「―――――帰ったら誰かがいて、一緒にご飯を食べて、愚痴を聞いて貰える生活、なんてどうです?」
だけどまあ、悪魔さんのその提案は悪くないと思ったのだ。一応。