(1).僕はスローライフ主義者なり。されど世界はそれを認めず。
新連載です。
「僕の名前は南颯斗。御歳18歳にして、スローライフを実現せし者。」
僕は一人で山道を歩いていた。山道と言っても、僕が歩いている山道はただの山道ではない。誰もが知っているあの山、富士山。やっと五合目まで来ているのだ。
一人で登山していることもあって暇だった。しばらく僕の退屈に付き合って欲しい。一度呼吸を整えて、再び口を開く。
「父親は旧帝大の教授で次期学長の最有力候補。母親は女医として、数多くの賞を受賞。研究部門としては日本を牽引し、ノーベル生理学・医学賞の候補者として毎年名前が記されている。」
お察しの通り、僕はお坊ちゃまである。父さんと母さんは多忙を極める人達だけど、それでも僕が小さな頃から行事には絶対に参加してくれた。僕にとって、両親は誇りなのだ。
僕は自慢かつ自画自賛を続ける。
「祖父は実業家として世界の経済の覇権を握る人物。幾つもの企業の株を個人で所有し、総資産予想は100兆円にも上るとされる。世界各国に同派閥の財閥がいる。
祖母は政治家として何期にも渡り、大臣を務めてきた。女性として初の総理大臣となり、男女参画社会の第一人者として活躍してきた。」
うん、改めて口に出すと旧家とか言われそうな家庭だよね。当の本人が驚くよ。
「そして、僕。2歳からの英才教育を受け、10歳までに英語、漢字などの検定の1級を取得。多言語話者として現在35ヶ国語を話せる。その中には古典言語もあり、そこから世界中の様々な研究者、評論家とコネクションを持つ。
小学校は有名大学の付属校に入学。その時点で知能指数は180超え。常に首席をキープしてきた。しかし、中学校は付属校を中退し、他の私立中学へ入学。同時にアメリカへ留学。中学校の間はアメリカの他に、イギリス、フランス、ドイツ、スウェーデンなどへ留学。
高校は日本で最難関と呼ばれる公立高校へ入学。3年間で数百に及ぶ学会への論文の提出。また発売した書籍は重版を繰り返し、その中で記された理論は南メソッドと呼ばれ、様々な分野で活かされようとしている。」
そして今に至る。僕の資産は数えた事がないけど、爺ちゃんの総資産の5%ぐらいに匹敵するみたい。買えないものは無いね。でもあんまり物欲ないからお金が減らないんだよね。
大学へは行かなかった。親身にしている大学教授が多いせいで、どこかの大学へ入ると、他の大学の教授に顔合わせできなかったからだ。あと、父さんから父さんの大学には入るな、って言われたから。すごい真面目な顔で言われたのを覚えてる。
だから御歳18歳にして、無職。今はホームページやブログで少し稼いでる。あとはスローライフ。僕が人生の目標としていたものが今実現している。
「最高だ……!!」
ここまでグダグダと自慢を垂れただけの経験を持って今がある。今の僕は誰にも邪魔されない!
足には負担が掛かってきた。既に七合目に到達した。チラホラと人が見える。平日だが、登山客はいるようだ。さすが我が国が誇る最高峰、富士山。
最後のひと踏ん張り。僕は水を飲むと、またゆっくりと山を登り始める。外は雲海。素晴らしい景色だ。
その時、僕は違和感を抱いた。何か忘れている事には気付いたが、何を忘れているのか思い出せない。
「あれ?なんだったけ……」
忘れ物でもしただろうか。山道の端により、リュックサックを開く。水筒に弁当にタオル。防寒服もある。貴重品も無くしていない。じゃあ、この違和感はなんだ?
「……そうか。」
僕は周囲を見渡して気付いた。周りに誰もいないのだ。七合目から登り始めた瞬間、誰も周りにいなくなった。周囲の人も目的は富士山登山のはずだ。なぜ誰も来ない?
戻ろうか、どうかと考えていると、下から人が迫ってきているのが見えた。
「おーい!」
若い男性だ。僕を呼んでいるようだ。滑らないように慎重に寄って行った。
「どうしたんですか?」
若い男性はこの山道を走ったのか息を荒らげている。僕は彼が深呼吸をするのを待った。
「今すぐに下山してください!七合目でスタッフに言われませんでしたか?」
「いえ、言われてないですが……。」
「富士山に噴火警報が出されてます。見てください。既に軽い噴火をしていますよね?」
そう言われて僕は山頂を見る。確かに何か流動体が流れてきている。石のようなものも転がっている。つまり、噴火しているということだ。彼の言っていることは何一つ間違っていない事なのだろう。
「分かりました。下山しましょう。」
「はい!僕は先に降りますね。既に皆さん下山途中なので、早めに降りてきて下さいね。」
そう言って、再び若い男性は走って下山していた。すごい体力とバランス神経だ。あんな速さで下山しているのを見ると肝が冷える。
下山し始めて1時間経つか経たないか、僕は七合目に戻ってきた。確かに誰もいない。もちろん、彼の姿も無かった。
「ふう……疲れたな。1回水を飲もう。」
急がば回れ。何事にも落ち着いて行動しなければ、どこかで失敗する。僕のスローライフにおけるモットーだ。これで今まで成功してきた。
「よし。このまま一気に下山してしまおう。」
後方からは勢いの良い音が聞こえてきている。そろそろ限界なのかもしれない。さすがにここまで来て、ゆっくりとはいかないだろう。これまで以上にスピードを上げて下山する。
それにしてもさっきの人の姿が見えない。速いと言っても、人間の足だ。背中姿が見えてもおかしくないと思ったのだが……。
それもそのはず。その時、僕は気付いていなかった。後方から迫る足音に。
「はあああああ!!!!」
僕が気付いた時には腹部が真っ赤に染まり、燃えるように熱かった。見ると、家庭用の包丁が見事に刺さっている。僕は立てなくなり、崩れ落ちる。
「なんで……」
「ははっ、ハハハハハ!!」
彼は嗤っていた。不気味な笑みを浮かべていた。そして僕は気付いた。彼も真っ赤に染まっている事に。しかし、傷跡は無い。全て返り血だった。
「まさか七合目の人は……」
「もちろん~」
呆然として僕は腹部から流れ出る赤い血を眺めていた。富士山での通り魔による大量殺人事件。これは後に残虐な犯罪として知られることになるが、それを僕は知る由もない。
とにかく僕はそこで意識が途切れた。そして、永遠にこの世界で目を開くことは無かった。
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