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Again ハールート編  作者: 結城カイン
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 最上級生を迎える直前の長期休暇、いつものように僕は実家へ帰省した。

 館には顔を見せるだけで、近くに建つ湖畔の別荘で過ごす事にしている。

 必要最小限の使用人と、美味い食事が取れれば十分だ。

 天気の良い日は、乗馬や狩りを楽しむ。

 時折、湖の中央にあるコテージまで小舟を漕ぎ、日がな一日をひとりで過ごす。


 或る夜、父がいつもの執事をひとり携えて、別荘にやってきた。

 片手に年代物のワインを抱え、珍しく上機嫌。

 ゆっくりと二人だけで話をしたいと言う父の為に、世話人たちを早めに帰らせ、ふたりだけで深夜まで語り合った。

 

 父は「天の王」での暮しぶりを聞く。

 僕は、それなりに楽しんでいる、と答える。


「良い魔法使いは見つけたか?例えば、おまえに命を捧げる覚悟がある輩とか…」

「簡単に見つかるはずもないじゃない。それに、そこそこのアルトは僕のカリスマにあっけなく落ちるけど、本当に力のあるアルトには、そんなものは通用しないんだ」

「そうか…」

 ひどく残念そうな父を見て、一体僕に何を期待しているのかと、不思議な気がした。


「父上は、そんなに僕にアルトが必要だと思うの?」

「私の経験上の話でしかないのだが…。私の自負は、多くの従業員とその家族を養っている事だ。仕事上、競争相手やあくどい輩も多い。いつ足を引っ張られるかわかったもんじゃない。だが、信頼する魔法使いが傍にいると、仕事も楽になるし、自身のガードも任せられる。何よりも心が安定する。魔法使いは大切なパートナーだ。恋とか愛とか、夫婦愛とか友情とは違うなんと言うか…全く別次元の絆で結ばれるんだ」

「父上…父さんもそんな人がいるの?」

「勿論だ。ほら、この指輪を見ろ」

 父は自分の右手と左手を僕の前に差し出した。

 右手には人差し指と薬指、左手には中指にひとつ、銀の指輪が輝いてる。


「この三つは、魔法使いたちと契約の誓いの指輪だ。お互いへの信頼と尊敬と愛情はどちらかが死ぬまで途切れないんだ」

「本当に?そんな指輪で、永遠に互いの絆が守られるっていうの?…信じがたいな」

「コンラート、おまえに必要なのは、人を信じる心かもしれないね」

 穏やかに笑う父の姿が、学長のトゥエ・イェタルと重なる。

 今まで思ったこともないのだが、僕はこの父親に自分の想いを話してもいいんじゃないのか、と信じてみたくなった。


「実はさ、大好きな…いや、ずっと傍にいて欲しい、信頼を分かち合いたいと願ったアルトに出会ったんだ。でも、フラれてしまった。この場合、どうすればいいのかな?どうすれば良かったのかな?」

「ふうむ…片思いって奴か…。カリスマが効かないとすれば、中々険しい道のりだな。だが、おまえが本当に傍らに居て欲しいと願うなら、その真意を、望みを、真っ新な心を相手に委ねなければならないよ。自分の醜い感情や欲望もだ。それをすべて理解した上で、本当の信頼が成り立つ」

「嫌われそうで、怖いな」

「そうだな。だが結局、我々のような普通の人間は、本物の誠意でしか、彼らを動かせられないんだよ、コンラート」

「…」

「まあ、向こう側にすでに誓った相手がいるとしたら、おまえがどんなに足掻こうとも、それを破る事は難しいだろうね。諦めて、新しいバディを探す方がお前の為だ」

「簡単に諦められるのなら、悩みはしないけどね」

「苦悩…大いに結構。若いうちはどんどん悩め。年を取れば取るほどに、様々なしがらみに縛られ、生きるのさえ面倒くさくなる時もあるんだからな。私を見ろ。しがらみに取りつかれて白髪だらけだ」

 そう言って笑う父を、僕は見たことはなかった。

 一体、僕はこの人の何を見てきたのだろう。僕という個体の根源であるはずなのに、僕はこの人を何ひとつ見てこなかった。


 それから父は仕事の面白さを、僕に延々と話聞かせるのだった。

 酒の所為だとは言え、父がこんなに話好きだとは思ってもみなかったぐらいだ。

「そんなに父さんの仕事は面白いの?」

「仕事をすれば、それに応じて金が貯まる。金がなければ、住む家も着る服も美味いものを食う事も出来ない。おまえを高い学校へ行かせてやれるのだって、金があるからだ。だか、それだけの為に仕事をしているわけじゃない。遣り甲斐があるからさ。目標を掲げて、それを成し遂げる過程の面白さがあるからさ。おまえにもそんな何かを見つけてもらいたい。私の事業を引き継ぐ事はひとつの提案であって、押し付けるものじゃない。おまえが何をやっていこうとも金は必要になる。その為に私はおまえにできるだけ多くの財産を残してやりたいんだよ。おまえは利口な子だから、私も色々と期待してしまう。だが、所詮、親の勝手な夢だ。私はね、私とは違うおまえの未来を見たいとも思うんだよ。父親とはなかなか難しいものだな」

 父の息子への想いに、胸が熱くなる。

 僕はこの人の想いに報うことができるのだろうか。


「父さん、僕は…『天の王』で沢山のアルトと見てきた。そして思うんだ。僕等イルトは、いつしかアルトに虐げられる時が来るんじゃないのかって。僕はイルトを見下し、魔法で虐げる奴らを見てきた。そんな奴ばかりじゃない。良いアルトもいる。だけど…もし、この世界に魔王のような魔法使いが君臨したら、僕等イルトは、どうすればいいのかって…考えてしまうんだ。指輪の誓いで、僕の為に働く魔法使いが居てくれるのは有難いと思うけれど、僕だけの話じゃなくて、イルト全体の事を考えてしまうんだよ。魔力がないと言うだけで、アルトに強いられるなんて嫌だ。僕はアルトが蔓延る世界にはしたくない。それは異常だと皆が知るべきだ」

 父は僕の言葉に驚き、しばらく考え込んでしまった。


「そうか…。コンラートも色々と考えているのだなあ。私は、そう多くの魔法使いと付き合った事はないから、そこまで深く考えたことはない。魔法使いが我々を虐げると言うのも、あまり聞いたこともないしな。だが、多くのアルトが集まる学校で暮らしていると、そういう考えも生まれてくるのかもしれないなあ。魔王君臨か…願わくば、そんな世界は観たくはないがね」

「僕がそうはさせないさ」

「ははは、頼もしい息子と褒めるべきだろうが…親としては平凡な幸せも悪くはない、と言っておくよ。さあ、すっかり遅くなってしまったなあ。そろそろ寝るか。有難いことに、明日も私にはやるべき仕事が待っている」


 父は連れてきた執事を呼び、酔いどれた身体を支えられながら、寝室へ消えていった。あの男が、父と契約した魔法使いの一人で間違いはない。

 ダメな自分を見せつけても、守ってもらえるアルトが傍にいるなんて、父はどんなに力強い事だろう。

 羨ましくて仕方がなかった。


 翌日、僕が起きた時、父は家を出る寸前だった。

「昨晩は楽しかったよ、コンラート。また、いつか一緒に飲もう」

「うん、楽しみにしているよ、父さん。元気で」

「ああ、おまえもな」

 玄関のドアを開けた向こう側は、朝に光に満ち溢れ、父の後姿はそのまま光の中に消えて行ってしまいそうだった。

 

 そして、それが父を見た最後の姿になってしまった。


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